店の運営会社の元社長らの業務上過失致死傷での立件を目指していた捜査本部。警察の捜査は事件から5年が経とうしていたが、未だその判断は出ていなかった。店の運営会社は被害者に補償金の一部を支払ったものの、その補償は十分ではない。今後支払われる見通しも立っていなかった。国には食中毒被害者に対する救済制度がなかったのだ。取材を進めていくと、食中毒で人が亡くなる確率は交通事故の1千分の1ほど。決してゼロではないが、可能性は非常に低かった。事件発生から半年後にユッケなどの生肉の規制を強化した国の対応は、そのリスクを見落としていたことの現れだった。そして、何より命が奪われた責任は誰にあるのか。遺族は気持ちの整理がつかないまま5年を迎えていた。
事件で、妻と義理の母の二人を亡くした砺波市の小西政弘さん。店の運営会社から補償金は支払われたが、仕事は家事をするための早退が多くなり、収入は2割減ったと言う。今は貯金を取り崩して生活している。小西さんは、これまで家事をほとんどしてこなかった。それでも家事ができているのは、残された「二人の子どもがいるからだ」と話す。その子どもたちは当時、食中毒で一時重体となった。今は元気に過ごしているが、現在も年に数回、体に異常がないかを確認するため病院に通っている。後遺症が出る可能性は極めて低いとされるが、今後も症状が出るかもしれないというリスクを背負って生きていかなくてはならない。店の運営会社や肉の卸売業者のずさんな衛生管理のもとで食中毒事件が発生し、被害者家族の生活を一変させた。その責任は極めて大きい。事件から5年、やり場のない思いを抱えながら刑事事件の判断を待ち続けた遺族の思いを取材した。
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