2月18日 オンエア
おじいちゃんのおかげで200万枚売り上げたメガヒット曲とは!?
 
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高知県で暮らす一人の少女。 生まれてすぐに両親が離婚。 母方の祖父母が引き取ることになり、祖父母は引き取った孫娘に我が子のように愛情を注いだ。 彼女は祖父母を「お父さん」「お母さん」と呼んだ。 少女にとっては両親そのものだった。
そんな彼女は小さい頃からピアノを習い始め、以来、ピアノを弾くことに夢中になった。 将来の夢はクラシックのピアニストになる事。

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祖父母の愛に育まれ、彼女は高校2年生になった。 そんな夏のある日、たまたまラジオから流れてきたドリームズ・カム・トゥルーの曲に衝撃を受けた。
これまでクラシック以外の音楽には興味がなく、人前で歌うどころか、人前に出る事すら苦手だった彼女が…この日をきっかけに歌手を目指すことを決意。
そして…ドリカムなどの曲を歌ったデモテープを作成し、いくつかの東京の音楽事務所に送った。

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すると半年後…歌声を気に入ってくれた音楽事務所から高校卒業後に東京に来ないかと誘われたのだ。 ところが、祖父は猛反対! 実は祖父には、彼女に音大に進み教師になってもらいたいという思いがあった。 さらに可愛い孫娘が田舎を離れ、一人で上京することへの不安もあった。
だが彼女は祖父の猛反対を押し切り、家出同然で上京した。

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東京で彼女は音楽事務所に所属しながら、ボイストレーニングと、事務や引っ越しのアルバイトに明け暮れる日々を過ごしていた。
祖父とは一切連絡を取らないまま、上京から半年が過ぎたある日、事務所から歌を作ってみたらと勧められた。 だが、彼女は、これまで曲を作った経験が全くなかった。 そこで、頭に浮かんだ鼻歌をカセットに録音し、それをパズルのように繋げて曲を作ることにした。

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そんな時、地元高知の友人が電話で仕事や家族、恋人の事など悩みを打ち明けてきた。 電話が終わると、友人の為に何か自分に出来ることがないか考えた。 そして、悩みを抱えている故郷の友人を励ます一曲を作ることにしたのだ。 だが、曲作りは思うようには進まなかった。

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それから数週間後…彼女の元に上京を反対していた祖父から手紙が届いた。 手紙には、夢を叶えるために反対を押し切って上京した、孫娘を想う祖父の気持ちが綴られていた。 そして、手紙の最後には…「涙が多いのが人生だよ」と書かれていた。 険しい道を進む孫娘を励ます言葉が綴られていた。 この祖父の言葉は、彼女の心にずしりと響いた。

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さらに、祖父の言葉は曲作りに大きなヒントを与えた。 この言葉がきっかけで、あるフレーズが浮かび、制作中だった友人を励ます曲の歌詞に取り入れることにしたのだ。 その後も、祖父の言葉は、彼女の心の支えとなった。
辛いことがあっても歌手デビューという夢を諦めず、曲作りに励んだ。 そして、作った曲の数は40曲にもなっていた。

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上京してから2年後、努力はついに報われることになった。 なんと大手レコード会社からCMのタイアップ曲で、デビューが決まったのだ!
ところが…CM曲の話は寸前になって他の大物男性歌手の曲に変更になり、彼女のデビューは延期になってしまった。 それでも彼女は、落ち込んだり、焦ったりすることは一切なかった。 祖父の言葉を支えに、彼女はデビュー出来る日を信じて前だけを見ていた。

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そして上京から3年後、ついにその日がやってきた。 彼女の曲がドラマの主題歌に決まり、CDデビューが決定したのだ! しかもそれは、祖父の手紙の言葉がきっかけで生まれた友人を励ますために作った、あの曲だった。

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CD売り上げ、200万枚の大ヒット! NHK紅白歌合戦にも出場し、春の選抜高校野球の入場行進曲になった誰もが知る名曲、その曲こそ! そう!岡本真夜さんの不朽の名曲、『TOMORROW』である。
祖父の言葉をヒントに作った曲で、彼女はついに念願のデビューを果たしたのだ! ドラマ『セカンド・チャンス』の主題歌をこの曲に決めたのは、脚本家だった。 前向きに生きるシングルマザーとシングルファザーの2人が出会い、困難を乗り越えて結婚するまでを描いたホームドラマ。 TOMORROWの歌い出しの歌詞が、前向きなドラマのコンセプトとぴったり合うと、主題歌に大抜擢されたのだ。
さらに、このTOMORROWが発売されたのは、阪神淡路大震災直後。 この歌の「涙の数だけ強くなれる」という歌詞は、日本中に勇気と希望を与えた。 そして、今なお、応援ソングとして親しまれている。

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岡本真夜さんは、この曲について、こう話してくれた。
「涙が多いのが人生だよと…小さい頃から、祖父が本当に苦労してきていたのを間近で見ていたので、この言葉を読んだ時はすごく自分の中で納得した。ある意味、覚悟をその時にもらえた。だからこそ強くなれたような気がしています。本当に祖父の手紙のおかげでTOMORROWという楽曲が生まれたんだろうなと思っているので、本当に感謝しています。」