<第7回> <第8回> <第9回> <第10回>


<第7回>
 天野玲美(大塚寧々)はツアーコンダクター。今回の仕事は失恋ツアー。参加者は恋に破れた女性8人。本当なら玲美も客として参加したい心境だった。というのも、職場の上司である山根課長(宮川一朗太)から別れを告げられたばかり。転勤を機に不倫関係を終わらせたいという。「女房に子供が出来たんだ」。見え透いた嘘。
「本当に好きだったのに」。玲美は心の痛みを隠して、失恋ツアー先の秋田へ向かう飛行機に乗り込んだ。
 目的地の阿仁町へは列車を乗り継いでいく。車内で参加者の自己紹介が始まった。山田緑(ふせえり)も玲美と同じく、相手は妻帯者だった。「私、すぐキレるんです」と言う通り、出発前の説明会ではあわや、飛び降り自殺をしかけた。北条千都(滝沢涼子)の恋人はホモだった。島岡茜(加藤めぐみ)の夫は愛人を3人も作った。大槻幸恵(南 明子)は恋人がインポテンツになってしまった。田村みちよ(小林麻子)の恋人は1週間前に屋根から落ちて死んでしまった。
 かなり太めの大江山いくの(中島陽子)は初めて「君はきれいだ」と言ってくれた相手が結婚詐欺師だった。名村英子(宮越暁子)は恋人から暴力ざんまいの毎日。そして飯田桃子(松田美由紀)はかつて阿仁町に住んでいたという。「失われた時間は取り戻せないかもしれないけど、それを確かめたくて、このツアーに申し込みました」。参加者8人、そして玲美も加えて9人がそれぞれ心に痛みを抱えていた。
「みなさん、阿仁町へようこそ!」。駅前でのぼりを持って待っていたのは町役場の観光課の今藤課長(菅原大吉)。実はこのツアー、嫁不足で悩んでいる地元がタイアップして、ねるとんパーティーを組み込んでいた。「若い娘はみんな都会へ逃げちゃって」。町役場の用意した車で一同は町営の宿泊施設へ。車が山道に差しかかった矢先だった。血まみれの男が突然飛び出してきて、車の前で両手を広げた。「熊だ!熊が出たぞ!」。男はがっくりと路上に倒れた。
 玲美と今藤は恐る恐るバスから降りた。すると男は突然起き上がると、ゲラゲラと笑い出した。「冗談だよ」。男は地元営林署職員の定岡拓史(伊原剛志)。熊に出くわしてケガをしたものの、見事生け捕りにしたとか。聞けばマタギ直系の子孫。アダ名は熊タク。
「どうも、よろしく」。バスに乗り込んだ拓史はツアー参加者に頭を下げた。玲美がケガの治療をしようとすると、いきなり「カモシカの目に似ている、いい目だ」と口説きだした。玲美はニッコリ笑って、拓史の傷口にたっぷりと消毒薬を塗った。「ワアアッ!」。
 悲鳴を上げる拓史に車内は笑い声に包まれた。ただ桃子だけは一番後部の座席で顔を隠すようにして、拓史の様子を見ていた。
 ツアー1日目の夜は地元の川原でたき火イベント。参加者たちは彼からもらったプレゼントを次々とたき火の中に投げ入れた。「皆さん、これで過去とのお別れが済みました。明日から新しい出会いを求めて生きていきましょう」。玲美は自戒を込めて言った。その時、小型トラックが近づいてきた。運転席から手を振っているのは拓史だ。「生け捕った熊が荷台にいるぞ」。玲美たちが恐々と近づいてみると、荷台のオリの中には親子の熊が捕獲されていた。「熊牧場でひと冬越させたら、また山に帰してやるんだ」「良かった、殺すんじゃないんですね」。玲美は胸をなでおろした。拓史は見かけによらず優しい心の持ち主らしい。
 町営宿泊所の広間で歓迎会が開かれた。ツアー参加者の前にズラリと並んでいるのは、地元の独身男性たち。阿仁町でも嫁不足は深刻な問題なのだ。「町おこしにご協力をお願いいたします」。町長のあいさつでは緊張していた面々もお酒が入るころには次第に打ちとけてきた。「カモシカ、俺と結婚せんか?」「酔っているんですか」。拓史からいきなりプロポーズされて玲美は面食らった。拓史はバツイチで子供が2人いるという。「女房はここに来た1カ月後、男と一緒に消えてしまた」。同情はするが、玲美がいま気がかりなのは桃子のこと。体の不調を訴えて部屋に1人きりなのだ。「失礼します」。玲美は広間を抜け出して、桃子の様子を見に行った。
「大丈夫ですか?」「ええ、実は宴会に出たくない理由があったのよ」。桃子の告白に玲美は驚いた。彼女こそが5年前、拓史のもとから逃げ出した妻だった。「子供あの人に会いたくて、おめおめと帰ってきたわけなの」。桃子はツアー参加直前、拓史あてに手紙を出したという。「もし迎えてくれるなら、家の前に小さな鯉のぼりを飾っておいてほしいって。玲美さん、明日一緒に来てくれない。1人で見るのが恐いのよ、お願い」。思いもかけない告白に玲美はただ驚くばかりだった。
 ツアー2日目。バスの中はツアーの女性たちと地元の独身男性たちでいいムード。熊牧場では昨日捕獲された親子が仲良くエサを食べていた。マタギ資料館の見学が終わると、玲美は女性たちにカードを配った。気に入った相手の名前を書いてもらい、男性側も一致すれば単独交際がOK。棄権した桃子を除いて、女性全員がカップルになれた。「つきあってくれる?」。玲美は桃子と拓史の家へ行くことになった。
 鯉のぼりはなかった。「許してくれるなんて、甘かったわね」。
あきらめて桃子が帰りかけた瞬間、家の中から男の子と女の子が飛び出してきた。
「お母さん、帰ってきたの?」。長男の健児(武田歩)と娘の梓(高橋亜実)だった。「うちに戻って来て」「お母さん、悪かったわ、ごめんね」。桃子は2人を抱きしめた。その時、農道から拓史がやって来た。「何しに来た!帰ってくれ、もうここはお前の家じゃない」。拓史の言葉には有無を言わせない響きがこもっていた。「あんたにはこんな姿は見せたくなかった」。拓史は伏せ目がちで玲美に言った。「分かりました。健児、梓、ごめんね」。
桃子と玲美を乗せた車は拓史の家をあとにした。
 その夜、最終カップルを決めるねるとんパーティーが行われた。会場の入り口をふと見た玲美は息をのんだ。コート姿の山根だった。「どうしたの、こんなところまで?」「迎えに来たんだ。女房と別れるから、もう一度、君とやり直したい」。玲美は思いがけない言葉にぼう然と立ち尽くした…。

<第8回>
 松江市内の旧家で披露宴が行われていた。白無垢の新婦は横田智恵(有森也実)。和服姿の新郎は徹(美木良介)。親戚連中がマイクを握りしめて民謡を熱唱している。智恵のもとに幼なじみの吉崎真寿美(長田江身子)がビール瓶を持ってやってきた。
「うまいことやったわね。私も東京へ行こうかな」。智恵は東京で徹と出会った。そして5年ぶりの里帰りで、いきなり母親の初子(白川和子)に徹を引き合わせたのだ。「何も連絡をよこさないで心配していたら、こんな立派な方でびっくりですよ」。初子に頭を下げられて、徹は苦笑を浮かべた。「こちらこそ、よろしくお願いします」。なごやかな雰囲気の披露宴だったが、一つだけ気にかかる出来事があった。智恵あてに純白のウエディングドレスが送られてきたのだ。
「何だよ、あれ?」「さあ」。徹の手前、智恵は首をひねったが、実は誰が送ってきたのか、心当たりがあった。
 翌日、智恵と徹は観光タクシーを1日借りきって、松江市内をめぐることにした。「新婚さんですか?奥さん、キレイだったんでしょうね」。運転手は馴れ馴れしく話しかけてきた。乗務員証の名前を見た智恵は、ハッと息をのんだ。桜井源一郎(大鶴義丹)。ウエディングドレスの送り主と智恵が確信している人物であった。
「今日は張り切って案内させてもらいますよ」。タクシーはゆっくりと走りだした。
 宍道湖、松江城、小泉八雲記念館、月照寺とタクシーは観光スポットをめぐっていった。「松江にはいっぱいイイものがあるのに、最近の女の子はすぐに東京へ行ってしまう。気がしれないですよ」。
源一郎はなにか奥歯にもののはさまったような話し方をする。智恵が浮かない表情をしていることに徹はようやく気づいた。
「ここね、ランチメニューが最高なんですよ」。徹は2人を地元の喫茶店に案内した。「マイペースな人だな」。さすがに徹も呆れ返ったが、勧められるまま店内に入った。「あれ、智恵ちゃん、久しぶり」。
どうやらマスター(大河内浩)は智恵と顔なじみらしい。
「今日は源ちゃんとデートかい?」。客の青年、晴山梅夫(大森嘉之)も勝手知ったる様子で智恵に話しかけてきた。「相変わらず、源ちゃんとラブラブですね」。源一郎は得意満面だ。「出ましょう」。智恵はいたたまれず、徹の手を引いて店を出た。
「あの運転手、知り合いだったのか?」。これ以上、徹の前で嘘をつき通すわけにはいかない。
「上京する前につきあっていた人なの。ウエディングドレスを送ってきたのも、あの人よ」。そこへ源一郎が駆け寄ってくるなり、智恵の肩をきつくつかんだ。「俺と結婚するって、約束したじゃねえか」「いい加減にして!マスターや梅ちゃんにまで変な芝居させて」。
言い争う2人に徹が割って入った。
「僕たちは夫婦なんだ」「俺は絶対に認めないぞ!」。源一郎はきっぱりと言い切った。
 その夜、智恵が実家で徹に事情を打ち明けていると、母親の初子が口をはさんできた。「黙っていたのは悪かったけど、源ちゃんの気持ちはあんたが一番よく知っているはずだろ」。智恵が東京へ行ったきりの間、源一郎は初子の面倒をなにくれとなく気づかってくれたという。「急に連絡してきたかと思えば、いきなり結婚するって。花嫁姿を自慢できたら、あんたはそれでいいの?」。智恵には返す言葉がなかった。
「彼のこと、ちゃんと話します」。寝室に下がって智恵は徹にすべてを打ち明けようとした。「終わっているんだろ。だったら、いいじゃないか」。徹は智恵を責めなかったが、布団に入るとポツリとつぶやいた。「よっぽど好きだったんだな。彼、智恵のこと」。
 翌朝、再び源一郎はタクシーでやって来た。智恵が呼んだのだ。智恵は徹と後部座席に乗り込んだ。「これ以上、私たちの邪魔をしないで。徹さんのこと、愛しているの」。しかし源一郎はひるまない。「俺と結婚を誓ったじゃないか」。6年前、智恵と源一郎は地元の縁結びの神社で結婚を約束した。その1年後、智恵は単身上京した。
けっして源一郎のことが嫌いになったわけではなかった。源一郎は松江で智恵が帰ってくるのをひたすら待ち続けていた。「俺たちはまだ終わってねえよ」「もう子供みたいなこと言わないで」。
語気荒くやりあう2人を徹はじっと見ていた。
 タクシーの車内には気まずい沈黙がたちこめた。唐突に源一郎がつぶやいた。「松江温泉にでも行くか」。智恵はとてもそんな気分になれなかったが、徹は源一郎と露天風呂に入った。「智恵は松江に帰ってくるべきなんだ」「智恵はもう東京の人間なんだよ。彼女が自分でそれを選んだ」。徹の口調は穏やかだったが、源一郎の胸にずしんと重く響いた。
 その夜、智恵はいつまでも寝つけなかった。「明日、彼に会ってこいよ。彼はいいヤツだ。きっと分かってくれるよ」。徹のその一言で決心がついた。翌朝、智恵は1人で源一郎に会いに出かけた。

<第9回>
 大石涼子(戸田菜穂)は都内にある中堅商社の総合職OL。上司との不倫が破局した途端に、京都支社営業部への辞令が発表された。
「不倫の口封じのためにアイツが飛ばしたんだよ」。涼子は同僚の美久(中嶋美智代)にグチをこぼした。「絶対に東京へ戻ってくるよ」。
鼻息も荒く涼子は京都へ向かった。
 涼子は新しい職場で張り切っていた。京都といえば着物。デパートの着物売り場やしにせの呉服店を精力的にまわった。どこの営業担当者の反応も良かった。ところが支社に戻ってみると、しばらくしてかかってくるのは断りの電話ばかり。「どういうことなんですか!」。涼子は上司の酒井部長(岸部一徳)にくってかかった。「ここは京都や、いうことです」。酒井は平然と言ったが、東京から来たばかりの涼子には納得できない。そんな2人のやりとりをじっと見ていたのが、涼子より年下の同僚、川村敏彦(河相我聞)だった。
 涼子のビジネスライクな仕事の進め方は、いたる得意先でトラブルをひき起こした。「部長、なんとかして下さいよ」。同僚の山根(本郷慎一郎)と中村(川屋せっちん)が酒井に泣きついた。しかし酒井は涼子を叱りつける代わりに、封筒から1枚の写真を取り出した。
「大学の同期生なんだ。前から誰かいないかって頼まれていたんだ」。見合い話だ。涼子の表情が強張った。「部長はそんなに私を辞めさせたいんですか!ちゃんとつきあっている人ぐらいいます」。上司との不倫を清算したばかりの涼子に、そんな相手などいるわけない。「実は川村君とつきあっているんです」。もちろん口からでまかせだった。
 涼子が立ち去ると同時に、当の敏彦が血相を変えて酒井のデスクにやって来た。「早退させて下さい。祖父が倒れたと連絡がありまして」「なに!」。酒井も思わず声を上げてしまった。敏彦の祖父、辰蔵(下川辰平)はしにせ漬物屋の社長。そして酒井の仲人でもあった。敏彦と酒井は辰蔵が運び込まれた病院にかけつけた。「わしがおらんと、大事な漬物が死んでしまう!」。ベッドでわめきちらす辰蔵に看護婦が手を焼いていた。「ちょっと心臓が機嫌を損ねただけや。もうなんともあらへん」。敏彦と酒井は胸をなでおろした。そして酒井は居ずまいをただすと、辰蔵に向き直った。「このたびはおめでとうございます。敏彦君の仲人はこの私にお任せ下さい」。辰蔵と敏彦はわけが分からずに顔を見合わせてしまった。
「ごめんね、私のせいで変なことになっちゃって」。敏彦から思いがけないことになっていることを知らされて、涼子は詫びた。
「このまま俺とつきあっていることにしてもらえませんか!」。
辰蔵が涼子のことを聞いて大喜びしているという。「がっかりさせて、ショックを与えたくないんです」。涼子は行きつけの小料理屋の女将、水野多香子(鮎ゆうき)に相談した。「そういえば敏彦さんのお兄さんが女の人と東京へ行ってしまった時も、辰蔵はんは心臓で入院しはったんや」。
涼子は敏彦のフィアンセを演じるしかなかった。
 涼子は敏彦と一緒に辰蔵の病室を訪ねた。どんなことを聞かれても、ハイとうなずく約束だった。「結婚したら仕事は辞めなはるか?」「ハイ」「仕事はエエから1日も早くひ孫の顔を見せてほしい」。
涼子がキレた。「女は子供を生むための機械じゃありません!」。
てっきり辰蔵は怒ると思いきや、満面の笑みを浮かべて「この人なら川村家を任せられる。合格や」。戸惑う涼子におかまいなく、辰蔵は家族と使用人にひき会わせた。
「やっぱりこんな嘘続けられないよ」。涼子は敏彦と2人きりになると打ち明けた。
「あんな気の強い女、家風に合わないからって、あなたから振ったことにして」。
敏彦は押し黙ったまま、何か考えこんでいる。そして小さな声でつぶやいた。「本当にボクと結婚してくれませんか」。涼子は一瞬言葉を失ったが、次第に怒りがこみあげてきた。「家柄のある家だから、あたしが飛びつくと思ったの。バカにしないで!」。涼子は悔し涙があふれてきた。
 涼子が染物業者とトラブルを起こした。納期の遅れを手厳しくやりこめたらしい。
「もうウチとは一切仕事をしたくないと言っている。川村たちが詫びに行った」。
さらに酒井は京都転勤のことにも触れた。実は不倫の口封じなどではなく、仕事上のミスだったのだ。涼子だけが気づいていなかっただけで、本来なら転勤だけで済む話ではなかった。「仲間のことも少しは信用せい」。
酒井の言葉に涼子はうなだれた。
「苦戦しているみたいやな」。
夜遅くになっても敏彦らは戻ってこない。酒井は缶ビールを涼子に手渡してたずねた。「どうや?川村とは上手いこといってるのか」。涼子は思い切って打ち明けた。
「あれはとっさについた嘘だったんです」「そうか。けどアイツは本気やぞ」。そこに敏彦、山根、中村が帰ってきた。「すいませんでした」。涼子が頭を下げると、3人は照れたような笑いを浮かべた。
「いいって。でも川村は土下座までしょったんやぞ」。中村が涼子にそっと耳打ちした。
「ごめんなさい。私のことで迷惑ばかりかけて」「そんなことないです!一つお願いがあります。聞いてもらえますか?」。涼子は敏彦の剣幕に圧倒された。敏彦の頼みごとは、今度の日曜日、辰蔵の退院祝いに出席してほしいというものだった…。

<第10回>
 横浜港近くのアパート。「わあっ!誰だよ、こいつ」。久田啓介(的場浩司)はその朝目覚めて、驚きの声を上げた。ベッドに見知らぬ女の子が寝ている。とにかく落ち着こうと、トランクス1枚で顔を洗っていると、後ろから声をかけられた。「おはよう」「俺、君のこと、よく覚えていないんだけど」「私もそうなのよ」。話を聞いてみると、この女の子、記憶を失ってしまったという。しかし宮原翔子(大河内奈々子)という名前だけは覚えているという。
 どうやら昨夜飲みつぶれて部屋に連れて帰ってきたらしい。「お腹すいてない?」。翔子はあり合わせの材料で朝食を作ってくれた。
「とにかく警察か病院へ行かなくちゃ」。ところが翔子は「両方とも駄目。あなたに迷惑かけそうな気がするから」と首を振った。そして「ちょっとの間でいいから、ここに置いてくれない?」と懇願した。「絶対に駄目だ!俺は仕事に出かけなきゃいけないから。とにかく病院へ行けよ」。啓介はなけなしの3万円を翔子に押しつけると、部屋を飛び出しいった。
 古い鉄道貨物駅。女がチンピラ風の5人組に追われていた。「やめなさい、あんた達」。女はポケットからピストルを取り出すと、5人を次々と撃ち殺した。そこで大きな声がかかった。「カァーット!」。実はここは映画の撮影現場。立ち上がったチンピラの顔を見れば、これが啓介。「お前、殺され方がくさいんだよ」「すいません」。監督(藤原喜明)に怒鳴られて頭を下げた。実は啓介、助監督なのだが、予算がないものだからエキストラもこなさなければならない。ふと片隅に目をやると、翔子が笑顔で手を振っている。
「来ちゃった」。しかも女の子が足りないからと、翔子までエキストラに引っ張りだされた。
「あんた、この仕事に向いてるかもしれないよ」「ありがとうございます」。主演女優の花形みすず(三原じゅん子)からホメられて翔子はご機嫌だ。「それより病院はどうした?」「恐くて行けなかった」。しかも啓介が手渡した3万円で着替えや毛布を買ってしまったという。「きっと返すから。だからしばらく部屋に置いてね」「しようがないなあ」。啓介は顔をしかめたが、内心うれしい気持ちもあった。
 アパートに戻ってみると、室内はきれいに片付けられていた。翔子が気をつかって掃除してくれたらしい。
「まずいんだよ」。啓介は焦って部屋中を散らかし始めた。明後日は啓介の誕生日。
「婚約者が田舎からやって来るんだ。こんなにキレイだと、他の女がいると誤解される」「ごめんなさい」。机の上にはその婚約者、秋野恵(高橋かおり)の写真が飾られていた。「きれいな人ね」「まあな、幼なじみでさ」。一瞬2人の間に気まずい空気が流れた。
 啓介がシャワーを浴びていると、翔子が浴室のドアを激しく叩いた。
「誰か来たよ、それも女の人」。
 啓介は慌てて服を着ると、翔子を押し入れに押し込んだ。「絶対に音を出すなよ」 「わかった」。ドアを開けてみると、そこに立っていたのは花形みすず。「有名女優が来たのに、もっとうれしそうな顔をしろよ」。かなり酔っ払っている。「私を思い切り抱いて!」。みすずは啓介をベッドの上に押し倒した。
「ダメです。俺には婚約者がいるんです。すいません」。その一言でみすずの酔いが冷めた。「冗談だよ。いろいろ、やな事があって、誰かにぶつけたくなっただけよ」。みすずは啓介にキスすると、大笑いしながら帰って行った。
「帰った?」。押し入れから翔子がそっと出てきた。今度は電話が鳴った。婚約者の恵からだった。「ごめんね、急に母親が病気になっちゃって、横浜に行けなくなった」「仕方ないな」。その時、恵は啓介のアパートの前まで来ていたのだが、部屋から出てきたみすずの姿を見て誤解していたのだ。啓介は恵からの電話を切ると、ふうっとため息をもらした。「私、このまま眠りたくない」。翔子がぽつりとつぶやいた。啓介もこのままでは眠れそうになかった。
 啓介は友達に借りた車で深夜の横浜を走った。ベイブリッジを見ながら2人は、啓介の婚約者のことを話した。「愛しているとは思うけど、もう恋してはいない」。 3年前までは恵との結婚を真剣に望んでいた。しかし当時の啓介の収入ではとても生活できなかった。「あいつはごく普通の家庭を望んでいるんだ。時間が過ぎていくうちに今みたいな関係になってしまった」「そんな関係ならやめちゃえ。悲しすぎるよ」。翔子の言葉に啓介は表情を強張らせた。
「俺たちの問題だ。お前なんかにわかるか」。
 翌日は啓介の仕事が休みだった。翔子の記憶を取り戻すために、横浜の町を2人で歩いた。臨港パークの丘、コスモワールド、中華街、そして港内をめぐるマリーンクルーズの船上。楽しそうな2人の姿はまるで恋人同士だった。夕暮れ迫る頃、2人の姿は山下公園にあった。「愛と恋って、どう違うのかな?私、あなたといつも一緒にいたいと思ってる」。翔子から思いもかけない告白をされて、啓介はうろたえた。
「好きだよ、だけど」。恵がいるからとは言えなかった。自分の気持ちに嘘はつけなかった。「ちょっと寄ってみたいとこあるから」。翔子は足早に立ち去った。翔子は帰ってこない。
 仕方なく啓介は1人きりでアパートに戻った。「ハッピーバースデートゥーユー」。笑顔の翔子が待っていた。テーブルの上にはバースデーケーキ。その日は啓介の29歳の誕生日だった。「おめでとう」。
2人は見つめあってシャンパンを飲み干した。しかしその夜も翔子はベッドに、啓介は毛布にくるまって床で寝た。翌朝いつものように啓介は撮影現場に出かけた。
「いってらっしゃい」。啓介はほっぺにキスされてアパートを出た。
 啓介が仕事を終えて部屋に戻ると、翔子の姿はなかった。テーブルの上には3万円と1通の封筒が置かれていた。啓介は封を切って手紙を読み出した。翔子の記憶喪失は嘘だった。”啓介さん、婚約者の秋野恵さんと別れてくれませんか?”。文面にはさらに驚くべきことがつづられていた。”実は恵さんは今、恋をしています。その相手とは私の兄なのです。2人は真剣に結婚を望んでいます”。
 啓介は恵、翔子、そして翔子の兄、宮村亮太(海部剛史)の暮らす故郷の町、長野県駒ヶ根市へ向かった…。


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