9月8日 オンエア
鳥の心の中を覗きたい 前例のない道へ! 研究者の挑戦
 
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あなたは信じられるだろうか? かつて、人間の言葉を理解し、人間の言葉で自分の思いを表現した動物がいたことを。 彼はいかにして、言葉で人とコミュニケーションをとれるまでに至ったのか? そこには、一人の女性研究者の波乱万丈の人生と、種を超えた真実の愛と友情の物語があった。
その天才アニマルの研究を行なったのは、アイリーン・ペパーバーグ博士。 今から57年前彼女は16歳にして、飛び級でマサチューセッツ工科大学に入学。 化学の研究者を目指し、20歳でハーバード大学の大学院へと進んだ。 その後大学院で出会ったデヴィッドと学生結婚。 幸せな日々を送っていた。

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しかし、当時 女性研究者は厳しい環境にあり、彼女を雇ってくれるところはどこにもなかった。 そんな絶望の最中、アイリーンの目に飛び込んできたのは…イルカやチンパンジーが人間とコミュニケーションをとる様子を紹介した番組だった。 その時、アイリーンの脳裏に幼い頃の光景が蘇った。
当時、彼女は寂しい毎日を送っていた。 両親ともに忙しく、構ってもらえることがほとんどなかったからだ。 そんなアイリーンの、唯一の友達は…父が買ってきてくれたインコ。
当時、インコとは確かに心が通じ合っていたことを思い出した。 アイリーンは、今まで誰も見たことのない鳥たちの心の中を覗くことができるかもしれない、そう思った。

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そこで彼女は、女性が評価されにくかった化学の道を捨て、全く未知の分野に突き進むことを決意。 独学で動物行動学を学び始めた。
28歳の時、夫が勤める大学に臨時の研究職員として就職。 アイリーンは、インコ科の中でもひときわ明瞭に言葉を発することができるヨウムを研究用として購入、アレックスと名付けた。

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彼女にはこの時、アレックスに愛情を持たない、そう決意した。
そのことについて、アイリーンはこう話してくれた。
「猿の実験では、研究者が感情的に深入りし、実験データを好意的に解釈しているという批判がありました。なので、アレックスには感情的に深入りせず完全に客観的になるようにしたのです。」

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まず取り掛かったのはモノの名前を教えること。 紙片を与えペーパーと答えられるのか…すると研究開始から数週間後、ペーパーと発声。 しかし…それはアイリーンの真似をしただけで、物の名前を覚えたとは言えなかった。 アイリーンはオウム返しではなく、言葉を理解した上で質問に答えてほしかったのだ。

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しかし、動物行動学の専門家たちは「我々の常識から考えてみれば、鳥類が物の名前を覚えるなんてありえない」と言った。 彼らからすれば、そこには絶対に乗り越えることのできない壁があるという。
実は英語で『バードブレイン』と言えば、『頭が悪い』という意味のフレーズ。 専門家の間でも「鳥は考えるのではなく、本能のまま行動する」というのが当時の常識だった。

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そのため、国からの研究費の補助は一切出なかった。 アイリーンの人生をかけた挑戦は、アレックスの研究成果にかかっていた。
そこでアイリーンはある方法を用いた。 アレックスの目の前で、質問に答えられたら紙が貰えるというやり取りをくりかえし行ったのだ。

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すると3ヶ月後…アイリーンの狙い通りの成果が出始めた。
その仕組はこうだ。 アレックスは学生が「ペーパー」と答えることで、紙を貰えることを理解。 紙が欲しいという欲求が生まれ、ペーパーと発生を試みる。
貰うという成功体験を繰り返すことで、紙という物質と「ペーパー」という言葉が結びつくのだ。
そして1年後には、紙以外にも さまざまな物を理解していった。 『ものを理解した上で言葉を発する』最初の壁を乗り越えてみせたのだ。

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しかし、彼女がいくらこの成果を訴えても、学者たちは鳥に知能があるとは認めなかった。 それどころか、「鳥には色や数字は理解できんでしょう」と言うのだ。 よりハードルの高い、新たなゴールを設定してきた。
だが、アレックスは色を覚え、数を覚え、そのハードルを難なくクリア。

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さらに…「色」と「数」、2つを組み合わせた質問も正しく理解し、正解を導いてみせた。
研究開始から3年、驚くべき成果だった! そのうえ、さまざまな単語を覚え、要求まで伝えられるようになったのだ!
アイリーンはアレックスの能力を論文にまとめ、権威ある科学雑誌に投稿。 しかし無名の研究助手が書いた論文は信用されず、掲載されなかった。

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また、正規の教授として雇ってくれる大学を探し回ったが…アイリーンの主張は、学会が出した結論を真っ向から否定するものであったため、受け入れる大学はなかった。
実はこの頃「人間以外の動物に言語がある」ということ自体に嫌悪感をもつ学者たちも現れ始めていた。 言語というのは人間のもつ特別な能力であり、たとえチンパンジーに教えたとしても身につくものではない。 ましてや鳥が言葉でコミュニケーションをとるなど、全く現実味が無い、これが科学界の主流の考え方となっていた。
アレックスの驚くべき成長とは裏腹に、アイリーンの人生は、一歩も前に進んでいなかった。

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研究を始めて9年、いくつかの大学を渡り歩いたが、いまだに研究助手のまま。 研究費が不足する中、ボランティアの学生とともに自腹を切って研究を続けていた。
アレックスは日々成長を続け…大きさの違いを言い当て、形も答えるようになった。 驚くべきことに…謝ることも覚えてしまった。 これらの会話は、訓練をして教えたものではなく、日々の生活の中でアレックスが自然に身に着けたものだった。 自分の進んできた道に間違いはない、鳥と言葉でコミュニケーションできる、アイリーンの信念は揺るぎないものになっていた。

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そんな中、アイリーンは国際霊長類学会で、これまでの成果を発表する機会を得た。
それは、過去に鳥の可能性を否定してきた学者たちに面と向かって成果を伝えられる絶好の場だった。 彼女は、アレックスの実験データを詳細に説明、その能力をアピールした。

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すると、年配の権威ある学者が私の研究を受け入れ、他の学者たちもアイリーンのことを奇異な目で見なくなった。
アイリーンとアレックスの存在はマスコミの耳にも入り始めた。 そして、アメリカの三大ネットワークがアレックスの取材に訪れ…その能力を放送、天才ヨウムとして取り上げ始めた。 さらには、国際的な影響力を持つ一流紙、ウォール・ストリートジャーナル紙の一面をアレックスとアイリーンが飾った!

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こうしたブームを追い風に、アイリーンの状況も好転していくかに思われた。 だが…相変わらず、教授の席も研究費も得られなかった。
さらにアイリーンはこの頃、将来に対する考え方の違いから夫との離婚が成立。 アレックスはどんどん成長していくのに、自分はなにひとつ上手くいかない。 そんな思いに押しつぶされそうな毎日だった。 そんな失意のアイリーンの心を癒してくれたのは、アレックスだった。

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研究対象に「感情移入しない」と決めていたアイリーン。 しかし気づけば、アレックスは、かけがえのないパートナーとなっていた。
アレックスに励まされたアイリーンは、その後、『アレックス財団』を立ち上げ、資金調達を開始。 すると…少しずつだが、資金が集まり始めた。 同時期に、所属大学を変え、広い研究室を与えられた。

そして…その才能を次々と開花させていったアレックスはいつしか100以上の「英単語」、およそ50個の「物の名前」、7つの「色」、5つの「形」、1~8までの「数字」を理解するようになった。
それだけではない。 食べ物を見て、その印象を語った。 さらに極め付きは…バナナとチェリー、ふたつの単語を組み合わせ、「バナリー」という、オリジナルの言葉を作り出したのだ。

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これまでの常識を次々と覆すアレックス。 中でもアイリーンらが驚いた出来事がある。
ワタリガラス研究の第一人者に行ったものに、知能が高いと言われるカラスに、止り木に吊るした餌を獲得させる実験がある。 カラスは、嘴で紐を手繰り寄せ餌をゲット!
一方、同じ実験でアレックスは驚くべき方法を編み出した。
それは…「ナッツトッテ」
アレックスは自ら取るのではなく、言葉で解決する方法を選んだのだ。
さらにこんなことも…アイリーンがイライラしていると「オチツイテ」と、アイリーンを宥めるような言葉をかけた。

その後もアイリーンは、アレックスの励ましに支えられ、諦めることなく研究を続けた。 するといつしか、彼女の研究に理解を示す教授らも現れ始め…アイリーンはマサチューセッツ工科大学、そしてハーバード大学で研究する機会を得た。
ハーバードでは、ヨウムの数を増やし、実験を行なった。 後輩の質問を横取りし…先輩風を吹かすアレックス。

実はその後の研究で驚くべき新事実が発見された。
専門家はこう話してくれた。
「鳥の脳の一部に哺乳類の大脳皮質と同じ記憶や感情を司る領域があることがわかりました。脳の小ささにも関わらず霊長類に匹敵するほどの量の神経細胞を持つことも分かったのです」
つまり彼らの小さな脳には、チンパンジーなどが持っているのと同じ量の神経細胞が高密度で収められているのだ。 アレックスの能力はいったいどこまで伸びるのか、誰にもわからなくなっていた。 アレックスは30歳になっていたが、一般にヨウムの寿命は40年から60年。 さらなる成長が期待できた。

そして実験開始から30年が経過したある日、全米科学財団から、研究費を受けられることになったのだ。 アイリーンの地道な研究は理解者を増やし続け…やがて彼女は「鳥類の認知行動学」「鳥との言語コミュニケーション」という分野で、一目置かれるようになっていく。
そして、いつしか ある日課が生まれた。 それは一日の終りに交わすこんな会話
アレックス「アイシテル」
アイリーン「私もよ」

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その日、朝の散歩から帰ったアイリーンに朗報が舞い込んだ。 ヨーロッパで始まる新たなプロジェクトの研究員の一人に選ばれたという報告だった。
すると、もう一通メールが届いた。 そこには…アレックスの死を告げる知らせだった。 原因は、不整脈だった。
30年もの間、ともに歩んできたパートナーがなんの前触れもなく、目の前から姿を消してしまった。 アレックスの死を全米のメディアが一斉に報じた。

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そして一連の騒動が収束した後、アイリーンは改めてアレックスの最期の言葉を思い出していた。 アレックスから聞いた最期の言葉は『愛してる』。 それはふたりにとって絆を確かめあう言葉だった。

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研究を始めた時の願い…「鳥の心の中を覗き見ること」
その願いはいつしか叶っていた。
常識に挑戦し、それを覆すことに成功したアイリーン。 傍にはいつもアレックスがいた。 彼らの姿は、私たちに動物との新しい可能性を見せてくれた。