<第1回> <第2回> <第3回>


<第1回>
 北海道帯広市。藤崎晶子(清水美砂)が夫の雄一(大杉漣)と結婚して4年。かつて晶子は雄一の社長秘書として勤めていた。先妻を病気で亡くして落ち込んでいた雄一の優しさにひかれて、晶子は結婚した。14歳になる娘の未央(邑野未亜)は連れ子だが、晶子によくなついていた。平凡ながら幸せな日々に、ある日突然事件は降りかかった。夫の会社の経理マンが会社の融資金8千万円を横領して、愛人と海外へ逃げたのだ。
「俺はつぶれるわけにはいかない」。来月の手形決済ができないと、雄一が心血注いできたレストランは人手に渡ってしまう。連帯保証しているため、自宅からも出ていかなければならない。
「いいのよ、またやり直せばいいんだから」「すまん、そう言ってくれるとうれしいよ」。
夫婦のきずなは強かった。未央も理解してくれた。「お母さん、お父さんに優しくしてあげてね」。親子3人、支えあう気持ちに偽りはないはずだった。
 しかしもう一つの“事件”は藤崎家に微妙なカゲを投げかけた。
最初に気づいたのは未央だった。「お母さん、またいるよ。この間からずっとだよ」。筋違いの道から藤崎家を中年の男がじっと見つめている。「探偵社かな?警察に電話しようか」「でも、あの人、何かしたってわけじゃないから」。晶子が娘を思い止まらせたのは、その中年男の正体に気づいたからだ。男は竹原亮介(世良公則)に間違いなかった。
 竹原は晶子の高校時代の物理教師だった。しかもつい2週間前、7年ぶりに再会したばかりだった。場所はかつて晶子の一家が暮らしていた牧場跡。現在では廃屋と化しているが、晶子は1人になりたいと必ずここにやって来た。晶子は竹原との会話をよみがえらせた。
「3年前に学校を辞めたんだ」。
竹原は昔からの夢だったカメラマンに転身した。廃虚をテーマにした週刊誌の連載で、日本全国を撮影で回っているという。「先生、相変わらずかっこいい。私、バツイチの子連れの方と結婚したんです」。晶子は雄一との結婚のいきさつを竹原に話した。「主人、先生に似ているんですよ」。晶子の思いがけない告白に竹原も応じた。
「俺もお前のことが好きだったよ」。その思いは当時、晶子も感じ取っていた。しかしすべては甘酸っぱい過去の記憶。2人にはそれぞれ幸せな家庭があった。
 晶子は牧場を経営している叔父に借金を申し込んだ。「気の毒だが、無理だなあ」。畜産業も不景気でとても8千万円という大金を用立てることはできないという。一方、晶子の自宅前の竹原の姿は10日間すぎても消えなかった。
「妙なストーカーだったら未央が心配だから、警察に連絡しておこう」。雄一が通報したため、竹原はパトカーで交番へ連行されていった。何が目的だったかは分からないが、もう二度と竹原はやって来ないはずだった。晶子は安堵すると同時に、心のどこかに寂しさを感じていた。数日後、夕食後に藤崎家のチャイムが鳴った。
「あいつよ、この間警察に連れて行かれた」。未央が血相を変えて玄関から戻ってきた。竹原だった。「とにかく会ってみよう」。居間に通された竹原はいきなり雄一に切り出した。「奥さんと結婚させて下さい」。雄一は自分の耳を疑った。「あんた、何を言い出すんだ!晶子はれっきとした私の妻なんだぞ」。竹原は落ち着いた口調で続けた。「奥さんに偶然お会いして私は恋に落ちました。彼女のことは教師時代からずっと思い続けていた生徒でした。晶子さんと暮らすこと、それだけが私の人生の最高で最後の望みだと分かったのです」。
 竹原は妻子にその思いを打ち明けてきたという。「妻の署名と印が押してあります」。竹原は離婚届けも用意していた。晶子は雄一にも増して混乱していた。
「お気持ちは大変ありがたいんですが、私には夫も子供もいます。そんな無理なことをおっしゃっても困ります」「自分の正直な気持ちを考えて下さい」。ついに雄一が怒りを爆発させた。「出て行け!お前の話なんか聞きたくない」。
竹原につかみかかった雄一を晶子が必死に止めた。「とにかく今日は帰って下さい」。竹原は一礼すると藤崎家を出ていった。
「それだけか?」。晶子は雄一に竹原とのいきさつを話した。やましいことは何一つなかった。「離婚届けまで持ってくるなんて、狂っている」。雄一は苦々しくつぶやいた。数日後、裁判所からの職員がやってきた。差し押さえだ。ついに来るべきものがきた。覚悟していた晶子は取り乱すことなく、泣き出したくなるのをじっとこらえた。そんな矢先、竹原から電話がかかってきた。「ご主人の仕事にも関係あることです。会って下さい」。晶子は迷ったが、竹原が指定してきた場所へ向かった。
「これを使って下さい」。竹原が差し出したのは額面1億円の小切手。
東京の資産すべてを処分してきたという。「愛情を金で買えるなどとは思っていない。ただ私の真剣さを理解してほしい。その金は自由に使ってくれていい。私と新しい人生を過ごす可能性を考えてほしい」。返事は5日後、晶子が暮らしていたあの牧場跡で。「夕陽が沈むまでに来なければ、私は東京に戻ります」。それだけ言うと竹原は歩き去った。晶子の手には1億円の小切手が残った。
「このお金があれば立ち直ることが出来るの?」「畜生、どうしても俺はこれを破れない」。晶子が代わりに小切手を破り捨てようとした。「待てっ!悔しいがこの金を借りよう。事業が立て直せたら、利子をつけて返そう」「私たちだけでやり直せない?」「無理だ」。
雄一は小切手を持って飛び出していった。晶子はあふれてくる涙を止めることができなかった。
 約束の日、竹原が牧場跡で晶子を待っていると彼方から馬の蹄の音が響いてきた…。

<第2回>
 日比野遥子(高橋由美子)は大森克彦(斉藤あきら)との結婚式を3日後に控えて、心浮き立っていた。克彦は医師、遥子は看護婦。幼い頃から結婚に憧れていた遥子にとって、申し分ない人生のパートナー。理想の結婚だった。気がかりなのは父親の虎二(蟹江敬三)の世話を妹の千夏(直瀬遥歩)に押し付けてしまうことだ。
「いいの、お姉ちゃんにはうんと幸せになってもらわなくちゃ」。
虎二はかつて中学教師だったが、教え子の母親と逃げて職をなげうった。その後も女性関係のトラブルは絶えず、姉妹の母親は失意のうちに亡くなった。母親の苦労を目の当たりにしてきた遥子が慎重に結婚相手を選んだのは当然だった。
 遥子と千夏が朝食の用意をしていると、電話と玄関のチャイムが同時に激しく鳴りだした。遥子は玄関に向かった。ドアを開けると、血相を変えた青年が転がり込んできた。「美雪、来てるだろ?親父、どこだよ!」「誰なの、あんた」。
 遥子を押しのけて奥へ進む青年の前に、電話の子機を持った千夏が立ちふさがった。
「お姉ちゃん、父さんからかかってる」。千夏の差し出した子機を青年が横から奪い取った。「てめえ、この野郎、美雪どこやった?」。しかし3人がもみあううちに電話は切れてしまった。「駅にいるみたいだったよ」。それを聞くなり、青年は玄関から飛び出した。「ちょっと待って」。追いかけた遥子は気づくと、青年のバンの助手席に乗っていた。「降りろよ」「あたしも捜すから」。青年は仕方なく車をスタートさせた。
「一体何があったのよ」。興奮冷めやらない青年はまくしたてるように遥子に打ち明けた。青年の名前は諸積良(高知東生)。仕事は漁師。「今朝漁から帰ってきたら置き手紙があったんだよ。捜さないでくれって」。妻の美雪(吉野静華)が姿を消していた。良は虎二が美雪に出した年賀状を遥子に見せた。「中学の担任だったらしい。色々相談にのってもらっていたらしいけど、教え子を勝手に連れ出して何しようってんだ!」。美雪は妊娠8カ月だという。遥子は青ざめた。もしこのトラブルで父親が結婚式を欠席すれば、相手の両親に顔むけできない。良は身重の妻を、そして遥子は父親をどんなことがあっても捜し出さなければならない。
 しかし、虎二と美雪の足取りは分からない。良と遥子は美雪の親代わりの庄吉(出光元)の定食屋を訪ねた。「俺は元々こいつとの結婚には反対だったんだ」。庄吉は良の話を最後まで聞こうとせずに怒鳴りつけた。「もし美雪がここに戻って来ても、あいつはお前のとこなど2度と帰らさんからな」。庄吉は包丁を持って迫ってきた。良と遥子は慌てて逃げ出した。
「サイテーだね、あんたって」「あの親父、美雪のことになると人が変わるんだよ」。2人が言い合っていると、庄吉の妻・里子(前沢保美)が追いかけてきて、メモ用紙を差し出した。「美雪が姉妹みたいに仲良くしていた娘の住所よ」。その女友達、矢沢サチ(徳永廣美)はホステスだった。1週間前、美雪から電話があったという。「子供、女手一つでも育てていけるかなって」。サチの告白はそれだけではなかった。「子供の父親はあんたじゃないよ」。良は言葉を失った。
 美雪はこれまでに2度堕胎しているという。「あんた、美雪のことどれだけ知っているの?」。サチの一言は良の胸に深くつきささった。良は無言のままハンドルを握り続けた。遥子はどんな慰めの言葉をかけてやればいいのか分からない。携帯電話に千夏から連絡が入った。「父さんたちが来たって人が見つかったよ」。その女性、菊地香織(小林かおり)は虎二のかつての愛人だった。「7年ぶりだったかな。あんな若い娘連れて、まだ同じようなことやってんだね」。虎二と香織の不倫関係はわずか2週間の出来事だったという。
「親父抜きで結婚式すればいいだろ。お前ら2人さえちゃんとしていればいいんだよ」。良の剣幕に遥子は気おされた。「亭主になる奴だけには本当のことを言っておけよ」。遥子は携帯電話で克彦に事情を伝えた。2人は最後の手がかり、美雪の生まれた町へ向かって車を走らせた。ガソリンスタンドで給油していると、従業員が良に声をかけてきた。「ひょっとして、美雪の旦那さん?」。その従業員、小中秀人(佐久間哲)は美雪の幼なじみだった。最近地元に戻ってきた同級生の家に美雪が入っていくのを見かけたという。「もう帰れよ」。良は動揺を押し隠していたが、遥子の目は騙せなかった。「惚れている女信じないでどうするのよ」「結婚したくないのか、お前」。
 必死に美雪を捜す良の姿を見ているうちに、遥子の心も迷いはじめていた。立派な式をあげることが理想の結婚なのだろうかと。
 秀人が教えてくれた池田康夫(光石研)は、美雪が来たことは認めたが、明らかに何か隠していた。「あんた、ほんとに何も知らないのか?」。その一言で良は察した。康夫に飛びかかると、全身で殴りつけた。遥子は必死になって止めた。「1回だけだよ」。康夫は会社をクビになった日、偶然に美雪に出会ったという。「でも、俺の子供かどうか」。その一言がまた良の怒りに火をつけた。康夫を蹴りまくる良。
「もうやめて!」。遥子は良を抱きしめた。良の目には涙がにじんでいた。
「帰ろう、いいんだ、もう」「あなたが信じなきゃ、誰が美雪さんのこと信じてあげあるの」。
その時、遥子の携帯電話が鳴った。切羽詰まった千夏の声が聞こえた。
「美雪さんが大変だって、いま父さんから」。
2人は病院へむかった…。

<第3回>
 岸川直子(小林聡美)は東京で産婦人科医をしている。故郷の長崎に帰ってきたのは12年ぶり。恋人の島村俊之(野村祐人)が同行してきたが、ささいな口論でレンタカーから放り出されてしまった。もともと今回の帰郷の理由が俊之には面白くなかったのだ。直子がトボトボと道路を歩いていると、1台のピックアップトラックが停まった。「雲仙まで乗せて行ってもらえませんか」「ちょうどそっちへ行くよ、乗りな」。直子は急いで助手席に乗り込んだ。
 運転手はコートにアジア風のマフラーを首に巻いた一種独特の雰囲気の男だ。「あの、どっかで見たことがあるような」。ところが男はまったく直子の話に乗ってこない。そしていきなりラジオのスイッチを入れた。流れてきたのはサザンオールスターズの懐かしい曲だった。「知ってる、この曲?」。直子には忘れられない思い出の詰まった曲だ。「知ってます」。ところが直子がしゃべろうとすると、男は手で制した。直子を生まれ故郷の小浜町まで送ってくれたが、無愛想で不思議な男だった。
「直ちゃんか?」。母校の小学校の校庭を歩いていると、山羊を連れた男に声をかけられた。「俺だよ、野口だよ」。男は同級生の野口三四郎(甲本雅裕)だった。この学校で教師をしているという。
「ちょっと同級生の連絡先を調べてほしいのよ」。直子が知りたかったのは安宅純一(山本太郎)のこと。彼と再会することがこの旅の目的だった。しかし卒業名簿は当時の住所のまま。役場に行かなければ駄目らしい。
「えっ、東京で純一とつきあっていたの!」。直子は野口に事情を打ち明けた。直子が純一と同棲していたのは10年前。2人とも大学生で結婚を誓い合っていた。しかし純一は大学を中退して、植林のボランティア活動でネパールへ。直子は産婦人科医の道を選んだ。
 別れる時、10年後の昼2時、故郷の妙見岳の頂上で会おうと約束した。「それが明日なの」。その後、純一からの連絡は一切なし。直子には現在、俊之という恋人がいるから、もう純一との結婚の約束は思い出にすぎない。しかし先日、通帳の整理をしていたら、当時純一がしていた郵便貯金の通帳が出てきた。解約して宝クジを買ったら、なんと5百万円の大当たり。「だからその5百万円を渡すつもりなの。ちょっと故郷も見たくなったからね」。
 野口と別れて、直子が夕闇迫る海岸通りを1人歩いていると、突然クラクションの音。昼間のピックアップトラックだ。「雲仙温泉までなら乗せていくぞ」「わあっ、ラッキー!」。直子は雲仙温泉のホテルに予約を入れていたのだ。ラジオからは相変わらずサザンの曲が流れている。「ひょっとして安宅純一って人、ご存知ありませんか?実はあなたによく似ているんです」。しかし男は黙ったまま。直子をホテルに送り届けると、トラックは走り去った。
 俊之と泊まる予定だったのに、直子が1人で寂しく食事をしていると、若女将があいさつに来た。
「私よ、早苗よ」。高校の同級生、早苗(赤間麻里子)だった。「わあ、何か色っぽくなっちゃってすごいよ」。純一の母親は一時期、このホテルで仲居頭をしていたのだ。早苗が紹介してくれたマッサージ師の文ちゃん(神戸浩)がその後の消息を教えてくれた。好きな男性と一緒に北海道の帯広へ行ったという。「ばってん、手紙が来ないことをみると」。純一につながる手がかりはつかめなかった。
 翌朝、直子が遊歩道を散歩していると、池のボートに乗っている男の姿に気づいた。「純一!」。しかし振り向いたのは昨日のトラック運転手。しかも直子の声が聞こえなかったかのように、ボートはいつしか消えていた。直子はやはり同級生で、今は教会の神父をしている真船太郎(渡辺航)を訪ねた。「あいつ、ネパールから帰国して結婚したってウワサは聞いたけど」「へえ、結婚したの」。再びアフガニスタンへ旅立ったそうだが、それからの消息は真船も知らなかった。
 直子が教会を出ると、例のピックアップトラックが停まっていた。
エンジンはかかったままで、車内は無人。ラジオからリクエストのメッセージが流れてきた。
「ジュンさんからナオさんへのメッセージです。再会を楽しみにしている、そうです」。続けて2人でよく聞いたサザンの曲が流れてきた。「何、これって私のこと?」。いつまで待っても、あの運転手は現れない。直子は地元のFM局に電話をかけてみた。「えっ、そんな番組はオンエアしてないって!」。割り切れない思いを抱いて、直子は妙見岳行きのバスに乗り込んだ。
 ロープウェイを乗り継いで頂上へ。遠く天草、阿蘇、霧島まで見渡せる素晴らしい展望だ。「ナオ、久しぶりだな」。その声に直子が振り返ると、例の運転手姿の純一が立っていた。もうサングラスはしていない。「やっぱりあなただったのね。なぜ教えてくれなかったの?」「会うのは今日の約束だったからな」。直子は戸惑った。
 純一は10年前とまったく変わっていなかったからだ。しかし、この時、直子はまだ目の前にいる純一の存在を疑う余地はなかった…。


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