NONFIX過去放送した番組

 料理人藤本健二氏は今でも、金総書記の夢を見る。寿司カウンターの向こうに座っている将軍様の鋭いまなざし。色付きの恐ろしい夢だ。
 「将軍様、お許しください!私が悪かったのです、殺さないでください!」
 土下座して、頭を床にこすりつけて謝る藤本氏。裏切り者は決して許さない金総書記は、これまで何人を粛清してきたことだろうか? 消えていった側近の顔を思い出すと、脂汗が滴り落ちる。そう、自分も裏切り者なのだ。
 「どうだ、もういちど俺のために寿司を握ってみるか?」
 将軍様の口が開いたような気がした瞬間、夢から覚める。汗びっしょりだ。
 金総書記の影におびえる毎日。しかし一方で、一緒に過ごした夢のような日々への未練も断ち切れない。


 ごくごく普通の寿司職人だった藤本氏が、月50万円という高給にひかれ北朝鮮に渡ったのが1982年8月。わずか2ヵ月後に金総書記と出会う。あまたの側近たちとは違って、媚びることをしなかった藤本氏は、金総書記に気に入られた。いったん帰国したあと、87年に今度は3年の約束で再び訪朝、平壌の最高級ホテルの寿司屋で働いているうちに、グルメの将軍様に「10年いてくれ」といわれ、専属料理人になってしまった。
 以来、2001年4月に藤本氏が北朝鮮を脱出するまで、金総書記との付き合いは13年にもわたって続くこととなった。その間、藤本氏は、謎の国を支配する謎の最高権力者の全てを見た。藤本氏によればそれは…国民の困窮をよそに繰り広げられる贅沢三昧の生活。全国視察に名を借りての豪華別荘めぐり。喜び組との乱痴気騒ぎ。毎週末に催される、幹部を招いての奇妙な宴会。高英姫夫人と3人の子供たち。


 乗馬やヨット、釣り、射撃、ローラースケート、狩り。独裁者の食を預かる立場から、将軍様の気の置けない遊び仲間に加えられた藤本氏がどっぷり浸かった世界は、もはや一介の寿司職人ではとうてい望めない、この世の極楽だったのだ。その生活は、将軍様からあてがわれた喜び組の妻を娶ったところで頂点に達した。日本の妻子を捨て、親から縁を切られてまで浸ろうとした夢の世界。
 しかし、そんな暮らしの中で藤本氏は自由を失っていった。北朝鮮では誰もが免れることのできない徹底した監視の下での生活。将軍様のお気に入りに嫉妬する側近たちの告げ口や嫌がらせ。やがてある疑惑を持たれ、事実上の軟禁生活も経験する。自由に馴れ切った藤本氏にとって、その生活はいつしか耐え切れないものとなった。将軍様との決別を決意した藤本氏は、厳しい監視の目をかいくぐり、北朝鮮の妻子も捨てて日本に逃げ帰った。

 “金王朝”を知りすぎた男。帰国した後も、夢の世界の幻想にとりつかれ、恐怖支配の妄想に縛られる藤本氏は、もはや普通の店では包丁を握れなかった。覚悟を決めて「金正日の料理人」を執筆。自らが垣間見た“金王朝”を克明に書き綴った。


 海の向こうの厚いベールに包まれた“謎の王朝”。そのまさしく中枢に、日本の一介の料理人がいたことを一体誰が想像できただろう。
 フジテレビ報道局はこの1年、藤本氏の独占取材を行ってきた。しかしまだまだ伝えていないことが山ほどある。藤本氏は、今年6月には「金正日の料理人」の第2弾を出版する。そこには金総書記の更なる意外な素顔が記されている。さらに藤本氏は今回初めて、北朝鮮での生活をこと細かく書き残した数冊の日記の内容を公開した。そこからは、藤本氏の数奇な運命とともに、金一族と北朝鮮中枢の知られざる実態が次々と浮かび上がってくる。
 この番組は、あるきっかけから北朝鮮最高権力者と緊密なかかわりを持つこととなった日本人料理人の波乱に富んだ半生と、そこで料理人が見た北朝鮮の新たな真実を描く、フジテレビ報道局独占独走取材の集大成である。