アナマガ

どちらかというと シッカリ書きたい人のためのコーナー 10年以上の渡り、続いてきたアナルームニュースの中で 好例の連載企画を「コラム」という形で集めました。 個性あふれるラインアップ!ブログとはひと味違う魅力をお楽しみください!

アナルームニュース 2009年09月01日号

「馬、そしてそれ以外も」#8 ~新潟競馬場で、こんなこともさせてもらいました!~



新潟競馬場で、こんなこともさせてもらいました!

この台が活躍するのは馬が一斉にゲートを飛び出していくとき。
そうです、今回は競馬のスタートについてです。
前回のコラム、終わりのところでこの写真を載せました。

ちょっと考えてみてください。
この人は何をするためにここにいるのでしょうか?
赤い旗を振っています。
そして、この写真は馬がいるゲート方向から撮影していますが、
この人は反対方向に向けて旗を振っていることになります。
さらに、高いところに立っています。

よーく見ると…視線の先に人がいるの、わかりますか?

もしゲートのひとつが故障して、他の馬はスタートできたのに一頭だけ取り残された馬がいたとします。その場合はスタートをやり直すことになっているのですが、他の馬・騎手達に止まれ!やり直しだ!と白い旗を振って知らせる役目の人がコース前方にスタンバイしているのです。人間の短距離走のフライングと違って、一度走り出したらなかなか馬は止まりませんからね。

赤い旗「もうすぐスタートするぞ~もしもの時は頼むぞ~」
白い旗「了解~」
のやり取りが、この赤旗を振る目的。
ですから観客はもちろん、 ゲートにも背を向けているのです。

そして。
高いところ。目線だとこんな感じ。


見通しよく。これが大事ですから。
ここから馬の状態を見渡して、絶好のタイミングでゲート(扉)を開けることが彼の最大のミッションなのです。

実況では「おっと◎◎が出遅れた!」なんてよく言っています。
なぜ出遅れるのか。出遅れないのが一番いいではないか。
その思いはみな同じ。

そこで、この人=スターターは日々研究しているのです。
何を研究するか?それは、馬の「癖」です。

クセ、と読みません。「ヘキ」と読みます。
ヘキ?悪癖(あくへき)なんて語が浮かびそうですが、その通り。
馬のヘキというと、ほとんどが人間にとっては「なかったらいいな」と思うものばかり。それらを指します。

無くて七癖、いや七ヘキ。スターターはヘキを徹底的に調べ、その上でスタートのタイミングを合わせる努力をしているのです。
そして普段調教する厩舎側には、そのヘキを矯正することが求められるわけです。
実際レースになると一頭だけ気を遣ってやるわけにもいかないし、かなりサジ加減が難しいもの。

当日の打ち合わせは朝8時半から。レースごとに出走馬のヘキをまとめた資料が作られ、要注意の馬について共通認識が持たれます。
ゲートに入るのを嫌がる、入った後に中で落ち着かない、あるいは座り込んだことがある…聞こえは悪いですが「前科」がまとめられ「再犯」の危険性を予測していると言うべきでしょうか。
でもねえ。とにかくゲートは狭い。遊びスペースが無いほうが安全なんですけど、嫌う馬がいるのもわかります。

ゲートの中でちゃんと立っていてくれないと出遅れの危険が増しますし、時には両脇の馬にも迷惑がかかることがあるんです。スターターが一頭の行儀が良くなるのを待つうちに、他の馬が行儀を悪くし始める場合もあります…待てばよいというものでもない。このあたりは経験とカンがモノを言う世界なのかな?

実際のレースも、間近で見せていただきました。
スタンドから離れたスタート地点。

競馬場ごとに4人のスターターがいて、うち一人がスタンドカーに乗って旗を振り、手元のレバーを握りスタートを切る人です。この「晴れ舞台」は一日12レースのうち、だいたい4レースごとに代わるそうです。ほかは迅速な枠入りを進めるためにゲートの後ろにいて、馬を促す後方支援役。

一頭の枠入りに時間がかかるのは他の馬にも迷惑。長~いムチで、時にはお尻を突っつくこともあります。

帽子をかぶった姿が正装です。G1レースでスタートを切れるベテランは、現在たった3人しかいないそう。JRAの通例人事異動で配置される部署のひとつではありますが、かなり専門職の匂いがしますね~。

そんなスタート地点ですが、他にも大変なことがあるのです。
それは、「スタート時刻を誰も教えてくれないこと。」

みなさんは競馬場にいると、いろいろな音・声を聞きますね。
馬が馬場に入ってくると音楽と紹介アナウンスが流れ、そのうち「あと約5分で馬券の発売を締め切ります」と言われて焦り、発走2分前にプルルルル…と電子音が鳴ることでレース間近だとわかる。

そして大画面にスタンドカーへ向かって歩くスターターが映り、いよいよ始まるぞと歓声があがる。それらでスタート時刻を予感できるわけです。

ところが、スタート地点は、一連の音声情報はまったく聞こえてきません。さらに言えば、時計係から「もうすぐですよ~」なんて電話もかかってきません。(そんな係自体ないのです。)

静かな空間で手元の時計を何度も見つめ、そしてスタートの準備をする。そのため彼らには秒針まできっちり時計を合わせておくことも大切な仕事なのです。ほら、腕組みじゃないですよ、時計見てますよ。

さて、予定時刻ピッタリにスタンドカーで赤旗が振られました。 馬がどんどん枠に入ります。基本的にはゼッケンの奇数が先で、偶数が後から。そしていずれも若い番号順に誘導。先述のヘキが心配される馬については、番号に関係なく一番先に入れられることも。
さあ、みんながゲートでじっとしてくれれば、すぐスタートです。
でもなかなか…

中で前脚を高く上げてしまい、扉に引っ掛けてしまったようです。
これではスタートは切れません。

一旦ゲートから出し獣医とスターターが一緒に馬体チェックをします。ケガをしていたら「競走除外」でこの馬に関係する馬券は払い戻しとなる事態に。こうなると現場で何が起きているかを各方面に連絡しないといけません。


電話があるんですよ、どのスタート地点にもちゃんと埋まってます。
ケガはしていませんでしたが、その代わり安全のため一番外からのスタートと決まりました。

今度は大人しいみたい。態勢が整うと、後ろにいるスターターの一人がリモコンを持っていて、そのスイッチを押します。すると扉の上にある赤ランプがつき、台上はそれプラス自らの目で確認してスタートを切る仕組みです。騎手にはランプは見えませんが、いつ扉が開いてもいいように準備すべし、と言われてますから緊張の一瞬ですね。
二度目は無事スタート。しかしこれでホッとするわけにはいきません。
このレースは馬場を一周と少々。つまりグルッと回ってまたここを通過するのです。大急ぎでゲートを片付けないといけません!!

ゲートの移動、それから地ならし。柵も元通りにつなげておかないと。
スターターの一人は発走が5分遅れたことをメモしていました。


なんて間に馬たちがやってきました。

そしてまだまだ大忙し。
実はスターターたち、どの馬が勝ったかまでは、知ろうとしません。



レースが終わるか終わらないうちに大急ぎで事務所に戻り、レースの「スタートの瞬間」だけを何度も見ています。
ヘキを出したのはどの馬だったか、出さなかったおリコウさんはどの馬だったか、そして自分は最高のタイミングでスタートを切れたのだろうか…確認するとともに次回への資料としてしっかり残しておく。これを各競馬場土日72レース分まとめ上げるのが、平日のスターターの大事な業務でもあります。

そうこうしている内に、次のレースの時間も迫ってきました。また慌しくスタート地点に移動、この繰り返しなのです。

どうです?スタートのお仕事。スタートを決めるのは騎手であり、馬であり、そしてこうした職員の技でもあるのです。もちろん馬ですから予期せぬことも起こりますが、それを最小限に抑えるためにいろいろな工夫がありました。

ちなみにスターターのみなさんは黒いセダンでスタート地点を行き来しています。いつかその車を見つけてみてください。 レースが始まるずっと前からスタンバイしていて、レースが始まるとサッと姿を消していきますから。

あ、最後にもうひとつ。
あのゲートって組み立て式なんですって。今は新潟でがんばっているゲートも、開催が終わると解体されてトラックで次の開催地に運ばれるそうですよ~