FUJITV Inside Story〜フジテレビで働く人〜

谷 翔平

「WEBの世界のエンタメテーマパーク」を目指す
『めざましmedia』の谷翔平編集長に聞く――
“開園”までの苦労、こだわりや
大切にし続けたいこと
「テレビ」「ネット」の“二刀流”として
見据える
テレビの将来像とは?

Vol.17

谷 翔平Shohei Tani

フジテレビで働く人の仕事への取り組みや思いをシリーズで描く『FUJITV Inside Story』。
第17弾は、2月にスタートしたエンタメニュースサイト『めざましmedia』の谷翔平編集長。『めざましテレビ』でも編集長を務める谷さんに、番組制作に加えWEBサイトを手掛けるにあたっての苦労やこだわり・これから目指したいこと、さらに多メディア時代におけるテレビの将来像などについて聞いた――。
(2024年03月28日掲載)

コンセプトは
「WEBの世界の
エンタメテーマパーク!」
番組作りでは経験したことのない
「開園」までの苦労とは?
チームの団結が原動力に!

まずは『めざましmedia』とはどのようなサイトなのか、教えて下さい。
フジテレビで初めての全社横断的なオウンドメディアとして立ち上がったのが『めざましmedia』です。これまで『FNNプライムオンライン』は系列局を含めた「FNN」全体のものであったり、『フジテレビュー!!』は広報メディアという性質が強かったりしたので、全社横断的なオウンドメディアとしては初めての試みになります。
2月1日からスタートし、ありがたいことに2ヶ月目となる3月の月間PVが1000万PVを突破しました。
谷 翔平
どんな記事や情報を掲載している、また、今後掲載していく予定ですか?
エンタメ情報を中心に、生活に身近なニュースやトレンド、スポーツもやっていこうと思っています。『めざましテレビ』がそうであるように、『めざましmedia』を見れば「今、日本でこんなことが流行っているんだな、というのが分かる」サイトを目指しています。
具体的なコンテンツとしては、日々のエンタメ情報などに加えて、人気アーティストINIのメンバー11人がそれぞれの“好き”を語ったリレー連載『INIのmuch love』のようなオリジナル企画や、『ちいかわ』のコーナー(『ちいかわ占い』やアニメの振り返りなど)、ドラマの特集コーナーやショートアニメの特集コーナーなどがあります。
様々なジャンルのエンターテインメントが揃った「WEBの世界のエンタメテーマパーク」をコンセプトに掲げています。
『めざましmedia』として立ち上がった経緯は?
最初は、『めざましテレビ』をはじめとするフジテレビの情報番組のコンテンツを、もっと有効的に使えないか?というところからスタートしました。
例えば『めざましテレビ』で貴重なアーティストの独占インタビューが30分撮れたとしても、放送では5分も使えないことが多々あります。「面白い話がもっといっぱい撮れているのになぁ…」と泣く泣くカットしていた映像や情報が、尺の制限などないWEBの世界なら貴重なコンテンツになり得るのではないか?ということです。
そこから、全く新しい名前を付けるよりも、皆様に馴染みがあるであろう『めざまし』の名前を冠するべきでは、と提案し、『めざまし』がテレビの枠を飛び越えて1つの「メディア」になっていく、というイメージを込めて『めざましmedia』の名前を付けました。
さらに、これまでは『フジテレビュー!!』が担っていた広報メディアとしての役割も、『めざまし』の名の下でやっていくことでより効果的な形を作れるのではないか?ということで、『フジテレビュー!!』との融合が決定。ドラマや映画、イベントなどの情報をエンタメニュースとしてお伝えしたり、出演する俳優さんやタレントさんのインタビュー企画などをお届けしたり、今まで以上に力を入れてやっていきたいと思っています。
谷 翔平
そうすると『めざましテレビ』では見聞きすることの出来なかったお話を、『めざましmedia』では見ることができるということもあるんですね。
もちろんです。今は『めざましテレビ』などの番組が取材した映像や情報を上手く活用させてもらう形が多いのですが、2月に掲載したINIさんの連載のような『めざましmedia』発の企画も作っています。本来WEBのサイトだったらスチール(静止画)のカメラマンさんとライターさんがいれば成立するのですが、『めざましmedia』の場合は『めざましテレビ』と兼務のスタッフもいるので、せっかくなら動画も撮影して『めざましテレビ』で一部を放送しよう、という形になりました。このような「WEBとテレビのハイブリッドの企画」に積極的に取り組んでいくことで、『めざましテレビ』の視聴者が『めざましmedia』のサイトに来たり、逆に『めざましmedia』でINIさんの連載を見てくれた読者が、それをきっかけに『めざましテレビ』を見るようになったりと、相乗効果で『めざましmedia』『めざましテレビ』それぞれに新しいユーザー・視聴者を増やしていけたらと思っています。
これまでは“番組作り”がメインだったと思うのですが、“エンタメニュースサイト作り”に取り掛かるにあたっての苦労はありましたか?
昨年5月から『めざましmedia』の立ち上げを始めたのですが、僕は『めざましテレビ』の編集長も務めているので、日々の放送の仕事と並行して『めざましmedia』の開発会議をしていました。最初はWEBの世界の専門用語が全然わからなくて、いわゆる「常連客」のような意味の「ユニークユーザー」を、みんな“UU”って略して言っているのですが、僕の脳内では「悠々?」「幽遊??」となっていて、話が全然かみ合わなかったり…(笑)馴染みのない難解な言語が、ただでさえ徹夜明けで眠い中での会議で飛び交うので、脳みそが沸騰するんじゃないかって感じていました(笑)。
谷 翔平
番組の立ち上げとは違う部分はありましたか?
全然違うなと思ったのは、テレビ番組の立ち上げの場合、3ヶ月前ぐらい前にタイトルが決まっていれば、スタジオセットやCGのデザインといった世界観を作る上では、まあなんとかなるんです(デザイナーさんには多大なご負担をおかけすることになりますが…)。
ですが今回は、スタートより半年も前の昨年8月頭にはタイトルを決めて、9月頭にはロゴを決めたいというスケジュール感で…。当時はまだ、どんなコンテンツが揃えられるかほとんど見えていなくて、どんなサイトになるのか何となくしか決まっていない状況だったので、「こんなタイミングでタイトルやロゴデザインなんてどうやって決めればいいの?」という感じでした。そこで、明確な「サイトのコンセプト」を詰めていくことを、急いで進めました。立ち上げの半年前に、材料が揃っていない中で明確なコンセプトを作ることに一番苦労しましたね。
谷 翔平
そんな中で、どのようなコンセプトにしようと思ったのですか?
『めざましテレビ』を中心とした“コンテンツの強さ”が武器のサイトになるんだろうなぁというのは感じ始めていた頃だったので、様々な種類の強いコンテンツが集まる場所として、「WEBの世界のエンタメテーマパーク」という言葉を思いつきました。敢えて具体例を出すと、大阪にある「USJ」のようなイメージです。「スーパー・ニンテンドー・ワールド」の隣に「ハリー・ポッター」があって…と、多種多様なコンテンツが上手く一箇所に集められていて、その一つ一つが面白い、みたいなことですよね。
「1つのコンテンツだけで何時間も見ていたいのに、そういったコンテンツがいくつもある」「行くたびに新しいコンテンツが出来ていて何回でも来たくなる」みたいなことを目指すのが『めざましmedia』に合うのではないかと思ったんです。
『めざましmedia』を開けば新しい“好き”が見つかり、世代やコミュニティの垣根を超えて人々が“好き”でつながる。そして“好き”が広がっていくような明るい未来が訪れますように…。そんな理想の場所を目指して『めざましmedia』を“開園”しました。
そのコンセプトを基に、ロゴも作られたのですね?
そうです。ロゴも遊園地やテーマパークみたいな楽しいイメージが連想できるものにしたかったので、「カラフル」という方向に決まっていきました。また、『めざましテレビ』のロゴは30年の歴史を感じさせるレトロなデザインですが、実はスタジオセットやCGなどは少し前からオレンジ、ピンク、青の3色をキーカラーにしています。『めざましmedia』のロゴは“令和版めざまし”のロゴにしたいという思いもあり、オレンジ、ピンク、青をグラデーションのように並べた配色にしました。
めざましmedia
サイトデザインも明るくて見やすいですが、特にこだわった点はありますか?
ロゴが決まってからサイトデザインに入ったので、ロゴを意識して決めた部分が結構、多かったですね。ロゴの『めざましmedia』の文字に使った9色を、「エンタメ」「ドラマ」「アニメ」など9つのメニュータブにそのまま使っています。また、柔らかいイメージのデザインにしたかったのでトップページの画像の角を丸くしたり、ちいかわやロペ、めざましくんなどのキャラクターを配置して、楽しさ・明るさ・優しさといった“めざましらしさ”を出そうと努めました。
ロゴもサイトデザインも、僕を含めて6人の立ち上げメンバーで毎週何度も顔を合わせて「ああでもない、こうでもない」と議論を重ねながら、デザイナーさんやシステムを作ってくれている朝日新聞さんと念入りに打ち合わせして作り上げたものです。立ち上げメンバーが6人もいると、なかなかみんなが納得するものを作るのは難しいのですが、今回はみんなが納得のものを作ることができてホッとしていると共に、困難な作業に一緒に挑んでくれた皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
めざましmedia
今後『めざましmedia『をどういうサイトにしていきたいか教えてください。
多くの人が毎日(できれば2~3回)訪れたくなるサイトにしたいと思っています。
時事性のあるエンタメ情報や生活に身近なニュース、スポーツなど、情報として必要な記事も載っているし、ドラマや占い、ちいかわ、芸能人のオリジナル連載など生活を豊かにしてくれるエンターテインメント情報も載っている…欲張りですけど、そんなサイトを作って、少しでも多くの人にファンになっていただきたいです。
そのためにも、これまで同様、チームの団結力が必要ですよね?
おっしゃる通りだと思います。僕自身がこの3年間、新規番組などを相次いで立ち上げた経験から、序盤は必ず荒波の連続になることは分かっているので、大変な中でも明るく楽しく働ける仲間探しとチーム作りを意識しました。スタッフの半分以上はテレビ制作しか経験がないのでWEBの世界は未知の航海ですが、毎日が戦場のようだった1月・2月のサイト立ち上げも楽しく乗り切ってしまう、とっても頼もしい仲間たちが集まってくれました。『めざましmedia』をどんどん大きくしていく目標はみんなで共通して持ちつつ、楽しく健康に働いて、1人1人が幸せでいられるチームを目指しています。
ロゴの太陽マークをイメージしたポーズに挑戦、微妙な形に…笑

ロゴの太陽マークをイメージしたポーズに挑戦、
微妙な形に…笑

そのチームの束ね役の編集長として大切にしていることはどんなことですか?
大切にしていることは、サイトコンセプトのような大きなことから、1つの記事を面白く見せる方法のような細かなことまで、方針をはっきりと示すことです。ただ、その後には、誰もが「やっぱりこうした方が良いんじゃない?」と言い出せる雰囲気を作ることと、誰の意見であっても正しいと思ったら自分の方針を撤回することも、大切にしています。
『めざましmedia』のスタッフは、WEB(旧『フジテレビュー!!』)とテレビ(『めざましテレビ』)の連合軍みたいな感じで、WEB出身のメンバーは文章の記事を書くのが上手でスピードもめちゃくちゃ早いですし、ドラマや舞台などのエンターテインメントへの造詣も深いです。一方、テレビ出身のメンバーは映像制作と生放送の経験が豊富なので、記事と映像の両方を生かしたコンテンツが作れたり、『めざましテレビ』内でQRコードを表示して記事の告知をする、みたいなことも慣れたものです。
WEB出身者とテレビ出身者、それぞれの強みが噛み合った最強のチームを作り、他の誰にも真似できないサイトにしていきたいと思っています。
谷 翔平

「番組やVTRが作りたい!」・・・
永遠のサッカー少年にとって
”一番の夢が叶った瞬間”は、
憧れの地・ブラジルでのW杯取材

話は変わりますが、入社当時は、スポーツ局を志望していたと伺いました。
そうでしたが、最初の配属は報道局でした(笑)。報道局では、お昼のニュースで3分程の自分が出した企画を担当させていただいたことがあって、それを機に「番組やVTRを作る方をどうしてもやりたい」という気持ちが強くなりました。「番組をやりたいです!スポーツに行きたいです!」と、その思いを訴えていたら、2年目になった直後、情報制作局に異動することになりました。情報制作局に行きたいとは、1ミリも言わなかったのですが…(笑)。でも結果的に報道局では先輩方から多くのことを学びましたし(とにかく原稿を書くのが早くなった!)、情報制作局でも『とくダネ!』や『めざましテレビ』などの番組の担当としていろんな仕事に携わらせていただき、とても感謝しています。
なかでも特に印象に残っていることはどんなことですか?
まずは入社2年目に、『とくダネ!』のディレクターとして取材した2011年の東日本大震災です。発災から約一ヶ月後に、仙台を拠点に、契約した現地のタクシーで、女川町や南三陸町などの被災地を訪れて、持参したデジカムで被災地の状況や被災者の声を伺う取材を1週間ほど続けました。そんな中、女川町で「イーガー」という“ご当地ヒーローをやっている人たち”に出会いました。話を聞くと、翌日に震災後はじめて「イーガー」が小学校を訪問するとのことでした。実は翌日は別の被災地に移動して取材する予定だったのですが、本社の上司に相談したところ「行っておいで」と一言。当日、小学校に「イーガ-」が姿を現すと、子どもたちが大声で「イーガ-!」「イーガ-!サインちょうだい!」と叫びながら嬉しそうにヒーローを囲んでいました。その時の子どもたちの笑顔は今でも鮮明に目に焼き付いています。
2011年4月14日 宮城・女川町の小学校を取材

2011年4月14日
宮城・女川町の小学校を取材

あとは、『めざましテレビ』で「ココ調」のディレクターになって少し経ったころ、ブラジルで行われたサッカーW杯の取材に行かせてもらったことです。実は僕、渋谷幕張高校という中高一貫校の出身で、高校サッカー部の監督はブラジル出身、先輩には元日本代表の闘莉王さんがいるんです。ウォーミングアップの数え方はポルトガル語でしたし、僕の代にもブラジル人留学生がいてポルトガル語まじりの日本語で話していました。
中学3年時、ブラジルに遠征

中学3年時、ブラジルに遠征

そんな話が、なぜか尾ひれが付いて職場の上司に伝わったらしく、「谷ポルトガル語しゃべれるらしいね?ブラジル、すごく危ないらしいけど行きたい??」ってなって(笑)。「(ポルトガル語はしゃべれませんけど)絶対行きたいです!」と二つ返事、憧れの地を踏むことができました。
やっぱり「サッカーに携わる仕事、スポーツに携わる仕事がしたい!」と思ってこの業界に入ったので、中でもサッカーで人気、実力、熱狂度などなど全てが世界一と言われるブラジルで行われたW杯を40日間も取材できたというのが、もう本当に一番の夢が叶った瞬間で、何よりも忘れがたいですね。
2014年7月 暴動が起きる寸前のブラジル・サンパウロから人生初の中継リポート 中継を終え撤収した直後に現場近くでバスが炎上

2014年7月
 暴動が起きる寸前のブラジル・サンパウロから
人生初の中継リポート
中継を終え撤収した直後に現場近くでバスが炎上

夢が叶うと、「またやりたい!」って思いが強くなるのと、達成感でもう十分になるのと、どちらでしたか?
基本的には「またやりたい!」と思うタイプですが、大変ありがたいことにW杯の2年後のリオデジャネイロ五輪の取材にも行かせてもらったんです。当時、ブラジルの治安がものすごく悪いと言われていたので、「経験者がいた方がいいのでは?」という理由で再度、白羽の矢が…。“おかわり”もさせてもらえたので、お腹いっぱいで幸せな気持ちにはなっています(笑)。もちろん、また行かせてもらえるのなら行きたい気持ちはありますが、他に希望する人がいるのなら、会社としても大きな海外取材の経験者を増やす意味で、その希望者が行くべきかなと思っています。
谷 翔平

『めざましテレビ』での
制作経験も活かし、
目指すは二刀流ならぬ“多刀流”?
これからテレビが
目指すべき方向性とは?

これまでの『めざましテレビ』での制作経験が、今どのように活かされていると思いますか?
僕はこれまで『めざましテレビ』で、「ココ調」などの情報バラエティ系のディレクター、世界最大のスポーツイベントであるサッカーW杯とオリンピックの取材、軽部真一アナウンサーが大物芸能人と対談する「The軽部真一」のディレクターとチーフディレクター、最新のトレンドを扱う「イマドキ」のプロデューサー、ニュースを中心に1日の“ネタ”を決めるプログラムディレクター、さらに「きょうのわんこ」も特番を担当させていただくなど、今ある『めざましテレビ』のコーナーほとんど全てに関わらせてもらってきました。そのおかげで、『めざましmedia』で記事にするときに、「このインタビューは放送で使い切らなかった貴重な部分が残っているのではないか?」といった“嗅覚”が働きます。『めざましmedia』を担当する前に『めざましテレビ』のほぼ全てを経験できたことは、今の仕事に大いに活かされていると思います。
2015年4月アメリカLA取材

2015年4月 アメリカLA取材

また、『めざましmedia』を立ち上げてみて、VTRを面白く作ることと記事を面白く作ることに、そんなに大きな違いはないことも分かりました。『めざましテレビ』の「The軽部真一」で対談企画の演出を学べたことは、『めざましmedia』で芸能人の連載企画を作る上で、とても役に立ちました。軽部さんは対談中に相手に気持ちよく話をしてもらう“仕掛け”がものすごく上手いのですが、僕も先日INIさんの連載でインタビュアーをやったときに少しだけ軽部さんの技を盗ませてもらいました(笑)。
2015年8月 「死の谷」デスバレーを取材。暑さで朦朧として記憶にないリポートも…

2015年8月
 「死の谷」デスバレーを取材。
暑さで朦朧として記憶にないリポートも…

『めざましテレビ』はトレンド感覚がかなり必要だと思っているのですが、普段からどんなアンテナを張っていますか?
「ココ調」のディレクターになった2012年当時は、まだネットもそんなに普及していなかったので「どうやって流行りものって探すんだろう?」って思いながら、とにかく若い子が集まる街に足を運んで、自分の目で“見る”ことを大切にしていましたね。
2016年に「The軽部真一」を担当することになったときは、それまで仕事でエンタメに触れたことが全くなかったので、フジテレビはもちろん他局のドラマも含めて少なくとも第1話は全ドラマ見るようにしました。また、この頃から名作漫画を読み漁り始めました。そうやって常にエンタメ作品に触れているようになっていきましたね。あとは、「イマドキ」を担当してからは、コンビニに行ったら新作のスイーツやアイスをチェックするよう心がけましたし、そうしたことの積み重ねを経て、今は何が流行っているのか、自分の肌感覚としてだんだんわかってくるようになった感じですね。
それでも自分の感覚だけを信じちゃいけないと思っているので、最近は事あるごとに新入社員やADさんなど若い人の意見を聞いて、最大限に情報をインプットした状態で判断をするようにしています。
実は、『めざましmedia』を立ち上げるにあたっても、情報制作局の入社4年目~17年目の女性社員4人に月1回、集まってもらってブレスト会議をしていました。入ったばかりの新入社員たちにも何度か意見を聞きましたし、特に女性の感覚や意見は僕には想像もつかないことが多いので、常日頃から色んな人を頼って相談しています。
谷 翔平
では、ずばり、谷さんにとってフジテレビという会社はどういうイメージでしょうか?
新人の頃の印象を言いますと…僕が入社した2009年は視聴率三冠王を数年連続してとっていた時期でしたし、社員もみなさん、いい意味でバカな人が多くて(笑)「楽しいな」ってすごく思いましたね。報道の人とかも関わっている仕事自体は“硬い”印象ですが、話すとみなさん、柔らかいというか面白くて、想像していた通りの方たちっていう印象でしたね。
最近は…入社時はみんなバカみたいに弾けていた同期や世代の近い人たちが家庭を持ったりして少し落ち着いてきた…?というのもあるかもしれませんが、もっと「いい意味でバカ」を前面に出しちゃっても良いのかなと思います。
谷さんはこれまで『めざましテレビ』を始めとするテレビ番組に携わり、そして今回は、『めざましmedia』というWEBメディアを担当しています。そうした双方に関与している立場として、今後、テレビ局が目指すべき方向性などについてはどのように考えていますか?
他の局のことは分かりませんが、フジテレビはテレビの強さとネットの強さを総取りして、他の誰にも真似できない、“最も新しくて最も勢いのある総合メディア”を目指すべきだと思います。
谷 翔平
では最後に今後の目標を教えてください。
まず今は『めざましmedia』をスタートさせたばかりなので、「一刻も早く軌道に乗せて、たくさんの方に楽しんでいただけるサイトにしたい」いうことですね。
一方で僕は、『めざましmedia』の仕事で日々大変ではありますが、とにかく「自分の番組を作りたい」という気持ちもすごく強く持っていて、新番組の企画書も結構出しています。今は朝の番組を担当しているので、いつかゴールデンタイムの番組も作ってみたいなっていう夢もありますし、それがスポーツ番組だったら尚のこといいですね。ただそうでなくても、自分が作ったVTRとかを笑ってもらうのもめちゃくちゃ好きなんです。視聴者のリアルな反応ってテレビを作っているとあまり分からないこともあるのですが、友達の結婚式や番組の新年会で自分が作ったVTRが会場でドカーンと受けたりすると、すごく嬉しいんです。だから「視聴者のみなさんにとにかく笑ってもらえる番組を作りたい」という思いもあります。今の仕事をやりながらそういうこともできたらいいのになぁって思っています。
目指すは、二刀流ならぬ“多刀流”でしょうか?笑
あの大谷翔平選手ですら今年はケガもあって二刀流をお休みしている中、「大」がつかない谷翔平が『めざましテレビ』+『めざましmedia』+ゴールデン番組の“多刀流”なんて欲張りにも程があるよなぁとは思いますが…目指さないと絶対に実現しませんからね(笑)!
谷 翔平

『めざましmedia』が目指している方向性などについて、自らの言葉で理路整然と語ってくれた谷編集長。話題がサッカーに及んだ際には、“永遠の少年”のように眼を輝かせ、満面の笑みも浮かべていた。「WEBの世界のエンタメテーマパーク」が開園して2ヶ月あまり。これからもチームの束ね役として、「団結力」と「チャレンジ精神」を最大限に高め、活かしながら、多種多様な“楽しみ”を観客のみなさんに提供し続けてくれることになりそうだ!

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