あらすじ
<第7回> <第8回> <第9回>

<第7回>
 「お前が話せたらなあ」。深夜の研究室でハル(ユースケ・サンタマリア)は天才ネズミのアルジャーノンに優しく語りかけた。今のハルが直面している苦しみを一番理解してくれるのは、同じ体験をしたアルジャーノンをおいて他にいない。「久しぶりにやってみるか」。ハルはアルジャーノンを迷路コースに入れた。ところがゲートを開いてもアルジャーノンは不安げにキョロキョロと見渡すばかりで動かない。「どうしたんだよ」。そこへ姿を現した徳永(田口浩正)にハルは頼みこんだ。「アルジャーノンと一緒に暮らしたいんです。お願いします」。
 ハルは部屋に運びこんだ大量の文献と資料に没頭した。アルジャーノンに異変が起きている。その原因は何か。同じ手術を受けたハルの身の上にもやがてふりかかってくるはずだ。「どういうことなんだ」。ハルは得体の知れない恐怖を感じていた。
 研究室は重苦しい空気に包まれていた。建部教授(益岡 徹)のねばり強い説得にも関わらず、ハルが学会への出席を拒んでいたからだ。ハルは好奇の視線にさらされるのが耐えられなかった。「数時間だけ我慢してくれないか」「ハル君が傷つくような扱いは絶対にしないわ」。留美子(石橋けい)が懇願してもハルの返事は変わらなかった。「お断りします」。 ついに建部教授が声を荒らげた。「感謝の気持ちはないのか!君には私に借りを返す義務があるはずだ」。ハルは辛らつな口調で言い返した。「あなたの手術で成功したなんて奇跡ですよ」。痛ましい思いでハルを見ていたエリナ(菅野美穂)は首をふった。「言いすぎだと思う」。しかしハルは「失礼します」と言うなり研究室を出ていった。エリナは追いかけた。「今までありがとうございました。もう僕のことはほっといてください」「嫌だよ、ハル君」。エリナは廊下に1人立ちつくした。
 ハルが部屋で文献に読みふけっていると高岡(吉沢 悠)が酒を片手にやって来た。「いい部屋じゃん」「あ、どうぞ」。高岡を招き入れるなり、ハルは挑みかかるような口調で聞いた。「気になりますか?僕がエリナ先生を愛してるから」「お前最低だな」。高岡は怒りをこらえて答えた。「たしかに心配だった。でもお前がいい奴だとわかってそんな気持ちは消えた。あの頃のお前になら嫉妬したかもしれない。けど、今のお前のことをエリナは愛したりしないよ」。高岡は一気にまくしたてると帰っていった。
 ハルは再び文献に向き直った。「そんな!」。ハルの表情が凍りついた。腰が抜けたように床に座りこんでしまった。アルジャーノンの異変の原因はこれなのか。ハルは真実を知ってしまった。
 「あのハルがねえ」。エリナからハルの変化を聞かされた恭子(中島知子)は実感がわかないようだった。「ハル君もつらいと思うんです」。エリナが自信なさげにもらすと恭子は励ましてくれた。「しっかりしなさいよ」。恭子はエリナの苦しみも見抜いていた。
 ハルに突然呼び出されてエリナは告白された。「僕はあなたを女性として愛しています」。エリナに高岡という恋人がいる以上、その感情がむくわれないこともハルは十分に理解していた。「ただあなたへの愛情が本物だと、それだけわかってもらいたかったんです」
 「ありがとう、ハル君」。ハルは胸から小さな箱を取り出した。中からアルジャーノンが顔をのぞかせた。「それから一緒に行ってもらえますか、学会に」。ハルの穏やかな表情にエリナはうなずいた。
 学会の発表が始まった。ハルとエリナは客席だ。壇上では巨大モニターを前にして建部教授が自信にみちた口調で説明しだした。「我々はこの実験にふさわしい人物に出会いました」。モニターには初めて研究室を訪れた時のハルの様子が映しだされた。ハルの言動に客席からどっと笑い声が起こった。「しかし我々の手術で彼はこの会場で最も知能の高い人物になりました。藤島ハル君です」。
 ハルはエリナの額にそっとキスすると、盛大な拍手を浴びながら壇上へ向かった。マイクの前に立つとハルは一言一言、言葉を選ぶように語りだした。「すべて建部教授のおかげです」。客席から感嘆の声がもれると建部教授はうれしそうな笑顔をのぞかせた。「今は幸せです」。ところがハルの一言で客席がざわついた。

<第8回>
 「私が何をしたって言うんだ!」。控室に戻った建部教授(益岡徹)は怒りをぶちまけた。「落ちついて下さい」。徳永(田口浩正)と留美子(石橋けい)は別人になってしまった恩師の姿に絶句した。
 アルジャーノンを連れて学会の会場を抜けだしたハル(ユースケ・サンタマリア)はいつしか桜井パンの前に立っていた。「ハル君」。うれしそうなミキ(榎本加奈子)に導かれて店内に入ると、恭子(中島知子)をはじめかつての仕事仲間が顔をそろえていた。
 「どうなの、あっちの暮らしは?」「はい。楽しくやってます」。恭子の変わらぬ対応ぶりがハルにはうれしかった。「失礼します」。ミキが紅茶を運んできた。「ハルのおかげだよ」。ハルを目標にして毎日すごく前向きになったという。「悪かったな、俺たち」「ごめんなさい」。戸惑いと後ろめたさでハルの様子を伺っていた店員たちが口々に謝った。「もういいんです」。人間は誰しも自分より劣っていたり、弱い立場の相手に優越感をいだく。「あなた達が特別に悪い人間だったわけじゃない」。ハルのその一言で全員が救われた気がした。
 「でも、もう過去のことだもんなあ」。原田(井澤 健)が感に堪えないようにもらした。彼らはハルの運命を知らないのだ。和歌子(牛尾田恭代)はハルにプロポーズした。「だってお金持ちになりそうだもん。だめ?ハル」。思わず皆が吹きだした。ミキもつられて笑っていると、息せき切ってエリナ(菅野美穂)が飛びこんできた。「ハル君!」。ハルはとっさに目でエリナに口止めを合図した。「なんか顔色悪いよ、先生」。心配してくれた恭子には平静を装った。
 桜井パンからの帰り道、ハルと2人きりになったエリナは胸の内をぶつけた。「私どうしたらいいの?」。ハルの知能はやがて元に戻る。いや、元以下になるかもしれない。「私のせいだね」「先生のせいじゃない」。ハルは恐怖感と同時に安堵も感じていた。「もうこれ以上嫌な人間にならずにすむから。これは運命なんです」。自分を責めて取り乱すエリナとは対照的に、ハルは冷静だった。
 しかし部屋に戻ってアルジャーノンと向き合うと、ハルは震えながら泣いた。「怖いよ、戻りたくないよ」。そのまま寝入ってしまったハルはドアをノックする音で目覚めた。「こんにちは」。冬美(山口あゆみ)だった。「全部聞きました。お母さんから」。佐智代(いしだあゆみ)からハルを捨てたことも手術のこともすべて聞いたという。「ごめんなさい。私だけ何も知らず普通に暮らして」「出かけない?」。
 ハルは冬美に洋服や本を買ってやった。冬美はすっかりハルに甘えた。周囲からはごく当たり前の仲の良い兄妹に見えたに違いない。「今日は楽しかった」「一緒に家に帰ろう」。冬美は当然のように言ったが、ハルは静かに首を横に振った。「今日が最初で最後だ」。ハルは外国へ旅立つと嘘をついた。「嫌だそんなの」「お母さんを許してあげてほしい」。それだけ言い残すとハルは冬美の前から立ち去った。

 ハルが部屋に戻るとドアの前でエリナが待っていた。「すごくいい子だった」。ハルは冬美との1日だけのデートを伝えた。「お別れも言ったんだ。今の僕だけを覚えていてほしいから」。微笑を浮かべて聞いていたエリナが真顔になった。「あきらめないで。天才なら何とかする方法を見つけだして。お願いします、ハル君」。エリナはこみ上げてくる涙を必死にこらえて訴えた。
 2人が無言で見つめあっていると、建部教授が戸惑い顔の徳永と留美子を従えて、部屋に入ってきた。「君が学会で言ったことは正しいかもしれない。しかしあのやり方はフェアじやない」。一気にまくしたてた建部教授はそこで口調を改めた。「お願いがあるんだ。私にはできないが君なら知能の退化を止める方法を見つけだせるかもしれない」。建部教授はハルに頭を下げた。「君の指示に従う。これは名誉や地位なんかじゃない。君の友人としてお願いする」。
 徳永と留美子からも懇願されて、ハルの目がうるんだ。「はい。よろしくお願いします」。
 翌日からハルの知能退化をくい止める研究がスタートした。時間がない。4人は研究室に泊まりこんで研究を続けた。建部教授はプライドを捨ててハルに教えを乞うた。エリナも高岡(吉沢 悠)に事情を説明して4人の仲間に加わった。「そういうことか」。徹夜明け、1人だけ寝ないでじっと数式を見つめていたハルは静かな微笑みを浮かべていた──。

<第9回>
 「答えがわかったよ。知能の退化現象を止めることはできないのです」。夜明け前の研究室にハル(ユースケ・サンタマリア)の声が静かに響いた。建部教授(益岡 徹)もエリナ(菅野美穂)も、そして高岡(吉沢 悠)も徳永(田口浩正)も留美子(石橋けい)も言葉を失い、ただうなだれた。ところが当のハルは取り乱すこともなく微笑すら浮かべた。「今回の経緯を最後まで書きたいんです。受け取ってくれますよね」。ハルは1人ずつに礼を言うと、エリナに向き直った。「泣かないでくださいね。先生は泣き虫だから」。エリナはこらえたが、留美子はたまらず泣きだした。「疲れました。少し休みます」。ハルは1人部屋を出ていった。
 「何なのそれ、ねえ!」。エリナからハルの身の上に起こっていることを告げられた恭子(中島知子)は、それだけ言うのがやっとだった。「なんでそんなことになるの!残酷すぎるよ!」「ごめんなさい、私のせいです」。ひたすら謝り続けるエリナを目の当たりにして、恭子はため息をもらした。「あんたは大丈夫なの?」。そこへミキ(榎本加奈子)が現れた。「先生、どうしたの?」。ハルを心の支えにして頑張っているミキに本当のことなど言えるわけなかった。
 ハルは天才ネズミのアルジャーノンと部屋に閉じこもって、自分の体に起きつつある変化を論文にまとめる作業に専念していた。知能の退化現象はいったんスタートすれば加速される。ハルがハルでいられる時間はわずかだ。ハルの直面している恐怖を理解してくれるのは、一足先に同じ体験をしているアルジャーノンだけ。そのアルジャーノンがやがてエサを食べなくなった。ハルの目にはまるで自ら死を選んでいるように見えた。
 「ごめんなさい、別れてください」。エリナから突然別れ話を切りだされた高岡は理由がわからずに戸惑った。「なんでだよ」「私は晴彦と幸せになる資格はないの」。ハルを救えないのに自分だけ幸せにはなれない。「俺との暮らしは何だったんだよ。ふざけんなよ!」。しかしエリナは「ごめんなさい」を繰り返すばかりだった。
 「始まったみたいだ」。大学の食堂でエリナと食事をとっていたハルがぽつりともらした。前日に自分で書いた論文を理解するのに時間がかかるようになった。記憶力がにぶってきたらしい。エリナが表情を変えたことに気づいたハルはさりげなく話題を変えた。「エリナ先生はどんな子供だったんですか?」。迫りくる現実をしばしの間だけでも忘れられるように、エリナは自分の少女時代を楽しそうに語った。「外で遊んでばっかりで男の子みたいだったんだよ。顔はお父さん似だったみたい。あっ、ごめん」。ハルの父親は佐智代(いしだあゆみ)とハルの生活に耐えきれず、2人を捨てて家を出ていった。だからハルには父親の記憶がほとんどなかった。たった一つだけ、縁側で髪の毛を切ってもらっていたことを覚えている。「きっと僕との暮らしが嫌でいなくなったんだ」。エリナはハルにたずねた。「会ってみたい?」「うん」。ハルは戸惑いながらもうなずいた。エリナは留美子にも手伝ってもらい、ハルの父親の所在を調べはじめた。
 「私はもうお母さんを責めたりしないよ」。冬美(山口あゆみ)はハルと会ったことを佐智代に打ち明けた。「会ったの?」「うん、優しかった。でもね、遠くに行っちゃうから、もう会えないって」。母と妹はハルの身の上に起きている異変を知らされていなかった。
 ハルの父親の消息がつかめた。名前は鹿島夏男(山本 圭)、理髪店を自営している。ハルとエリナは夏男の暮らす街へ向かった。
 「こんなに遠くまで来たの、初めてなんだ」。ハルはバスの窓の外に広がる風景に見入った。店が見つかった。「切ってもらおうかな」「私、そこで待っているから」。ハルは一瞬ためらったが、理髪店のドアを思い切って押した。客は誰もいない。時間が止まったかのような店内。「あ、いらっしゃい」。奥から男が出てきた。ハルの父親、夏男だった──。


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