4月14日 オンエア
バズったアレの秘密SP Part 2
 

【圧倒的歌唱力を持つ絶対的エースはそもそも存在しないはずだった!?】

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「楽器を持たないパンクバンド」として若者たちから絶大な支持を得る6人組ガールズ・グループ、BiSH。 昨年、紅白に初出場したかと思えば、2023年をもっての解散を宣言するなど、話題の絶えない彼女たち。 実はその結成の裏にはアンビリバボーな秘密があったのです。

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強烈な個性を放つ6人の中でも圧倒的な歌唱力を発揮し、ほぼ全楽曲の振り付けも担当するBiSHの絶対的エース、アイナ・ジ・エンドさん。
まさにグループになくてはならない中心人物なのですが…グループ結成に際して行われたオーディションで歌唱審査が行われた時、時間の都合もあり、参加者は1コーラスだけを歌うよう指示されていたのにも関わらず、オーディションに落ちたら夢を諦めようとまで思っていたアイナさんは、1曲丸ごと、4分間フルコーラスを歌い切ってしまったのだ!

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しかし、このやる気は完全に裏目に。 グループの総合プロデューサーと音楽プロデューサーは、「人の話を聞いてない、空気の読めない子はいらない」と不合格判定。
だが、「どうしてもあの子に衣装を着させたい!」と衣装デザイナーの外林さんがそれを止めたのだ。
アイナさんの表現力に光る物を感じた彼は、とにかく自分の作った衣装を彼女に着せてみたいと、2人のプロデューサーを強く説得。 すると、外林さんの情熱にプロデューサーたちも根負け、落選確定の状況から一転、見事合格を果たしたのです。

デビューするやいなや、BiSHはアイナさんの圧倒的な歌唱力とパフォーマンスで注目を集め人気を獲得。
そして、You Tubeチャンネル「THE FIRST TAKE」では、アイナさんが1人でBiSHの代表曲「オーケストラ」を歌う動画が脅威の1300万回再生を記録!
今や日本を代表する歌姫の1人になりました!

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ちなみに、このオーディションには同じく、BiSHメンバーとなったモモコグミカンパニーさんも参加していたのですが…実は彼女、そもそも芸能活動に全く興味がなく、この時も受かる気ゼロで望んでいたのだそう。 では、なぜオーディションを受けたのでしょうか?
実はモモコさん、今年小説家としてもデビューを飾るほどの文学女子。 当時から自身の創作活動に役立つかもしれないと、アイドルになりたい人たちの様子を観察するために、オーディションに潜入していたんだそう。
メンバー全員、我が道を進みまくる、超個性派集団ビッシュ、2023年の解散まで全く目が離せません!

【あの大ヒットドラマは、超マニアックな2人の世間話から誕生した】

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フジテレビのとある連ドラの打ち上げ会場。 お酒を飲まないため、会場の隅でお茶を飲む脚本家に、フジテレビの企画担当者が話しかけた。 2人は会議では何度も話していたが、プライベートな会話をするのはこの日がほぼ初めて。 年齢もほぼ一緒の二人、昔どハマリしたドラマが、偶然一緒だった。

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かつて夢中になったドラマの話で盛り上がった2人。 そして日本にこれまでなかった新しいスタイルのドラマを作ろう、そんな話で意気投合した。
主役のイメージで上がったのは、とある大物俳優の名前だった。 だが、マネージャーに連絡したところ…そのジャンルのドラマは俳優本人がやらないと決めているという返事だった。

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すると脚本家は、大物俳優を口説くために、断られれば無駄になるのを承知で一話分の脚本を書くことを提案。 それからほどなく…大物俳優が出演を快諾してくれた。
果たして、打ち上げの席での会話がきっかけで誕生した傑作ドラマとは一体!?
高視聴率を連発し、日本人なら誰もが知る大ヒットドラマとなった古畑任三郎
主演はもちろん、田村正和。 そして…その全ての脚本を執筆した人物が、三谷幸喜

当時のことをよく知る、フジテレビの企画担当者(当時)石原隆さんと、共同テレビプローデューサー(当時)関口静夫さんの2人に名作ドラマ誕生の裏側について聞いた。
石原さん「初めてご一緒した連続ドラマが振り返れば奴がいるというドラマで、それの打ち上げですねドラマが全部撮影も終了して、お互いに刑事コロンボがすごく好きだったという話をして。」
1968年にアメリカで放送されるや大ヒットを記録した「刑事コロンボ」。 最初に完全犯罪を企む犯人の犯行の詳細を視聴者に見せ、その犯人が犯したミスを手がかりに刑事が追い詰めていく、倒叙(とうじょ)形式と呼ばれる、斬新な手法で作られたドラマだった。
そこで、三谷さんと石原さんも、これまで日本にはなかった新しいドラマを作ろうと決意。
だが、関口さんは…
「刑事モノというと派手なアクションとドンパチがあって、格好いいものっていう感じがあったから、あるトリックの謎を解いていくというような知的作業が必要な作品ってあまりなかったので、日本でできるのかなというのが、すごく自分の中では疑問でしたね。」
しかし制作されたドラマは大ヒットを記録。
打ち上げの席で偶然、趣味が合い弾んだ会話。 もしこの時、2人が話をしていなかったら、日本に古畑任三郎は誕生していなかったに違いない

【あの超名作アニメのオープニング曲はド緊張の賜物で生まれた!?】

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今から52年前、絶大な人気を誇ったスポーツ漫画がアニメ化されるときのこと。 主題歌を歌うことになったとある歌手。 だが、試し録りに呼ばれた彼は、ガチガチに緊張していた。 なぜなら、主題歌を作詞したのは、詩人・劇作家の寺山修司。 言葉の錬金術師と呼ばれ、世界的な評価も高い巨匠だったからだ。

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イメージと違ったら降ろされるかも…極度に緊張しながら歌いはじめると、スタッフたちは大絶賛。 思わぬことにテンションがあがる歌手。
だがその後、曲中にある「ルルル」というスキャット部分を気持ちよく歌っていたとき、とんでもないことが! ルルルの後につながる歌詞を忘れてしまったのだ! その時彼はアンビリバボーな暴挙に出る!

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なんとそのままルルルを伸ばして、強引に乗り越えようとしたのだ! 巨匠の歌詞を勝手に変えてしまう最悪の事態。
終わった…降ろされる、そう思ったのだが、なんと作曲家の八木正生さんがそのアドリブを称賛。 さらに、作詞をした寺山さんも「それもありか」と納得したという。 こうして苦し紛れのアドリブがそのまま採用され、世界的な巨匠の歌詞を変更させてしまったのだ。

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放送が始まるとアニメは大ヒット。 オープニング曲は、誰もが知っている有名曲に! その曲こそ…「あしたのジョー」
放送を重ねるごとに、子どもから大人までアニメに熱狂。 平均世帯視聴率26.3%を記録し、社会現象にまでなった。 そんな大ヒット作品の主題歌を歌ったのは、尾藤イサオさん。

しかし、名曲、あしたのジョーに元々存在していた歌詞とはどんなものだったのか? 実は2年前、アニメ化50周年を記念したイベントで、元々の予定だった歌詞を尾藤さん自身が明かした映像が残っている。
そこで尾藤さんが口ずさんだ歌詞は…「だけどルルルルー 夕陽をみてると」
そう、元々の歌詞は「夕陽をみてると」。 確かにこれはこれでとても良いが、当時は全員納得の上での変更となったそう。

【些細な嘘がきっかけで大ブレークした超有名アーティストとは!?】

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数多くのヒット曲を持つ三人組バンドは皆幼馴染。 友人たちとバンドは組んでいたがあくまで趣味程度、ミュージシャンになる気など全くなかった。
ここから仮に三人の名を担当しているパートに合わせてボーカルさん、ギターさん、ピアノさん、そう呼ぶことにする。

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高校卒業後ボーカルさんは地元の大学に進み、ギターさんとピアノさんは東京で進学する予定だった。 上京後、ピアノさんとギターさんが秋葉原の電気街へ。 そこで奇跡が…そこにいたのはボーカルさん! 大都会東京で偶然にも3人が出会ったのだ。

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実はボーカルさん、受験に失敗。 予備校に通うため、誰にも知らせることなく上京していたのだ。
バラバラになるはずだった3人が東京で結集。 週末になるとお互いの家に集まっては、たわいのないことで盛り上がり、やがて音楽の道を志すようになった。

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だが、組んだばかりのバンドのライブ、彼らの客はほとんどが友人だった。 それでもなんとかステージを盛り上げたい。 そう思ったボーカルさんが「『イカ天』出るんで、よろしく」と宣言。すると、会場は大盛り上がり!
ボーカルさんが出ると宣言したイカ天とは、当時のアマチュアバンドの憧れのオーディション番組で、高視聴率を獲得し、一大ブームを巻き起こしていた『三宅裕司のいかすバンド天国』のこと! だが、これは間を繋ぐための出まかせ、完全な“嘘”。 彼らは番組に出演するどころか、応募すらしていなかったのだ。

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ところが、その後、出演の噂が周囲に広がってしまい、引っ込みがつかなくなった彼らは… せめて応募だけはしておこう、そう考え、苦し紛れで番組に応募すると、見事、審査を通過して番組出演を果たすことに! さらに!あれよあれよと勝ち抜き続け、5周勝ち抜きチャンピオンになると、ついにメジャーデビューまで決定してしまったのである。

この奇跡のようなバンドこそ、沖縄出身の大人気バンド、BEGIN
『イカ天』で歌ったのは、後のデビュー曲「恋しくて」
以来32年、数々のヒット曲を生み出してきた彼ら。 音楽で地域や世代をつなぐ “懸け橋になりたい” という想いは、今もブレない。 そしてその始まりの裏には、まさに嘘から誠、ボーカル比嘉さんのつい口走った一言があった。