FUJITV Inside Story〜フジテレビで働く人〜

大木 綾子

「常に“プレイヤー”の味方でいたい」
ドラマ制作部の大木綾子部長に聞く…
部長の役割は「よろず相談所」?
フジテレビのドラマ戦略 
クリエイターとして
心に響いた言葉とは?

Vol.29

大木 綾子 Ayako Oki

フジテレビで働く人の仕事への取り組みや思いをシリーズで描く『FUJITV Inside Story』。
第29弾は、ドラマ制作センター・ドラマ制作部長の大木綾子さん。今夏、部長に就いた大木さんは、これまでディレクターとして『恋におちたら~僕の成功の秘密~』、『ライアーゲーム』や『救命病棟24時(第4シリーズ)』などを演出。また、プロデューサーとして『主に泣いてます』や『ナオミとカナコ』などの作品を手掛け、ドラマ部デスクを経たあとに出向したWOWOWでも『連続ドラマW 事件』、『東京貧困女子。-貧困なんて他人事だと思ってた-』をプロデュースし、帰任後は著作権部で契約書と向き合ってきた、テレビドラマの“オールラウンダー”的存在。そんな大木さんに、部長の役割やフジテレビのドラマ戦略、制作者として大切にしていることなどについて聞いた――。
(2024年11月6日掲載)

ドラマ制作部長の役割は
“よろず相談所”
「お困り事は何でも引き取ります!」
ラインナップ、配信、人材育成・・・
フジのドラマ戦略とは?

まず、「ドラマ制作部長」とは、どんな役割なのでしょうか?
私が課せられた使命は、皆さんが想像されている以上に、いたって普通の管理職、ザ・管理職です(笑)。
現在のドラマ制作部の体制では、二人の企画担当部長が、座組次第ですが各番組プロデューサーと共に番組の大枠のイメージを立て付けていきます。私も、その作業に加わることもありますが、私はそうした「番組の立ち上がり」の先の制作のサポートや相談ごとへの対応など全般に関わる立場に加え、個人商店集団になりがちなドラマ部の組織力強化にも取り組んでいるので、そういう意味では具体的な番組作り、クリエイティブな面からは少し距離があるポジションにいるという感じです。
大木 綾子
トラブルバスターや現場をサポートする役割がメインということですか?
そうですね。それぞれの作品のプレイヤーたちが、「自分が作りたかったものはこれです!」って最後に胸を張って言えるよう、そうした達成感を心から感じてもらえるよう、現場を後ろから支える役割を私は求められている、と肝に銘じて、日々、仕事と向き合っています。「困ったこと、わからないことがあったら何でもご用命を」って、“よろず相談所”なイメージですね。
大木さんはプロデューサーとディレクターのどちらも経験されたことから、現場の気持ちをより理解できるということもあるのでしょうか?
これまで双方の立場で現場を経験し、それぞれの大変さも理解しているつもりです。ですから、制作過程で何かトラブルなどが起きた場合は、いち早く状況を把握・整理をして、社内、そして必要に応じて他の関係先と相談・調整したりして、現場のプレイヤーには、できるだけ直接制作に必要なことに集中してもらう環境を整えたいと思っています。一方で、現場であらゆる役割を経験してきましたので、ある意味、部員にとって私は“厄介な存在”かもしれないですね。微妙な釈明は「なわけないよね?」「ですよね」と(笑)。
演出を手掛けた『恋におちたら~僕の成功の秘密~』(2005年)

演出を手掛けた『恋におちたら~僕の成功の秘密~』(2005年)

では、大木さんがドラマ部長になった意味について、どのように捉えていますか?
最近まで現場から離れていた時期・ブランクもあるので、今は、現場の若いプレイヤーとともに学び直しをしているという感じではあります。ただ、先ほどもお話しましたが、私はテレビドラマの制作におけるいろんな立場を経験して、大概のことはやってきたつもりでいるので、現場の人たちの気持ちや状況をある程度汲むことができるし、それが強みだと思っています。現場ではみんな、よりよい作品を毎週放送・配信する重圧がかかる中、それぞれの役割で、日々、大変な仕事に向き合っています。だから、積極的にコミュニケーションを取って、できるだけの配慮・目配りをして、「あいつが戻って来て良かったね!」って言ってもらえないと意味がないと思っています。プレイヤーにとっては、管理職が新たに増えることは、「企画が通りづらくなるのでは…」とか、本当は頭が痛いことなのかもしれません。でもやはり「常に“プレイヤー”の味方でいたい」と強く思っていますし、「お困りごと」は何でも引き取る覚悟です!
大木 綾子
次に、フジテレビにおける“テレビドラマ”の戦略について教えてください。今の秋クールから“火曜9時”枠が復活するなど、数年前と比べるとドラマ枠が増えていますが・・・
「ドラマが元気だと、会社が活気づく」という声をいつの世も多く頂きます。各作品はどんな状況でも「数字」を狙っていくことが、もちろん最重要課題です。一方で、視聴手段の選択肢が広がる中、過去作などにも触れる機会が増え、遡っていくと「こんな名作があったんだ!」といったこともありますよね。だから「息の長いコンテンツ」という価値を持つドラマ作品を生み出し、財産として長い期間に渡ってうまく活用していこうという意識はより高まっています。
また、水曜10時枠でFODでの先行配信の取組みも行っていて、どうしたらより高いレベルで視聴者の方のニーズに応えていけるのか、編成や配信部門と連携を強めています。新しい取組みが始まる際の権利面や立て付けの整理など、これまで以上に社内の関係部署と丁寧に指差し確認しながら進めていて、無知を思い知ることもあるのですが、ひとりでも多くの方に心を込めて制作した作品が届くというその一点において、必要であれば頭を下げて歩いています(笑)。
枠が増えるということは、“ドラマクリエイター”を育てるという側面もありますね?
局にドラマのファクトリーの機能が残っているのは、割とレアケースになりつつあります。もちろん現場の運営は、制作会社さんのお力をお借りすること無しには成り立ちませんが、「局にプロデューサーだけじゃなくて、その隣に常にディレクターがいる」という、この環境を維持して、プレイヤーの活躍の場をできるだけいい状況で用意する…みたいなことができれば、と思っています。会社として4枠もドラマ枠を用意してくれているので、感謝の思いも持って、より良いものを作る努力を続けていかなければならないと思っています。
大木 綾子
ラインナップに関しても戦略的にこだわっているのでしょうか?
この夏のクールも、『海のはじまり』、『新宿野戦病院』、『ギークス~警察署の変人たち~』、『ビリオン×スクール』と毛色の違う、ターゲットが割と見える形で4枠に散りばめることができたと思っていますし、これからの各クールでも常に目指していきたい方向です。また、視聴者の皆さんに「4作ともリアルタイムで見てほしい」という思いはありますが、「1週間のうち、この曜日はフジテレビのドラマを見たい!」と思ってもらえるようなバリエーションは、しっかりと揃えていたいです。
大木 綾子

枠のコンセプトも活かした
「秋ドラマ」の見どころ
「誰かの好みにハマる」
多彩なバリエーション
プロデューサーとディレクターの
“個性”にも注目!

では、今の秋クールのドラマの見どころについて、 “月9”から教えてください。
それぞれの「枠」にはコンセプトがあって、「月9」は王道路線、リッチなコンテンツを目指しています。総合エンターテインメントとして、世代性別関係なしにファミリーで見てもらえる作品を・・・ということですね。今回の『嘘解きレトリック』は、『信長協奏曲』以来の時代物ということで、作品全体が昭和初期の世界感にあふれ、街並みの巨大セットや衣装、道具にいたるまで、若い人に「新鮮」に感じてもらえるような作品です。そうした「何か新しい風を吹き込むことができる」点に、今回、「月9」で取り上げる意味を見いだしています。
また、鈴鹿央士さんと松本穂香さんというフレッシュな主演の二人に、西谷弘監督(『ガリレオ』)や永山耕三監督(『ロングバケーション』)、鈴木雅之監督(『HERO』)という、個性の違う大ベテランの力が掛け合わさる点も、大きな見どころです。
月9「嘘解きレトリック」、火9「オクラ~迷宮入り事件捜査~」
復活した“火曜ドラマ”について教えてください。
かつては『ナースのお仕事』や『救命病棟24時』も、この火曜の枠だったので、それらのようにシリーズ化できる作品を意識して制作するイメージはあります。
そうした枠でスタートした、反町隆史さんと杉野遥亮さんの刑事もの『オクラ~迷宮入り事件捜査~』をプロデュースしているのは、入社5年目の足立遼太朗さん。演出は、AD時代からよく知っている叩き上げの柳沢凌介監督が今回初めて連ドラのチーフディレクターとして手掛けるので、そうした若手二人の化学反応にも期待しています。
大木 綾子
続いて“水曜ドラマ”についても教えてください。
水曜日は7月クールの『新宿野戦病院』が象徴するように、チャレンジングで冒険心あふれた作品を目指しています。もちろんビジネス的な視点も大事にしていますが、この枠では実験的なことができるというか、おもちゃ箱をひっくり返したような、何が出てくるかわからないフジテレビらしい作品を届けられたら、と思っています。だから企画を考える上で、各プレイヤーにとって、すごく自由度が高い枠でもあります。
そうした枠で現在放送しているのが『全領域異常解決室』。ベテラン成河広明プロデューサーとともに報道経験者の大野公紀プロデューサーが立っており、フジテレビ制作の連ドラでは初めて藤原竜也さんが主演を務めてくださっています。私としては『ライアーゲーム』(シーズン2)でご一緒させて頂いた、今では大ヒット作を多く手掛けている黒岩勉先生がオリジナルで脚本を書かれているので、その辺も楽しみです。
水10「全領域異常解決室」、木10「わたしの宝物」
最後に、“木曜劇場”について教えてください。
“木曜劇場”は歴史ある枠ですし、重厚で本格的な作品、大人が没入できる作品を目指しています。今回はフジテレビで連ドラ初主演となる松本若菜さんの『わたしの宝物』で、『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』(2014年)や『あなたがしてくれなくても』(2023年)を手掛けた三竿玲子プロデューサーの作品なので、この時点で“三竿三部作”と呼んでいます(笑)。“托卵”がテーマになっていますが、『昼顔』のラストを考えていた時に発想し、「この題材も作品になるのでは?」ということで温めていたテーマのようです。重いテーマの作品ではありますが、こちらも完全オリジナルの大人の物語を楽しんでいただけると思います。

前クールと同様に、どの作品もそれぞれの打ち出しが強いので、「誰かの好みにハマる」、そんなバリエーションになっていると思います。今回の『オクラ』と『全領域異常解決室』は、“警察もの”として括ることもできますが、どちらも切り口、立ち位置が大きく異なります。また、それぞれの作品におけるプロデューサーやディレクターの個性が乗っかることで、バリエーションもさらに富んでくるので、3か月間ずっと見ていただけるようなラインナップが整ったと思います。
大木 綾子

ドラマ制作を目指した“意外な”理由
クリエイターとして心に響いた言葉
自分がドラマ制作部にいる
“意義”とは?

話は変わって、フジテレビに入社するきっかけを教えてください。
私は大学が経済学部だったので、「なんやかんや銀行へ行くんだろうな…」って漠然と考えていて、特にテレビ局は志望してはいませんでした。ただ、受験料が必要な受験とは違って、入社試験・面接を受けるのは“タダ”だし、テレビの入社試験の方がタイミング的に早かったということもあり、「来るべき銀行の面接のために、場数を踏んでおこう!」と思って・・・(笑)。フジテレビの最終面接でも、社長から「もし、ここで落ちたらどうするの?」と問われ、「ガッカリはしますが、銀行を受けるために頑張ります!」って正直に答えました。すると、「君みたいなのが銀行の窓口に座っていたら、いやだね(笑)」と言われ、そのおかげもあってか運良く内定をいただき(笑)、「これも何かの縁」と思い、フジテレビにお世話になることにしました(笑)。
プロデュースした『主に泣いてます』(2012年)の主演・菜々緒さんと

プロデュースした『主に泣いてます』(2012年)の主演・菜々緒さんと

では最初から「ドラマを作りたい!」という思いはなかったのですね?
そうなんです。どうしてドラマの配属になったかというと、当時の人事の方に「色んな意味で一番大変な部署はどこですか?」と聞いたら、その方がドラマの経験者だったこともあって、「ドラマのADかなぁ?」と言うので、「じゃあ、それやります!」って(笑)。
「とりあえず一番大変なことから始めたら、その後は何でも楽に感じるはずだ」って、そんな“安直な”考えからでした。
チーフADとして携わった『徳川綱吉 イヌと呼ばれた男』(2004年)

チーフADとして携わった『徳川綱吉 イヌと呼ばれた男』(2004年)
写真左 : 帯にトランシーバーを隠して内トラ
写真右 : ナイター撮影でスタンドイン

では、印象深かったり、夢中になったりしたドラマがあった訳ではないのですか?
そんな私でしたが、実はドラマ志望へ背中を強く押してくれた作品があります。それが、野沢尚先生が脚本を書かれた『恋人よ』(1995年 出演:鈴木保奈美、佐藤浩市ほか)です。正式配属の前に、何かの番組で、『恋人よ』のメイキングが放送され、作品のラストでブーゲンビリアの花が断崖に咲き乱れる…というシーンを取り上げていました。実はその場所は、ブーゲンビリアの花など一輪も咲いていないただの岩場なのに、スタッフ総出で一晩かけて、実際にこの花の苗を植えたり、赤い紙で作った花を並べたり、場所によっては単に丸めただけの赤い紙を無造作に置いたりして、一面の花畑を作り出した、というメイキングでした。それを見て「あんなに心に突き刺さるシーンがみんなの手作りで出来ているんだ」「そんなチームの一員になりたい」「みんな楽しそうで、しかも映像として残せるのはとても価値のある仕事」とすごく心を動かされて、「是非、ドラマをやりたい!」と強く思いました。またこの話には続きがあって、『アフリカの夜』(1999年)で佐藤浩市さんとご一緒させていただいた際、ロケのスタンバイ中に「お前さぁ、なんでドラマのADなんかやってんの?辛くないの?」と聞かれたので、「実はですね・・」ってその話をしたら、「バカだなぁ、そんなものに騙されて」と言いながらも、とても嬉しそうな顔をしてくださったのを、今でも鮮明に覚えています。
大木 綾子
そこからディレクターとプロデューサーのどちらの役割も経験されましたが、「大変さ」の違いはありますか?
大変さはそれぞれ違いますが、振り返ってみると、「具体的な業務の広さと環境の変化」でいうとプロデューサーの守備範囲は本当に広くて、ディレクターは、作品として扱うテーマとか、勉強しなければならない事が無限にある…という感じですかね。一方で、「心持ち」、そして「体力面」は、それぞれの立場で大きな“責任”を負っているので、どちらもとにかく大変ですね(笑)。まぁ、それは、各アシスタント業務も全て同じですけど。あと、プロデューサーとディレクターの関係性も面白くて、仲がすごく良かったから面白い作品ができることもあれば、ライバル関係・競い合っている間柄が、魅力的な作品に結びつくこともあります。いずれにしても、ドラマ制作は、“制作の流れ”こそ同じことの繰り返しですが、同じ台本、同じ顔ぶれがないように、一つとして同じものはありません。だからこそ刺激的でやり甲斐があります。
『救急病棟24時』第5シリーズ(2013年)

『救急病棟24時』第5シリーズ(2013年)
写真左 : ケータリングもお手伝い
写真右 : ロケの合間を縫ってパソコンで作業

WOWOWに3年間出向し、その後の1年間、著作権部でお仕事をされたと伺いました。
フジテレビから一度飛び出し、戻って来たことで、フジテレビの良さも改善点も見えてきましたし、学びもありました。WOWOWのドラマ部はプロデューサー集団なんですが、有料放送なのでビジネスの観点で違いはありましたが、より具体的なターゲットを見据えた制作体制は、新たな刺激となりました。また、契約書に関しても、もちろんその分野の専門の方に任せることもあっていいと思うのですが、今後更に、さまざまなビジネスチャンスが広がる可能性がある中、ドラマ制作に携わる一人一人が、必要十分な知識を早い段階から身に付けていれば、自分の武器として活用できる、クリエイターとしてのクオリティを高めることができる、そういった当たり前のことを、改めて痛感し、具体的に学びました。そうしたこともあって、フジテレビに戻って、著作権部で契約分野に関して、本格的に取り組んでみることにしました。そして、その立場から、長く関わってきたドラマ部の後援部隊になれればと、意気込んでいました。そこからドラマ部へとんぼ返りしましたが、たった1年とはいえ、現場以外の専門職経験は貴重でした。
コンプライアンスへの向き合いも大切です。
「身に付ける」と言うことでは、コンプライアンスの面もそうですね。コンプライアンスの概念をしっかり取り込むことが世の中の当たり前となった現在、やはりリモコンのスイッチを押せばすぐに視聴できるメディアに携わる者にとって、そうした感覚をしっかりと身に付けておくことは「強み」であると思います。また、それこそ労務管理や予算管理といった「画面には映らない」けど、基本的で重要なものへの向き合い方もしっかりと身に付けることが必要だと思っています。もちろんその先に、私たちの“根幹”である「クリエイティブ」という圧倒的なものはありますが・・・。
大木 綾子
では最後に、今後の目標を教えてください。
私はサラリーマン人生のほとんどの時間を、ドラマ制作部で過ごしてきましたが、今、お話ししたように、1年前は著作権部で希望した仕事を、その前の3年間は、WOWOWで得難い経験をさせていただきました。それだけでも日々見えてくるものが大きく変わる体験をしました。だから、ドラマ制作部のプレイヤーにも、ドラマの制作現場で身に付けることはもちろん大切ですが、「一つでも多くのことを経験して、いろんなことを貪欲に学んでほしい」と思っています。そうしたことで自分のウィンドウ・引き出しを増やしていけば、さらにチャンスも増えてくると思うので、環境の変化を恐れないでほしいです。そして新たな“武器”を身にまとい、改めて番組制作本体に活かして、より良い作品を作ってもらいたいと強く思っています。もちろん、それに対しての手助けなら、できることは喜んで何でもやりたい思いでいます。
大木さん自身も「ドラマを作りたい!」という希望はありますか?
「またいつかは・・・」という思いは、正直、あります。これまで、連ドラのチーフディレクターを担当する機会には届かなかったですし。あと、ディレクター時代に舞台の演出をさせて頂く機会が数回あったのですが、その魅力に取り憑かれていて(笑)実は、見るのも関わるのも、演劇の方が好きだったりします。とはいえ、これまで仕事に関してほぼ「ヤダ」とか「好きだ」とか自己主張せず、「置かれた場所で咲きなさい」の精神できました。なので、今、私がドラマ部にいる意味を熟考し、しばらくは、“よろず相談所”の所長としての任をしっかりと果たします!(笑)。
大木 綾子
仕事仲間からひとこと
大木さんとは、入社1年目の研修でまさかの報道番組のADとして一緒に配属されてからの長い付き合いですが、「なんやかんや銀行へ行くんだろうな…」などと考えていたとは、全く知りませんでした。驚かされたことがまた一つ、増えました。
新人でも物怖じせずにきっちり仕事をし、仕事が終わった後に飲みに行くと(ほぼ毎日)毒舌全開で、時には先輩たちもやり込めていた彼女。その後、念願だった(と誰もが思っていた)ドラマ制作現場で配属された最初の作品が『ビーチボーイズ』(1997年7月クール)で、ほとんど千葉の海やスタジオにいたので、社内で見かけることはぱったりなくなりました。たまにすれ違っても、あまりにも日焼けしているので、逆光の廊下では本人と分からず。先日、偶然『めざましテレビPresents 反町隆史の原点 「ビーチボーイズ」をたどる旅』を見ていたら、『ビーチボーイズ』のキャスト・スタッフの集合写真が出てきて、大木さんと思われる人物を発見!写真撮影前のギリギリまで仕事をしていたと思われる“最前列滑り込みポジション”で、だれよりも真っ黒な晴れやかな笑顔で写真に納まっていて、みんなに愛されていた仕事ぶりが垣間見えました。
その後、広報担当として一緒に仕事をしたことがありましたが、広報活動に必要な要素を迅速に揃えてくれたり、各所への面倒な交渉を前向きに進めてくれたり、しっかり会話ができる本当に頼もしいプロデューサーでした。顔色もすっかり元に戻っていました。
社内不在の時期が長かったことで、同期の間ではしばらくは孤高な存在っぽかったんですが、ある時から急に(笑)同期会を仕切り始めて、その見事な仕切りであっという間に輪の中心に。そんな彼女が、今の立場でこれからどのような作品を送り出していくのかとても楽しみです。

広報業務部 清野 真紀

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