FUJITV Inside Story〜フジテレビで働く人〜

松山 博昭

映画『ミステリと言う勿れ』の
松山監督に聞く…
テレビシリーズから
“変えない”信念と
出演者や原作者と共に綴った
言葉の遡及力

Vol.07

松山 博昭Hiroaki Matsuyama

フジテレビで働く人の仕事への取り組みや思いをシリーズで描く『FUJITV Inside Story』。
第7弾は、9月15日に公開される菅田将暉主演の映画『ミステリと言う勿れ』を手掛けた松山博昭監督。今作は田村由美氏の同名漫画を原作に、22年1月期に大ヒットした人気ドラマシリーズの映画版で、連ドラでは描かなかった人気の“広島編”を舞台としている。今作との出会いから映画化に向けての拘り、また松山監督がクリエイターとしてターニングポイントとなった作品など、映画作りへの思いを聞いた――。
(2023年9月8日掲載)

ネットカフェで出会った
『ミステリと言う勿れ』…
「これは面白い!」
“広島編”を映画化した理由とは

まずは監督と『ミステリと言う勿れ』の出会いについて教えてください。
これはちょっと恥ずかしいのですが、仕事が全くなかった時に何か面白い漫画はないかな…と思って、近所のインターネットカフェでいろいろ読んでいたところ、『ミステリと言う勿れ』にめぐりあいました。その時、第1巻の第1話(連ドラ版の第1話でもある「容疑者は一人だけ」)を読んで「これは面白い!」と思ったのが最初の出会いですね。そこからコロナ渦の2020年に『鍵のかかった部屋』の特別編を一緒に担当した草ヶ谷大輔プロデューサーと何か企画を立てようという話になって、そこで『ミステリと言う勿れ』をやりたいという話をしたのがドラマ化へ繋がったきっかけですね。
松山 博昭
映画版は原作でも人気の通称“広島編”ですが、このエピソードを選んだ理由はなんでしょうか。
この原作をドラマ化する際に、どのエピソードを描くか結構な議論があって、結果的に頭から順にやっていきましたが、“広島編”というのは物語のボリュームがすごく大きい面がありました。また横溝正史さんの世界観をオマージュした割とおどろおどろしい話でもあり、テレビドラマシリーズが目指した方向性とは多少トーンが違ったので、ドラマ版では取り上げないことになりました。それで映画化が決まった際、原作の別のエピソードで何パターンかプロットを作ったのですが、“広島編”は人気のあるエピソードですし、菅田さんにもこの話をやりたいという意向がありました。また逆にこうしたトーンの違いも、映画化にあたっては「雰囲気が変わって面白いのでは」ということで“広島編に決まりました。
ドラマから映画にするにあたって意識したことはありますか。
これまで僕もテレビドラマを映画化した作品を何本か手掛けてきましたが、その際「映画ならではのスペシャル感をつけた方がいい」などと周りから言われることも少なからずありました。しかし今回、そういう話は全く無かったですね。『ミステリと言う勿れ』は世界観がしっかりと成立している作品ですし、「この作品が好きな人に見てもらいたい」という思いで作っていたので、逆にいい意味で“テレビシリーズから変えないこと”をすごく意識しました。
「なんか映画だと変わっちゃったね・・」と絶対にならないようにしようと。やはり一番大切なのは、整くん(ととのう:主人公)が話す一言一句に、登場するキャラクターのみなさんたちがどのように感化され、何を思うのかということですよね。スペクタルな映像を見たくてこの映画を見に来る方はいないし、そこが売りではないと思っていますので、そこの魂、一番大事な部分は変えないように、という意識は強く持っていました。逆に言うとそういうところに逃げないようにしようと。ドラマで作り上げたものを大事にして、『ミステリと言う勿れ』の流れであるように、と意識しましたね。
松山 博昭

映画「ミステリと言う勿れ」の撮影現場にて

映画が公開される前週に特別編がテレビで放送されますが、その中にある連ドラ第1話の“リブート版”というのが面白い試みだなと思いました。※特別編は連続ドラマのepisode1に一部新撮を加えたリブート版と、原作の第11巻で描かれている通称“タイムカプセル編”の構成
特別編をつくるにあたって何が一番いいのか考えたのですが、やはり僕自身、第1話のエピソードが一番好きなんですよね。だからまだご覧になっていない方には、今回、是非見ていただきたいと思いました。また、一度見ていただいた方には、そのまま同じものを見ていただくのも…ということで、整くんがずっと取り調べを受け続ける第1話の「Bサイド」と言いますか、そこに至るまでの別アングルみたいなシーンを足したり、音楽を変えたりして“リブート”という形にしました。
その第1話は、取調室のシーンがほとんどで撮影も苦労されたようですね。
本当に狭い取り調べ室でのやり取りがずっと続くので、どうやってシーンを持たせるかということは相当意識しました。照明で色をつけたり、原作とは違うところで雨を降らせたり、途中で晴れにしたり、突然曇りにしたり…。なるべくシーン毎に映像的な場の演出をつける工夫をしましたね。
松山 博昭

出演者に向ける“まなざし”は熱く・・・

原作の田村由美先生と二人三脚で…
言葉を届かせる力
“菅田将暉の魅力”

原作の田村由美先生もドラマ版を絶賛されていて、すごく良い関係性で作品作りができているように感じます。
原作の田村先生は現場にも来てくださいますし、台本についてもいろんなシーンで意見やアイデアを出してくださいます。特別編に関しては、ドラマ版では出てこなかった志尊淳さん演じるレンくんが登場するのですが、そのレンくんと天達先生(鈴木浩介さん)、そして整くんの3人の原作にはないシーンを田村先生がセリフを含め新たに書き起こしてくれました。映画版でも整くんが話すエピソードを新しくオリジナルで書いて下さったり、「こんな会話になるのでは?」と提案していただいたりと、田村先生とは一緒に作品を作っているという感覚が強くありますね。
原作の先生がそこまで協力してくれるのはありがたいですよね。
その通りですね。映画版では紙芝居をアニメーション化したシーンがありますが、僕はその原作の絵がすごく好きで、その絵を映画版でもどうしても使いたかったんです。
では主人公の整くんを演じる菅田将暉さんの魅力を教えてください。
この作品ではものすごい情報量のセリフがありますが、菅田さんが喋ると本当に言葉が届くというか、単なる情報に留まらないというか・・。とにかく言葉を届かせる力が圧倒的に優れていると思います。これだけ情報量の多いセリフを視聴者が耳で聞いて理解できるというのは、やはり菅田さんの力だと思っています。その辺の説得力というのは、呼吸であったりリズムであったり、本当にちょっとしたことだとは思うのですが、なによりも菅田さんが自分自身にしっかりと落とし込んだ上で、自らの言葉として発しているからこそだと思いますね。
松山 博昭

「整くん」を演じる菅田将暉さんとも意見交換しながら・・

映画版で注目のキャストを教えてください。
もちろんこの作品でもすばらしい役者さんたちに揃っていただいたので、とても難しい質問ですが、敢えてお一人の名前をあげるとすると、“広島編”のヒロインである汐路(しおじ)役の原菜乃華さんですかね。ものすごい数の方に参加してもらったオーディションを経て、彼女にオファーしたのですが、今回は言ってしまえば「汐路の成長物語」なんです。彼女が整くんと共に何を考え、整くんの言葉にどのように影響されて成長をしていくかが、この映画の大きな要素の一つだと思っています。
それでは改めて今回の映画の見どころを教えてください。
やっぱり整くんの言葉ですね。これは映画に限らずドラマでもずっとそうなのですが、整くんの言葉って、何かを押し付けるわけではなく、彼なりの考えが絶対だとも言わずに「こう思う」という言い方をするんです。その言葉を受けて、他のキャラクターたちがどのようなことを思い考えるのか、それを観客の方々に見ていただいて、いろんなことを感じてもらえたら、と思っています。やっぱり『ミステリと言う勿れ』というタイトル通りで、ミステリーではあるのですが見せたいのはそこではないんです。傷ついたり何かを背負った人たちが、スカッと全て解決してにっこりと歩き出す訳でも傷が完全に癒える訳でもないのですが、整くんの言葉によって一歩ずつ前に踏み出して行く・・そんな姿に何かを感じてもらえるような「ラスト」になるといいなと思っています。
松山 博昭

クランクアップ・・・お疲れ様でした!

東京NSCからフジテレビ、
そしてドラマ部へ…
溜まっていたものが吐き出せた
『LIAR GAME』
今後、取り組みたい「作品」とは

話は変わって、松山監督がフジテレビに入社された理由を教えてください。
松山 博昭
実は僕は学生の時に吉本さんの東京NSC(吉本総合芸能学院)に通っていたんです。大学4年の時に入ったのですが、初日に「もうダメだ…才能ないや…」と自覚して辞めようと思って(笑)。ただ既に4月に入っていて就職活動に出遅れていたので、とりあえず留年して東京NSCに1年間通ってこれをネタに来年就職活動をしようと決めました。今は学生時代にお笑いをやっていた人は結構いると思うのですが、当時は少数だったので、面接でその話をしたらすごく面白がってもらえて…。多分、それで内定をもらえたのでは、と思っています。
では、最初はバラエティ志望だったのでしょうか?
特にそういうわけではなかったのですが、面接では戦略的に「バラエティやりたいです!」と言い続けました。ただ、実は映画も好きで、ドラマ部へ行けば映画を作れるかも…みたいなことはその時から考えていました。結果、入社して面接の時には一言も触れなかったドラマ部に希望を出したという感じです。
松山 博昭
転機となった作品はありますか。
やはり『LIAR GAME』(2007年)ですね。深夜ドラマでしたけど、初めてチーフ監督というクリエイティブのトップの立場で、初めて自分で思うように手掛けることができた作品ですね。フジテレビに入ってずっと「自分ならああしたい、こうしたい」と、心の奥底に溜まっていたものを、ワーッと吐き出せた感じがあり、一番印象に残っています。なんでもっとカラフルで原色を使ったテレビドラマってないんだろう?ってずっと思っていて、また音楽も生楽器ばっかりだったので、もっと違うものはないかと思っていたところ、中田ヤスタカさんの音楽に出会い、『LIAR GAME』の劇伴を担当してもらいました。そうしたこと全てがこの『LIAR GAME』で実現できたという感じですね。
では作品作りで、どんな時が一番嬉しいですか。
作品が出来上がって、自分で「あぁ~面白い!」と思った時ですね。もちろん現場でいいシーンが撮れた瞬間も、確実にそれがわかるので嬉しいと思うのですが、そうしたことも含めて最終的な仕上がりに自分が本当に満足できた時がやはり一番嬉しいですね。誰かの反応ももちろん嬉しいですしありがたいのですが、やはりまず自分自身が面白いと思った瞬間ですね。
最近では配信で見る方が増えたりするなど、ドラマの見られ方が変化していると思います。監督の中で作り方などの変化はありますか。
作り方ではあまり意識は変わらないですね。今でもとにかくテレビが一番「マス」だと思っていますし、だからこそ地上波でヒットさせることが、一番難しいことだと思っています。ただ、最近は、配信数など視聴率以外の指標も増えているので、いい意味でいろんな作り方ができるようになり、その点は良かったなと思いますね。
これまで僕らは、テレビは誰が見てもわかりやすく、ご飯を食べながらでも理解できるものを作るよう言われることが多かったのですが、今は『ミステリと言う勿れ』のようにすごく情報量が豊富な作品でもしっかりと見てもらえる時代になったのでは?と感じています。コンテンツが溢れ過ぎている現状で、作り手が視聴者に動機付けをしっかりと行わないと、見てもらうことはできないし、取捨選択されていくのだと思います。
松山 博昭
最後に松山監督が今後作りたい作品などあれば教えてください。
まだ本当に何も決まっていませんが、やはり「整くんの旅」をこれからもしっかりと描いていきたいですし、これをライフワークとして続けていけたらいいな、と思っています。原作もまだ完結していないので、ドラマの「シーズン2」なのか、もう一本映画を作るのかわかりませんが、『ミステリと言う勿れ』をしっかりと最後まで描き続けていけたらいいな、と思っています。

松山監督は『LIAR GAME』に始まり、『信長協奏曲』や『ミステリと言う勿れ』と漫画原作を映像化することを得意としているが、ただ実写化するだけでなく原作の魂を引き継ぐことはもちろん、自らのこだわりもしっかりと込めるからこそ、原作ファンや原作を知らない多くの視聴者も魅了するのだろう。映画版がどんな作品になっているのか、また『ミステリと言う勿れ』を最後まで描きたいという監督の思いを、一人の視聴者として見届けたい。

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