フジテレビジュツの仕事

    イチケイのカラス

    2021年4~6月 毎週月曜日 21:00~21:54

    • 美術プロデュース
      三竹 寛典
    • アートコーディネーター
      山下 雅紀/駒崎 拓也
    • 大道具操作
      谷古宇 稔
    • 建具
      岸 久雄
    • 大道具
      浅見 大
    • アクリル装飾
      鈴木 竜
    • 植木装飾
      後藤 健
    • 視覚効果
      大里 健太
    • 電飾
      佐藤 信二
    • 生花装飾
      小柳 幸恵
    • 装飾
      近藤 美緒
    • メイク
      坂本 敦子
    • 衣裳
      嶋崎 槙人
    • 持道具
      橋本 まゆき

    ビジュツのヒミツ①

    法廷セットは
    光が差し込むドラマチック空間

    「イチケイ」こと「第1刑事部」。今回の舞台は、民放連続
    ドラマの主人公では初登場という“刑事裁判官”の職場です。

    裁判官ですから主戦場はこちら。
    年季の入った法廷のセットをスタジオに建て込みました。

    監修の指導のもと、実際の裁判進行に必要なものを配置。
    細部までこだわって、破綻のないようにデザインしました。

    よく見ると、裁判官の背景に映る格子に「天秤」の模様が。
    女神テミスが持つ公平のシンボルです。

    ただ1点、実際の法廷ではほとんど見られないものがあります。
    それは、外光差し込む「窓」。
    重厚な法廷セットの陰影を際立たせ、シーンをドラマチックに
    見せるための「光の効果」を計算しているのです。

    膨大な数の建具倉庫から、
    この空間にしっくりくるレトロな窓を厳選。
    装飾とのバランスも考えて、デザインに落とし込みました。

    そして、築90年のイメージの建物の中にあるという、もう一つの場所。それが、裁判官や書記官・事務官の執務スペースです。
    鉄骨補強材がむき出しの空間。2階もあります。

    主人公の席、その後ろの壁を埋め尽くすのは
    「ふるさと納税返礼品」。
    実際のものをお借りした貴重なコレクションです。

    一際目を引く耐震補強鉄骨・・・もうお分かりですね。
    テレビジュツではおなじみの木製大道具。
    補強の役割はほとんど果たしていませんが、
    存在感で他を圧倒しています。

    柱の配置も自由自在。
    映り方重視のテレビ仕様デザインであります。
    実はこの部屋中央の柱も、
    天井の重さを支えている訳ではありません。
    とはいえ、ちゃんと上から吊って固定しているのでご安心を。

    ちなみに、
    部屋のどこかに「カラス」の額が架かっているらしい。
    探してみるのも一興かと。

    2021年4月

    ビジュツのヒミツ②

    背景さんのエイジング技
    &経師スタッフの貼り付け技

    緊張感が支配する法廷セット。
    整然とした中にも美術スタッフの工夫とプロの技が
    隠されています。

    実は、大道具スタッフを苦労させたのが、
    裁判官の後ろに段々に作られた部分。
    壁紙を美しく貼って仕上げています。

    紙貼りを担当するのは「経師(きょうじ)」スタッフ。
    フジテレビジュツでは大道具会社の一員です。
    バックヤードで「経師用台車」を見つけました。

    近くには、何種類もの商売道具=壁紙もストックされています。

    工場でのセット制作の際、どこにどの壁紙を使ったか、
    そのデータをサンプルとともにファイリング。
    といっても手作り感満載ですが・・・。

    これは、経師の七つ道具を詰め込んだ「経師道具ガチ袋」。
    地ベラスキージなで刷毛などが活躍します。
    あとは紙と糊・ボンドなどを手に、いざ出動。

    まずは、表面の平らな部分に「なで刷毛」を使って
    壁紙を貼ります。ただし、出隅(でずみ)や入隅(いりずみ)は、
    糊だけでは剥がれやすいのでボンドを使用。

    段々の部分は浮き上がらないように、入隅までしっかり
    貼り込み。この時威力を発揮するのが「スキージ」です。最後に、入隅で紙を切り取るために「地ベラ」が登場するのです。

    これが「地ベラ」。
    うまく扱えば、美しい切り口に。
    隙間なく、浮き上がらない紙貼りこそが、経師の矜持です。

    執務スペースで存在感を示していた、あの木製鉄骨。
    近くで見てもそれなりの経年感ですが、
    これこそエイジングの技。塗装の専門スタッフを、
    フジテレビジュツでは「背景さん」と呼びます。
    背景を描くだけでなく、「塗る」プロなのであります。

    「六角ボルト」に見せかけた厚ベニアの切り出しで、
    重量感を表現した造形物。
    「背景」スタッフは鉄の質感を出すために、弾性塗料
    厚みを付けます。さらに鉄風のツヤが出る塗装で仕上げ。

    そして決め手がこの「溶接痕」。
    コークボンドを着色して、リアル感を演出。
    これがあるとないとでは、印象が全く違います。

    発泡スチロールにレリーフ模様を彫り込んだ
    「コンクリート風」。
    エイジング技術で、ひび割れやシミをつくり出して仕上げます。

    MDFをルータで彫って目地を表現した「スクラッチタイル風」
    パネル。“タイル”の表面は、ナコを塗って厚みを出してから
    櫛引」加工を施します。
    塗装で仕上げ、ムラでタイルの質感をつけたら出来上がり。

    法廷にある木の柵にも、もちろん汚し塗装が。
    人の手が触れる手すりの上部は、程よく塗装が剥げています。
    一体何人の人がこの場所に立ち、判決を聞いたことでしょう。

    長い年月の間に、その部分にどんな事があったのか。
    「背景さん」のお仕事は、それっぽく見せるためのものでは
    なく、モノに宿る物語を想像することから始まるのです。

    2021年4月

    デザインのヒミツ

    ー監督からはどのような要望を受けましたか?

    アベ木 陽次

    アベ木 陽次

    法廷ドラマといえば、普通はどっしりと重みのある、木目調セットが多いのですが、監督からは「とにかく画(え)を明るくしたい」と言われました。法廷ものでも軽快なテンポの、視聴者が入り込みやすいドラマにしたい、と。
    具体的には「光の入る法廷」を求められました。実際の裁判所を取材すると、窓は一つもなくて、すごく簡素な雰囲気です。でもそこはドラマなので、窓を多く設けて光がたくさん入るようにしました。監督の役者さんのバックに光を感じたいという方針をもとに、照明スタッフと光の方向を決めていきました。
    あとは壁の色。法廷の基調色としてはかなり明るめのベージュ。木目も軽めにして、配置も腰から下やワンポイントに留めました。床は石のタイル風ですが、こちらも明るめの薄いグレーにしています。

    イチケイのカラス

    ー小道具・装飾でもリアルと違えている部分はありますか?

    はい、実際の法廷は今の時代、デジタル化されている部分が多いんですよね。裁判官席にもパソコンが並んでいるし、壁にもモニターが埋め込まれています。ところがセットでは、それらの機器は低い位置に目立たないようにしか置いていません。思いきりアナログなイメージの法廷です(笑)。
    裁判所の建物ロケにも程良いレトロ感のある所を選びました。郊外の施設をお借りしているのですが、白い壁の明るい雰囲気で、天窓があって上品な感じが決め手でした。大きすぎない点でも、裁判所の架空の“支部”感が出せていると思います。

    ーデザイナーの発案で作ったものはありますか?

    裁判官席バックの横長のレリーフ窓です。実際の法廷に窓がもしあったとしても、縦長の窓になると思うんです。でも今回は、横長の彫刻の窓を入れたかったんですよね。裁判官3人の誰が立っても座っても窓を背負う形で、常に光が感じられるように。このレリーフの図柄には一部、法廷ドラマ定番の天秤を入れているんですよ。ほとんど気付かれないぐらいさりげなく(笑)。

    イチケイのカラス

    ー裁判官や書記官のオフィスも実際とはかなり違いますか?

    実際のオフィスを取材したうえでアレンジしてます。リアルでは裁判官と書記官の部屋は分かれていますが、ドラマでは一つの部屋にして、エリア分けしています。ここでまた監督のこだわりなのですが、部屋のど真ん中に逆V字型の大きなむき出しの鉄骨を入れています。この鉄骨はセットのシンボルとして、 “古い建物”感、“赤字続きの問題支部”感も出せるし、頭をぶつけそうになる芝居もできます。また、主人公のデスクの後ろにある“ふるさと納税”エリアは装飾スタッフの遊び心が満載です。

    イチケイのカラス

    ーオフィスのセットでのこだわりは?

    裁判官エリアにある大きな本棚の後ろの窓ですね。部長裁判官のデスクの後ろに高さ3m以上もあるアーチ型の本棚を置いたのですが、アーチの間から光が入るようにしました。明るさと同時に奥行きを出すのも狙いです。

    イチケイのカラス
    イチケイのカラス

    ー法廷セットのデザインで特に気を遣ったところは?

    裁判官3人の法服の黒が画面に映えるように気を遣いました。また裁判官、被告と弁護士の三者の距離感でしょうか。実際の法廷はさほど大きくないのですが、セットでは限界まで広くしました。カメラで撮りやすくするためと、カメラが引いた時に裁判官のスリーショットがきれいに映り込むようにするためです。それと、傍聴席も実際には平らな床ですが、奥に座った人の顔まで撮りやすいように、ほんのわずかな高低差のひな壇にしています。

    ーセットの画から感じてほしいことはありますか?

    従来の法廷ドラマのセットとはちょっと違う温かい空間、“やわらかい法廷”を感じてほしいです。その舞台で展開される、キャストの軽快なやりとりを楽しんでいただければ。特に、傍聴席の椅子の色、クリームがかった淡い辛子色、とでも言うのでしょうか、何とも表現しきれない絶妙な色が、法廷の空気感をより軽やかにしてくれました。リアルに近いグレーや茶色だと雰囲気は全く違っていたと思います。装飾スタッフのセンスですね。

    (2021年4月)

    イチケイのカラス