毎年、ハートフルな実話が数多く寄せられる作文コンクール『小さな助け合いの物語賞』。
一昨年、大賞を受賞したのが、山崎浩敬(やまさきひろたか)さんの『あたたかな小さい手のリレー』。
『朝の通勤に使うバスには、和歌山大学教育学部附属小学校の児童が乗っています。
ある朝、「おはようございます」というかわいい声が聞こえました。
「バスが来ました」
また声が聞こえました。』
一見、ごく普通の日常風景を記したかのように思えるこの一説。
しかしそこには、小さな優しさのリレーが生んだ「奇跡」が秘められていた。
今から28年前、和歌山県和歌山市で市役所に勤務する山崎浩敬さんは、32歳で働き盛り、健康にも自信があった。
しかし、人間ドックで目に異常が見つかり、精密検査を受けることになった。
彼に告げられた病名は「網膜色素変性症」。
遺伝子変異によって、網膜の細胞に異常をきたし、徐々に視界が狭くなっていき、進行すると視力も低下。
個人差はあるが最悪の場合、失明に至る可能性があり、現在は対症療法のみ、根本的な治療法が見つかっていないという。
診断当初は自覚症状のなかった山崎さんだが、発覚からおよそ11年後には視力が0.01以下に低下、視界は光を感じる程度になっていた。
一年間の休職を決意、視覚障害者の為のリハビリテーションに通い訓練を受けた。
そこで、パソコンの音声ソフトを使いこなす練習や、白状を使った歩行をマスター。
1年で職場への復帰を果たした。
しかし、復職して2年後、それまでバス停が同じだったため、通勤を介助してくれていた息子が小学校を卒業。
中学校は離れた場所にあったため、1人でバスを乗り降りせざるを得なくなった。
帰りは奥さんが仕事終わりに職場に迎えにきてくれたが、行きは1人。
バスの到着は、アナウンスで確認できたが…道の混雑状況によって、停車位置が前後にズレることもあるため、入口を探し当てるのに一苦労。
さらに車内では…どこに何があるか分からず、空いている席など分かりようもない。
そして降りるときは、乗車するとき以上に転びやすい為、細心の注意を払わなくてはいけなかった。
山崎さんから笑顔は消え…仕事を続けていく自信すら無くなっていた。 そんな日々がしばらく続いたある朝のことだった。 1人の女子児童が、丁寧に手引きしてくれたのだ。 さらに、バスを降りる時も少女は、付き添ってくれた。 顔も見えず、名前も知らない少女の優しさにふれ、忘れられない一日になった。
翌日も少女は声を掛けてくれた。 この日から、その少女は毎日、バスの乗り降りを手伝ってくれるようになった。 息子が通っていた小学校の生徒ということもあって、共通の話題も多く、苦痛だった通勤の時間が何よりも楽しい一時に変わっていた。 そして、職場でもよく笑うようになったと言われるようになった。
やがて、その少女が学校を卒業する時がやってきた。
心を取り戻させてくれた少女との交流は、終わりを告げた。
少女が卒業した翌日…助けてくれたのは、別の少女だった。
その少女は、自ら率先して声を掛けてくれたというのだ。
そして、また新たな交流の日々が始まった。
月日は流れ、二人目の少女も卒業となり、またも別れの時が訪れた。
そして、翌日、卒業した少女の妹が声をかけてくれた。
以前から妹もたびたび姉に協力して、助けてくれる時があった。
こうして介助の手は、姉から妹へ受け継がれた。
さらに、その手はリレーのように、引き継がれていった。
小さな手に後押しされた通勤は、気がつけば11年続いていた!
しかし、一昨年の春、コロナ禍による時差出勤で少女たちとバスに乗る時間がズレ、リレーは途絶えてしまったのだ。
そこで彼はある行動にでた。
「小さな助け合い」をテーマにした作文コンクールに応募したのだ。
すると、みごと最高賞に選ばれた。
彼は、昨年1月、このコンクールで得た賞金を使い、視覚障害者に関する教材を少女たちが通う学校へ寄贈することにした。
この時、自分を後押ししてくれていた少女たちと再会を果たした。
中には、卒業して以来 数年ぶりに会う子もいた。
そして、彼女たちの口から、彼にとって驚くべき事実を聞かされることになる。
2人目の少女が助けてくれていた時期、ある日、少女があまり喋らず、違和感を覚えたことがあった。
この時、実は…別の少女が助けてくれていたのだ。
いつもの子がこの日、学校を休んでいたため、山崎さんが困らないよう、代理の小さな手になっていたのだ。
実は11年の間で、こうしたケースは、何度もあったという。
子供たちとの再会で、パワーを貰った山崎さん。
かつては絶望し、仕事どころではなかった彼が、見事、笑顔で定年まで勤め上げることができた。
今年の4月からは再雇用という形で、市役所の仕事を続けることになった山崎さん、通勤には現在もバスを利用している。
そして、少女たちの小さい手のリレーは現在も続いている。
山崎さんはこう話してくれた。
「この話が広がって、高齢者や障がい者が外に出やすい社会に、大人や子供が声をかけてくれる世の中になったら良いなと思います」
少女たちと再会した際、彼女たちから聞かされて驚いたことは他にもあったという。
いつものバスにやんちゃなガキ大将タイプの男の子が乗っていた。
「いじめられてないやろか」…そんな心配をしていたのだが、実は、その男の子は毎日のように山崎さんに席を譲ってくれていたのだ。
山崎さん「空いている席に手引きしてくれていたと思い込んでいたが、(席を譲ってくれる)男の子がいたんだとびっくりして感動しました。」