NONFIX過去放送した番組

よだかはこんな姿をしています

 「動物実験」という言葉から、一般の人が思い浮かべるイメージは、マウスやラットと呼ばれる実験動物を使って、医療技術や医薬品の開発のため、研究をしているといったところだろう。

 しかし、動物実験の範囲は、実はとてつもなく広く、私たちの日常生活のほとんどに関わっている。なぜなら私たちの日常生活は様々な消費物資でまかなわれており、この消費物資のほとんどが化学物質であり、その毒性や安全性は様々な種の動物を実験台にして試されているからだ。

 生命という存在はそもそも他の生命を犠牲にすることで成り立つという矛盾に満ちた存在ではあるが、発達した文明はスーパーでラッピングした肉片を売ることで屠殺の課程を覆い隠し、同様に私たちの身の回りのほとんどが、他の動物たちを犠牲にすることで成り立っていることをブラックボックスの中に追いやってきた。

虫を食べるよだか

 この企画は、虫を食べる(他の命を犠牲にする)ことでしか生きられない己の宿命に葛藤する「よだか」の物語(宮沢賢治原作「よだかの星」)をモチーフに、動物実験の現実を取材し、視聴者に突きつけている。
この二律背反にどう答えをだすかはともかく、私たち現代社会に生きる人間が、この現実にあまりに無知であり、鈍感過ぎることは事実なのだ。
 「知るべきなのだ」という一点で、自らの「生」の矛盾に苦悩した「よだか」は、最後には星になった。
しかし私たちは星になれない。ならば知った後に、どう覚悟して「生」を享楽してゆけばいいのか?その答えは、おそらくは、一人一人の心の中にあるのだと思う。


虫を食べるよだか

 上記の趣旨をコンセプトに、実験に反対する動物愛護団体の数々や、悲惨な事件の現場、あるいは、最先端医療の現場である横浜市立大学や国立精神神経センターなどの、研究内容や研究者たちの動物実験を巡る葛藤や苦悩にフォーカスを当てている。
これらの取材内容から浮かび上がるのは、「人間の業」とでも言うべき、私たちの「生」の矛盾である。
 筋肉の萎縮がだんだんひどくなる病気、筋ジストロフィ-と闘っている井出速人くん、7歳。 彼の場合、筋ジストロフィ-の中で最も数が多いと言われているデュシェンヌ型筋ジストロフィ-である。
幼少期に発病することが多く、特に男性に多い。最初は転びやすいなどの症状が現れ歩行困難になり、やがて起立不能になる。起立不能になると、車椅子上の生活となってしまう。
 寿命は10数年前まで20歳程度と言われていたが、ここ数年、マウスを主に使った動物実験によっての遺伝子治療や薬などで進行を遅らせることができるようになり、ある程度、寿命を延ばすことが、可能になった。
 将来は、筋ジストロフィ-の研究がマウスから犬に変わると言われ研究者たちは、再生を促進する方法、あるいは何らかの方法で克服できると信じて研究を続けている。
 しかし、速人くんの両親は、動物実験に対して「動物の命も大切だけど、息子と比べてしまうと息子の命の方が大切だ」と思う一方で矛盾を隠しきれない様子である。

1999年9月
担当ディレクター 森達也

■プロデューサー
渡部宏明(グッドカンパニー)
■ディレクター
森 達也
■制作
フジテレビ
グッドカンパニー