シエラレオネ共和国を訪問して
 
photo 病院を取材して3日目。
その日は天気のいい日曜日。休日のため病院には医者はおらず、アシスタントとして私と同じ年の医者の卵と看護師が数人いるだけ。そして、いつものように看護師長に取材をしようとした時、それは起こった。
午前中にバイクでやってきた母親の肩に、赤ちゃんのものと見られる血液がついていた。息子が吐血したため慌てて病院に来たというのだ。われわれは応急処置の様子を取材させてもらうことにした。
母親によると病院で出された薬を必要以上に飲ませてしまったそうだ。さらに、病院の薬だけでは心もとなかったので、街の「ハーバリスト」、いわゆる漢方のような草などを煎じた薬を処方してくれる「伝統的な医療師」のもとにも行ったらしく、その結果として大量の薬による薬物中毒を引き起こしていた。
ちなみに、この「ハーバリスト」は街中に数多くのいるのだが、悪魔を取りはらう草だの、お腹を葉っぱでこするだけで腹痛がなくなるだの、全く根拠のない治療をしている。そこに患者が集まっているのだから、一概にいい加減な治療でもないようなのだが、この赤ちゃんのケースは、それらの薬の副作用に加え、貧血、栄養失調、お腹に寄生虫までいるというのだ。
 
photo まずは看護師が鼻からチューブを通し、お腹の中の異物をスポイトで吸い取る。そして貧血状態を改善するために母親の血液が輸血された。何と、これだけ。アシスタントのドクターが様子を見にきて聴診器を当てるが何もしない。
「先生には連絡しないのですか?」「報告はするけど、先生はきょうは休みだし、私の知識で何とかなります」
その後、アシスタントがしたことといえば、鼻から通したチューブから固形の薬をお腹に入れただけ。素人目から見ても、薬の副作用でお腹がパンパンに膨れた赤ちゃんにする行為ではないように思えた。何もしないまま輸血だけが行われ30分ほど経過しただろうか、赤ちゃんが咳をし始めた。嘔吐したものが喉にからまったような音で、目も白目がちだ。自力ではどうすることもできない小さい体が必死に生きようと、小さい心臓を動かしている。消え入りそうな荒い息遣いと母親の嗚咽が室内に広がり、われわれも静かに見守るしかなかった。もう何もできない…。
次の瞬間、私の目の前にいた母親の妹が崩れ落ちた。赤ちゃんが息を引き取った…。体中の筋肉が緩み、さっきまで体の血管を巡っていた血液が鼻と口から溢れ出た。それは赤ちゃんのものとは思えないような真黒な血液だった。
涙が止まらなかった。数秒前まで懸命に生きようとしていた命が目の前で消えた。この後しばらく取材が出来なかった。私もカメラマンも通訳さんも、その場にいた誰もが何ともいえない虚脱感に襲われてしまったのだ。本当に悔しかった。たとえ私が薬を買うだけのお金を出したとしても、適切な診察ができる医者がここにはいない。息が楽にできるような酸素マスクがあっても電気が通っていない。これは個人が抱える貧困というレベルではない。病院が、街が、そしてシエラレオネという国全体が抱えた貧困という問題が、わずか数カ月の小さな命を通してはっきりと見えてきた。

← もどる [3/4] つづきを読む →