4月2日 オンエア
誰ひとり信じてくれない!現代日本で本当にあった恐怖SP
 
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あなたは信じられますか? 突然、身に覚えもない罪で逮捕され…誰ひとりあなたことを信じてくれない。 そんな悲劇がこの現代日本で起こったという現実を…しかもそれは決して人ごとではない。 誰の身にも起こりうる恐怖であるということを。

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今から十数年前のこと…この出来事の主人公、岬 俊光(仮名)さんは、父親と2人暮らしだったが、当時、父は体を壊し入院していた。

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ある日、俊光さんは、突然、警察に連行された。 取り調べに当たったのは、普段、凶悪事件を担当している、刑事課の武田警部補(仮名)だった。 何の容疑で取り調べられているのか分からぬまま、その任意の取り調べは夜の11時まで続いた。

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2回目の取り調べは、午前9時頃から始まった。 俊光さんは、この日初めて、自分が疑われている事件の詳細を聞いた。
事件が起きたのは、1ヶ月ほど前の春先のこと。 午後2時40分ころ、犯人は突然、土足で部屋に上がり込み、女性を乱暴をしようとした。 しかし、女性は激しく抵抗。 すると暴行を断念し…犯人は、「こっち向くな!警察に自首する。俺が出て行くまで100数えるんだ」と言い残し、逃走したという。

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警察は被害者の証言をもとに似顔絵を作成、聞き込みを行った。 すると…運転代行業の女性社長が、元従業員の俊光さんに似ていると言ったという。 確かにその似顔絵はマスクで顔の半分が隠されていたが、目元が俊光さんによく似ていた。

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取調官は普段、凶悪犯を相手にしている屈強な刑事。 威圧的な取り調べに、俊光さんは精神的に追い詰められていった。 まだ任意という形だったが、取り調べは12時間以上もぶっ続けで行われた。 これから自分は一体、どうなってしまうのか…不安しかなかった。

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3回目の任意取り調べ、この日は、まだ春だというのに取調室はとても暑かった。 同じようなやり取りを、何時間も繰り返しているうちに頭がぼーっとしていった。 そしてついに…俊光さんは気を失ってしまった。 それでも警部補は、追及の手を緩めようとはしなかったという。
さらに…俊光さんには兄と2人の姉がいたが、彼らも俊光さんが犯人に違いないと証言しているという。 それは、彼を絶望のどん底にたたき落とした。 そして…ついに、彼はやってもいない罪を自白させられてしまう。

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この事件に詳しい弁護士は、虚偽の自白をする被害者の心境についてこう述べる。
「虚偽の自白が生じるメカニズムというのは、供述心理学の先生が分析していますけれども、警察の取り調べの中で極めて苦しい状況に置かれる。それを逃れるためにやったと言ってしまう。しかも自分が犯罪を犯していない無実の人は、そこでやったと言ってしまったとしても、(自分が)罪を犯してないので処罰されると思わない。だから意外と気楽にやったと(警察の)追及に言ってしまう。そういう傾向があるんだと心理学の先生は分析しています。」

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こうして、自白を強要された俊光さんは、無実の罪で逮捕されてしまった。 だが、本当の地獄はこれからだった。

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春先に起きた暴行未遂事件では、土足で上がり込んだ犯人の靴痕が残されていたのだが、警察は鑑定の結果、その靴のメーカーと種類を特定していた。 俊光さんはそんな靴は持っていなかった。 しかし、全く身に覚えのないことについて、刑事が納得する答えを出すまで追及される…口からでまかせをいうことしか出来なかった。

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この日は、容疑者に事件の現場、すなわち被害者の家を案内させる『引き当たり』も行われた。
犯人ではない俊光さんは、当然、被害者の家を知らない。 ウロウロしていると…警部補の露骨な誘導のもと…俊光さんは自ら被害者の家を案内したことにされてしまった。 逮捕の翌日には、地元新聞などに俊光さんを犯人とする、名前入りの記事が掲載されてしまった。

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逮捕後は、警察の留置場に入れられていた。 DNA型鑑定のため、毛髪を抜かれ、さらに…口の中の粘膜などを採取された。

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逮捕されて数日後、俊光さんのもとに、弁護士が接見に訪れた。 これまで一度も家族は面会に来なかった。 そんな俊光さんにとって、弁護士は唯一の希望だった。 俊光さんは、弁護士に自分の無実を主張した。

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そして逮捕からおよそ2週間後…釈放された。 弁護士が手を尽くしてくれたのかどうかは分からない。 とはいえ身に覚えもない事件、物証など見つかるはずがない。 毛髪や口の粘膜も採取されている。 DNA型鑑定を行えば、濡れ衣は晴れるに決まっている。 やっとわかってもらえた、そう思った。

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だが…警察は俊光さんに対し、もう1つ別の事件で逮捕状を出し再逮捕に踏み切った。 これは、俊光さんに心理的プレッシャーを与え、捜査をやりやすくするための作戦だったという。

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では、俊光さんにかけられたもう一つの容疑とは、どんなものだったのか?
被害者の証言によれば…それは春先の事件の2ヶ月前のこと、犯人は酒屋を装って被害者宅を訪れ、ナイフで脅し、土足のまま上がり込んだ。 そして金属のチェーンのようなもので、縛って暴行。 逃亡する際には…「俺が出て行くまで100数えるんだ」と言い残したという。

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その事件は、2ヶ月後に起きた春先の暴行未遂事件と、手口が瓜二つだった。 さらに…現場に残された靴痕が一緒だった。 また、その靴痕には、犯人の歩き方のクセを示す特徴的な靴底のすり減り方も見られた。 結果、種類だけでなく、全く同じ靴であることが判明。 同一人物による犯行と断定されていた。

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春先の事件では警察は、俊光さんを有罪にするだけの物証を得られずにいた。
そこで今度は正月の事件で、俊光さんを追求しようとしたのだ。

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しかし、実は警察はこの時、犯人に繋がるある事実を掴んでいた。 正月の被害者の衣類からは、犯人のものと思われる付着物が見つかっていた。 科捜研の技術職員は、その付着物を調査し、犯人の血液型を割り出そうとした。 被害者の衣類から発見されたのは、A型とO型の要素だけ、B型はなかった。 これは犯人がAB型やB型ではないことを意味していた。 にも関わらず…実際の鑑定資料によれば…なぜか犯人の血液型は不明とされていたのだ!

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しかし鑑定結果を精査すれば、犯人の血液型を特定することは出来た。 また警察は、俊光さんの毛髪や口の粘膜を採取していた。 DNA型鑑定を行えば、容疑は晴れるはずだった。 しかし彼らは、のちに行われる裁判でも、鑑定は行っていないとの一点張りだった。

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ではなぜ、無実の可能性があったにも関わらず、正月の事件で俊光さんに逮捕状が出たのか? 警察は1ヶ月ほど前、春先の事件で俊光さんの取り調べを行った時、その様子を正月の事件の被害者にも見てもらっていた。 その被害者が俊光さんが犯人だと証言したのだ。 警察は、この発言を聞いて、俊光さんが犯人であると確信したという。 そのため、確たる証拠が挙がっていない春先の事件ではなく、正月の事件で追い込んでいく方針に変えたのだと思われた。 だが警察は被害者を誘導することで、都合の良い証言を引き出した可能性があった。

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しかし、信じがたい捜査はこれだけではなかった。 正月と春先の事件現場に残されていた犯人の靴に関する鑑定結果で、犯人の靴のサイズは、28センチから28.5センチと判明していた。 俊光さんの靴のサイズは24.5センチ、犯人より4センチも小さかったのである。 逃走する時のことを考えれば、4センチもサイズが大きな靴をわざわざ履くのは、どう考えても不自然。 ところが…「ヒモをきつく縛れば履くことはできなくはない」とされたのだ。

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俊光さんは結局、強引な取り調べの恐怖から、やってもいない2つの事件を自白した。 こうして彼はどんどん逃れられない泥沼にはまり込んでいく。
俊光さんは両方の事件について何も喋っていなかったが、すでに事件について事細かく書かれた調書が用意してあったという。 被害者の家の間取りも、武田警部補(仮名)によって書かれた下書きがあり、それをなぞって書いた。 警部補に逆らえない俊光さんは、黙って署名し指印した。

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そして、警察がいくら探しても見つからなかった犯行時の靴は、燃やして処分したことにされた。 警察は燃やした場所を指差す俊光さんの写真を撮った。 だが、一方で、そこに燃えカスがないかどうか等の調査は行わなかった。

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警察によって行われた証拠の辻褄合わせは、靴だけではなかった。 正月の事件で犯人は…サバイバルナイフのようなギザギザのついた刃物で脅し…金属のチェーンの様なもので縛っていて、被害者はその状況をはっきりと証言していた。 しかし、俊光さんの自宅などの捜索で見つかったのは、小さな果物ナイフとビニール紐だけだった。 警察は、俊光さんを問い詰めたが、サバイバルナイフと金属チェーンのようなモノについては、納得出来る供述を引き出すことができなかった。

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そこで警察は、女性警官を相手に、俊光さんに正月の事件の様子を再現させた。 それは、被害者を果物ナイフで脅し、ところどころに、コブのような結び目を作ったビニール紐で縛るというものだった。 警察はこう辻褄合わせをした…被害者は、恐怖でナイフを見間違えたに違いない。 そして、金属のチェーンのようなものについては…ところどころにコブを作ったビニール紐で縛られた時にナイフが手に触れ、金属の感触があったため、チェーンと勘違いしたことにしたのだ。

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さらに驚くべき事実が。 実は、正月の事件で犯人は、事前に被害者の家に電話を入れ、若い女の子が一人で家にいることを言葉巧みに確認していたのだ。 そこで警察は、俊光さんの容疑を固めるため、電話会社から携帯電話と固定電話の通話記録を取り寄せた。 すると…正月に関しては、携帯・固定電話ともに、被害者宅に連絡した形跡はなかった。

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さらに、警察は念のため春先の事件時の電話の記録も取り寄せていた。 春先の事件が起こったのは、午後2時40分から約30分。 そして犯行が行われていたのと、ちょうど同じ時間帯、午後2時30分から23分間に渡って、俊光さんの自宅の固定電話から兄の家に電話がかけられていたのだ。 俊光さんは父親と同居していたが、当時、父親は入院していた。 電話をかけたのは、俊光さん以外にいない、兄嫁もこの電話を確認している。 完璧なアリバイがあったのだ!
春先と正月の事件は同一犯と断定されていた。 ということは、正月の事件でも、明らかに無罪となる証拠だった。 だが警察は、このアリバイ情報を手に入れながら、それを無視していたのだ!

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俊光さんはこうした警察の本来ならあり得ない捜査により、正月と春先、2つの事件で送検された。 さらに、検察官は警察の調書を鵜呑みにし、矛盾について疑問を持とうともしなかった。 そればかりか、デタラメな調書を取り繕いながら文書を作成していった。 俊光さんは、もし否認すれば…また恐ろしい目に合うのではないかという恐怖に苛まれ、何も言い返すことができなかった。 こうして俊光さんは、正月と春先、両方の事件で起訴された。

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連続暴行犯として起訴され、拘置所に移された俊光さんは、父が死んだという報せを受けた。 初めて面会にやってきた兄だった。 警察は兄や姉に、あいまいな証拠をもっともらしく説明し、俊光さんが犯人だと、完全に信じ込ませていた。 長年、父親と2人暮らし、俊光さんは、ずっと父に寄り添っていた。 兄にも信じてもらえず、父も亡くなった。 それらの事実は俊光さんを絶望のどん底に突き落とした。

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逮捕されて間もなくの頃、一度面会に来た弁護士が再び面会にやって来た。 今回やってきたのは、裁判のために国が費用を負担する国選弁護士としてだった。 頼れるのは、目の前の弁護士だけ、もう縋るしかなかった。

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だが…弁護士は、被害者に弁償金を支払った方が良いというのだ。 そうすれば、反省しているとみなされ、執行猶予がつく可能性が高いという。 ショックだった。 弁護士は、俊光さんが強く否認していることはわかっていたが、犯人だと信じていたという。 最後の希望だった弁護士も俊光さんの声に耳を傾けることはなかった。

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逮捕、起訴された俊光さんが、拘置所で裁判を待っていた時、30kmほど離れた隣町で、続けて2人の女性に対する暴行事件が起きていたのだが…現場には正月と春先、2つの事件で使用された靴と、似たような靴跡が残されていたのだ! この事件のことは、俊光さんの捜査を行った地元警察の署長や、刑事たちの耳にも入っていた。 だが、今回の事件はの靴跡は、正月と春先の事件とは別の靴だと報告されたという。

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だが、この報告はとんでもない間違いだった。 隣町の事件で残された靴跡の靴と、俊光さんが濡れ衣を着せられた2つの事件の靴は、色もデザインも一緒だったどころか…靴底のすり減り方も一致することがのちに判明。 つまり、全く同じ靴だったのだ!

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そして、岬俊光さんは裁判を迎えることになる。 だが、公判が始まる直前、とんでもない報告を受ける。 弁護士によれば、兄や姉たちと相談し、すでに2つの事件の被害者に、合計250万円の弁償金を支払ったという。 しかも俊光さんに一切の相談をすることもなく…これは、世の中に罪を認めたようなものだった。 すべての人たちが、自分を犯人だと考えて動いている。 孤立無援だった。

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今後の裁判で、自白を撤回することはできる。 しかし頼みの綱である弁護士も、自分のことを信じることなく、罪を認めろと言う。 もう誰もあてには出来ない、そう思うと撤回する気持ちは消え失せた。

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しかし、またも彼の身の潔白を証明し得えたはずのある出来事が起こっていた。
ちょうど裁判が行われていた時の夏、俊光さんの住む町でまたしても暴行事件が発生したのだ!

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この夏の事件の時、被害者から事情聴取を行った女性巡査は、正月と春先の事件でも被害者の調書を取った人物だった。 女性巡査は、正月と春先の事件の犯人と今回の事件の犯人は同じ可能性があると刑事課の上司に報告したという。 だが、上司に正月と春先の事件はもう解決済みだと言われ、女性巡査がこの件で再び声を上げることはなかったという。 こうしてまたしても、無実を晴らす機会は闇に葬り去られてしまったのである。

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いわれなき罪で警察に連行されてから7ヵ月後、判決の日を迎えた。 判決は懲役3年。
俊光さんは、控訴することなく刑務所に収監された。 自分のことなど誰も信じてくれない、自分で自分を否定しなければ、不条理な毎日を生きていけなかったという。 もはや人格を破壊されたも同然だった。

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判決から2年1か月後、俊光さんは仮出所した。 兄姉に身元引受人を断られた俊光さんは、更生保護施設に行くことになった。
更生保護施設には、出所後、頼るあてのない人たちの社会復帰を助け、身元引受人の代わりを務める役割もあった。 俊光さんは生きるために、そこからハローワークに通い職を探した。 しかし、25もの会社に断られ、仕事は見つからなかった。

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犯してもいない罪で狂ってしまった俊光さんの人生。 彼の身にさらなる衝撃の事態が降り注いだのは、出所してからおよそ1年半後のことだった。 その日、俊光さんはニュース速報で驚愕の事実を知る! なんと警察が連続暴行犯を逮捕したというのだ。
間もなく彼らは衝撃的な会見を行った。
「男性に対しては大変申し訳ないと考えております」
男性…それは俊光さんのことだった。 しかも警察は、真犯人が逮捕されたという事実を事前に俊光さんに知らせることはなかったのだ!

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さかのぼること数ヶ月、1人の男が14件の暴行事件を犯した罪で逮捕された。 中には…あの時、色やデザインが違うという理由で、俊光さんの犯行ではないと結論づけられた事件や…手口が似ていると、女性巡査が上司に報告したとされる事件も含まれていた。 さらに…男の余罪の中には、俊光さんが冤罪をこうむった正月と春先の事件も、含まれていた。 被害者の衣服に付着したDNAと、男のDNAが一致したのだ。

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こうして俊光さんの犯行とされた連続暴行事件の真犯人が明らかとなり、冤罪であることが分かった。 そして…警察は、謝罪会見の5日後、俊光さんを警察署に呼び出し、謝罪した。 だが、俊光さんには、心から謝罪しているようには感じられなかった。 その直感に間違いはなかった。 なぜなら…警察の態度は、自白した俊光さんのせいで捜査を間違えたと言わんばかりだったという。

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真犯人の判明により、俊光さんの無実は明らかとなったが、手続き上、改めて無罪判決を言い渡す裁判が行われることになった。 俊光さんたっての希望で、弁護士は『自白』を強要した取調官・武田警部補(仮名)の証人採用を2回にわたって請求したが却下された。 再審裁判は無罪を決めるだけの裁判であり、真相究明の場ではないという裁判所の冷たい判断だった。 再審裁判で、無罪になったからといって、孤独であることに変わりはなく、絶望が癒されることはない。 俊光さんが失った人生を取り戻すことは二度と出来ない。

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もちろん間違った判決を下した裁判官からも謝罪の言葉すらない。 やり場のない怒りをどこにぶつければいいのか? 俊光さんは、警察、すなわち県と、検察、すなわち国に対する賠償請求、国家賠償請求訴訟「国賠」を起こす決意をする。 損害賠償の請求額はおよそ1億円。 その真の目的は、事件を「誤り」に終わらせるのではなく、『権力による犯罪』であることを明らかにし、責任を追及しようというものだった。

さらに捜査当局の横暴に納得のいかない一般市民たちが『支える会』を結成。 全国の正義感あふれる弁護士たちが、147名もの大弁護団を作ってくれた。 彼らは、裁判を行うにあたり、捜査資料の開示を求めたのだが…出てきた資料は黒塗りだらけだった。 暴行事件の被害者のプライバシー保護というのがその理由だった。

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国家賠償請求訴訟では警察や検察など、冤罪事件に関わった多くの人物が証人として呼ばれた。
正月と春先の事件で被害者の事情聴取を行い…犯人は別にいるのではないかと、上司に進言したとされる女性巡査は…何を聞かれても具体的なことは答えなかった。

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証人として県警科捜研の技術職員も呼ばれた。 彼は、正月の被害者の衣類の付着物から…犯人の血液型鑑定を担当した人物である。 彼は衣類にあった付着物の検査を行なっていた。 結果を精査すれば、犯人にB型の要素はないと判断できたのにもかかわらず、不明として処理していた。 弁護士の追及に、技術職員は、渋々不備を認めた。 捜査側がこの鑑定内容を十分検討していれば、AB型だった俊光さんは早い段階で容疑者から消え、逮捕にも至らなかった可能性が高かった。

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また俊光さんから毛髪などを採取したにも関わらず、DNA型鑑定を行わなかったとされることについては…血液型鑑定により、被害者の衣類から採取した試料を、全て使い果たしたためだと証言。 しかもこの衣類は鑑定後…被害者に返したため、新たな試料の採取は不可能と述べた。

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国賠訴訟によって、警察の目に余るずさんな捜査が白日のもとに晒された。 しかし警察は捜査の不手際について、痛恨のミスだったなどと、無責任な言い訳に終始。 それだけではない、検察官までもが、いい加減な捜査に積極的に加担していたことまで判明したのだ。 ところが取り調べた警部補はもちろん、検察官も最後まで俊光さんに謝罪することはなかった。

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28回の公判を経て、国賠の一審判決が出たのは、今から5年前。 提訴から6年の月日が流れていた。 だが、その判決で違法とされたのは、警察の一部の捜査についてだけだった。 警部補が俊光さんを犯人とみなして、強い心理的圧迫を加える取り調べを行って自白させたこと。 そして意図する答えが返ってくるまで、繰り返し追及を行った捜査手法は違法であるとされた。 しかし、無罪を証明する電話記録を入手していたにも関わらず、それを検討しなかったこと。 また血液型やDNA型鑑定など、決定的証拠を精査しなかったとされることについては、違法とはいえないとされたのだ!

さらに、検察が警察の調書に記された自白を信用して起訴したことも仕方がないことだとして、国の責任を認めなかった。 結果、県に対しておよそ2000万円の損害賠償が命じられたが、これも請求額のわずか5分の1にすぎなかった。 国賠の一審判決は、俊光さんと弁護団にとって、到底、納得がいかなかった。 しかし、弁護団は控訴することなく、判決を確定させた。 一体なぜか? 再び国賠となると、また果てしなく長い闘いを強いられる、俊光さんを思っての苦渋の決断だった。

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こうして一区切りをつけたものの、俊光さんには、同じような苦しみを味わう人が二度と出てほしくないという思いがずっと残った。 そんな彼が、今も実現したいと強く願っていることがある。 それは『取り調べの完全な可視化』。
昨年6月、取り調べの全過程の録音、録画を義務付ける改正刑事訴訟法が施行された。 しかし、可視化の対象になったのは、殺人など重大な犯罪事件のみ。 法律の施行後も、今回の俊光さんのような事件は、これに該当しないのである。

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国賠での判決後も事件に関わった警部補や検察官はもとより、裁判官や弁護士の誰一人として、俊光さんに正式な謝罪をせず、職を辞するものはいなかった。 一方、俊光さんは今もPTSDに苦しみながら、小さな町でひっそりと暮らしている。

平穏な日常が突如奪われる恐怖、しかし本当の恐怖は…間違いが明るみに出てもなお、謝罪はおろか誰も責任を取ろうとしない。 全てをうやむやにする、そんな現実にこそ潜んでいるのかもしれない。