1月9日 オンエア
天国から帰ってきた女 実録・人類史上初の事故
 
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オーストラリア東部の街・マニラ。 今から13年前の2月14日、この地に多くの人々が集まっていた。
その目的は、6日後に行われるパラグライダーの世界選手権。 この日は、前哨戦となる大会が開催され、34カ国から、およそ150人のパイロットが集結していた。

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その中には、世界のトップパイロットとして尊敬される、中国チームのザンピン、そして、当時35歳のドイツチーム、エワがいた。 故郷ポーランドで、20歳からパラグライダーを始めたエワは、33歳の時、移住先のドイツでチームに参加。 ヨーロッパの大会で、何度も優勝を飾るほどの一流選手だった。

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この日行われた競技は、離陸地点からの飛距離を競うというもの。 標高890メートルの山からスタート。 街中と空港付近を避ければ、どの方向に飛んでも良い。 12時以降、選手は気流を読みながら、自分のタイミングでスタートし、日の入りまでに最も遠い場所まで飛んだ選手が優勝となる。

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パラグライダーは、風はもちろんの事、気象条件によってその飛距離が大きく異なり、100キロ以上飛行出来る日もあれば、10キロ程しか飛行できない日もあるという。
この日は、南風が吹いていたため、その風に乗って北方向へ飛行するのが妥当であった。 しかし、北西・北東方向に大きな雲があり、時間が経つと、その雲が積乱雲に発達する恐れがあった。

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雲は地上の暖かい空気が上昇、上空で冷やされ、含まれていた水蒸気が水や氷の粒になって発生する。 地上と上空との温度差が大きいと、強い上昇気流が発生し、垂直方向に雲が急速に発達。 これが、雷と激しい雨を地上にもたらす、積乱雲である。 中では、暴風雨に加え、落雷もあるため、飛行中に巻き込まれると、生命の危険があった。

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オーストラリアの2月は夏、この日エワはTシャツ・ハーフパンツの上にフライトジャケットを着込むだけの軽装だった。 そして、2秒毎に高度を含んだ位置情報を表示するGPS機、車で追いかける地上スタッフとの交信をするためのトランシーバーを装備。 上空では電波が届かない携帯電話は、ポケットの奥にしまい込んでいた。

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競技開始からおよそ2時間、風を見ていたエワとアンドレアスは、午後2時前にテイクオフ。
飛行の際、選手たちが目標とするのが雲である。 パラグライダーは、上昇気流に乗り、高度を上げながら飛行する。 そのため、雲の周辺にある上昇気流を利用し、上昇。 そして地上に落ちる前にまた新たな上昇気流を見つけて上昇する。 この繰り返しで飛び続けるのだ。

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テイクオフから約1時間、エワは高度2000メートルを順調に飛行していた。 左右に大きな雲が見えたが、かなり距離があったため、問題はないと判断。
チーム監督のステファンも、この時点では、天気も良かったため、何も心配していなかったという。

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だが、それから数分後…アンドレアスからステファンに無線が入った。 前方左右の雲が急速に発達したため、降下をするという。
その時、エワは優勝候補のスイスチームや中国のザンピンらと共にトップグループにいた。 その1キロほど先で、スタート時に北東北西にあった2つの雲が、急速に発達しつつあり、このままいくと共に積乱雲となる可能性が高く、非常に危険な状況だった。

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ステファンは、エワに降下を指示。 だが、中国のザンピンたちも降下する様子がなかったため、エワは飛行を続けることを選択した。
雲が発達しているということは、そこに強い上昇気流が存在する証拠。 エワは発達している雲の端にある強い上昇気流を利用して高度を上げ、積乱雲に巻き込まれる前に雲と雲の間を通り抜け、飛距離を伸ばそうと考えていた。 エワは15年の経験があるベテランパイロット。 その経験から、通り抜けられると判断したのだ。

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しかし 数分後…ステファンに助けを求める無線が入った!
それは、エワが2つの雲の間を通り抜けようとした時のことだった。 左右に離れていた2つの雲が急速に発達、合体し、巨大な積乱雲になったのだ! そして…エワは積乱雲の中に吸い込まれてしまった!

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だが、一体なぜ、経験豊富なパイロットが、積乱雲発達の判断を誤ったのか?
普段、エワたちが飛行しているのは、ヨーロッパや南米の、山の多い地帯がほとんど。 しかし、オーストラリアには、広大な平地が広がっている。 実は、この違いが判断ミスを招いた可能性があるという。

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気象予報士の竹下愛実さんによると…
山の多い場所だと、山に向かって風が吹く事で上昇気流が生じたり、日射しが照りつけやすい場所で積乱雲が発達する。 そのため、目で見て見当がつきやすいのだという。 だが、マニラのように開けた土地の場合、風と風とがぶつかり合って上昇気流ができるなど、その兆候が察知しづらいのだという。 そのために不意を突かれた形で積乱雲発達の(タイミング)に出会ってしまったと考えられるという。

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チーム監督のステファンはその後、着陸したアンドレアスをピックアップ。 その時、驚くべき知らせが届いた。
上空で雷に打たれたとみられる黒焦げの状態の遺体が、発見されたのだ。 その人物は…エワと共に積乱雲に巻き込まれた、中国チームのザンピンであった。

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ステファンは、アンドレアスにエワの携帯電話に電話をするように指示をだした。 なぜなら、無線は故障している可能性があったからだ。 もし、幸運にも積乱雲から抜け出し着陸できていれば、電話がつながるかもしれない。
だが、呼び出し音すら鳴らなかった。 それは、エワが電波の届かない上空にいる、もしくは、何らかの理由で電話が故障していることを意味していた。

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さらに、まだ上空にいるのであれば、積乱雲の強烈な上昇気流により、エワが5000メートルから、さらに高い上空へと、連れ去られた可能性もある。
実は、パラグライダーのパイロットが積乱雲に巻き込まれた事例は、世界的にもほとんどない。 エワが取り込まれた積乱雲は、直径はおよそ20キロ。 高さは9000〜10000メートル程度だったと思われる。

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一般に、上空5000〜6000メートルに達した時点で、気温はマイナス20度。 酸素量は通常のおよそ2分の1まで低下する
上空8000メートルでは、気温マイナス35度、酸素量は3分の1。 登山でも「デスゾーン」と呼ばれ、酸素ボンベなしでは死亡率が格段に上がる、極めて危険な領域に。
さらに9000メートル以上になると、気温はマイナス40度から45度 酸素量は4分の1となり、生身での生存確率は限りなくゼロに近づく。

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連絡が途絶えてから15分が経過。
ステファンとアンドレアスは、一縷の望みをかけ、必死に地上を捜索。 無線と携帯で呼びかけを続けるも…繋がる気配はなかった。

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さらに1時間が過ぎた頃、雨は止んだ。 だが、依然として電話もトランシーバーも繋がることはなかった。 誰もが…最悪の事態を覚悟していた。
その時だった…なんと、エワが電話に出たのだ! しかし、その直後、再び通話が途切れた。 一体、彼女に何が起きていたのか?

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事故当日に彼女が装着していたGPS装置を後に回収。
こちらは、実際のGPSの飛行データである。 高度を2秒毎に記録しているのだが…そこに、信じられないデータが残されていたのだ。 そのグラフを辿って行くと…ある地点から急激に上昇している事が分かる。 この時の最大上昇速度、およそ時速50キロ。

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その到達高度は…9500メートルを遥かに超え、なんと、10098メートル!
10000メートル上空といえば、国際線の大型旅客機が飛行する高度。 外気温は、マイナス55度前後。 そして、酸素量は通常のわずか4分の1程度。

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人間は、体温が34度になると判断力が低下。 32度になると感情がなくなり、不整脈を起こす。 30度になると思考が停止し始め・・・28度以下になると、昏睡状態に陥り、心肺停止に至ると言われている。

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そして、酸素に関しては、通常の2分の1になると、意識が朦朧とし、吐き気に襲われる。 3分の1になると、幻覚が見え始めたり、全身が痙攣したりする。 さらに4分の1になると、呼吸困難になり、およそ6分で死に至ると言われているのだ。

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ここからは、エワのGPS機のデータを基に、事故の全貌を探っていく。
時を、エワが積乱雲に吸い込まれた直後に巻き戻す。 その時、すぐさま下降して、抜け出そうと試みたのだが…上昇気流の風速が30メートルに達していたため、下降できず、ブレーキをかけ、減速させるのがやっとの状態。 わずか数分で、高度5000mまで到達した。

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必死に減速しようとするも、上昇気流はさらに加速。 急上昇する中、エワは意識を失った。 いわゆる、ブラックアウトである。 意識を失った理由は、急上昇に伴う精神的なショックによるものか、急上昇した事により、身体にかかる重力が強くなり、血液が脳にまで上がりきれなくなったためと推測される。

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また、気を失ったことにより、パラグライダーは制御不能状態に陥った。 エワが引いていたブレーキも解除されたことで、上昇速度はさらにアップ。 最高時速50キロ以上に達した。

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そしてエワは、積乱雲の頂点を突き抜けた。 その先は…上空10098メートル。
上空8500メートル以上は、気温マイナス40度から55度。 酸素量、通常のわずか4分の1。 その極限世界に、彼女はおよそ20分間も漂うことになった。

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専門家によると、この時点で体温は32〜30度の間になっていたと考えられるという。 酸素量の観点からみると、通常の4分の1しか酸素がない場合…6分程度で死に至る。 では一体、なぜエワは、この絶体絶命の極限世界で息絶えなかったのか?

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今回、我々はその謎を解明すべく、様々な分野の専門家に取材。 その結果、ある有力な仮説を得ることができた。
教えてくださったのは、酸素医学を研究する鈴木准教授。
「私たちの身体は、あらゆる人が低酸素という環境に応答するためのシステム、『低酸素応答システム』を備えています。」

第1の奇跡 低酸素応答システム

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マラソン選手が、よく大会前に酸素が薄い土地で行う、高地トレーニング。 これは「低酸素応答システム」を発達させるための訓練だという。 このシステムが働くと、酸素を身体に運ぶ赤血球の数が増え、赤血球が通る道である、血管の量が増えるという。 そうすることによって、肺で取り込んだ酸素を非常に効率よく、筋肉や脳などの末端の臓器に届けることができるという。

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低酸素の地域に長期的に滞在し、トレーニングを行う事で…赤血球と血管の量が増え、低酸素の環境でも酸素を多く運べるようになる。 これを「低酸素応答システムの発達」という。 これにより、標高の低い地上に戻れば、身体に行き渡る酸素量が増えるため、より良いパフォーマンスを発揮することができるのだ。

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実は通常の場合、身体中の細胞が欲する酸素の『必要量』は、呼吸により実際に体に取り込まれる『供給量』よりも大幅に少ない。 だが、高度1万メートルでは、酸素が通常の4分の1しかなく、さらに危険な環境から抜け出そうとする動作や、周りを認識しようとする行為など、あらゆる「活動」がいつもより活発になる。 そのため、低酸素により供給量は減少する一方で、体が必要とする酸素の量は増加するため、酸素不足に陥る。

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しかし、あの時彼女は、意識を失っていたため…動作や認識・思考など、あらゆる活動が停止。 酸素が使われるのは、体温保持など生命維持に必要な分のみで済んだため、必要量を増加させずに済んだ。
とはいえ、もしこれが通常の人間なら、それでもまだ必要量の方が多く、この状態で生命を維持するのは難しい。 そんななか、彼女が息絶えなかったのは、低酸素応答システムが発達し、通常の人間よりも、供給量は多く、必要量は少なくなっていたからだと考えられる。

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さらに、エマは、急上昇する前に2時間ほど2000メートル付近を飛んでいた。 低酸素環境にそれぞれの細胞が曝されると、少ない酸素でも生存したり、それぞれの細胞の機能を維持するような状態に変化するという。 そのため、突然急上昇して1万メートルに到達したという過酷な環境に備えるような準備が2時間の間に出来ていたのではないかという。 これにより、『必要量』はさらに減少。 完全に『供給量』が「必要量」を上回ったため、彼女はおよそ20分間も、高度8500m以上を浮遊しても、生命が維持できた可能性が高いというのだ。

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だが、これだけでは全ての謎を解いたことにはならない。
GPSデータによると、エワはおよそ20分かけて、10000〜8500メートル付近をゆっくり降下。 そして、8300メートル付近で急下降している事がわかる。
専門家によれば、これはこの時に、上昇気流から下降気流へと乗り替わったことを示しているという。

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猛烈な上昇気流によって発生する積乱雲だが、最初の「成長期」では、雲の中にある水や氷の粒はとても小さい為、上昇気流に逆らえず、下に降りられない。 その後の「成熟期」になると、水や氷は衝突していく事で成長し、大きな雨粒となり、落下。 その際に、周囲の空気も引きずり下ろしていく。
これによって、積乱雲の一部は下降気流となり、地上にも大雨を降らせるが、まだ上昇気流の方が優勢。 そして「減衰期」になると、下降気流が優勢になっていくのである。

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おそらく、エワが10098メートルに達した際、積乱雲の頂点は、そのすぐ下辺りだったと考えられる。 そして、雲が発達しきって衰退期に入ったことで、徐々にその頂点も下がっていき、完全に下降気流が優勢になったタイミングで、エワは急降下を始めたと推測される。

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こうして何とか極限世界から下降を始めることができたエワ。 だが、本当の危機はここからだった。
下降を始めても彼女は依然として気絶したままだった上に、下降気流に巻き込まれたことによってパラグライダーは閉じていたため、減速できず、自由落下状態に! 時速にして、およそ100キロ! このままのスピードでは、地上に叩きつけられ命は助からない…はずだった。

第2の奇跡 突然の目覚め

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GPSデータによると…それは、高度6900メートル付近。 落下していたエワのパラグライダーの傘が再び開いた可能性が高く、その直後、彼女は意識を回復。
急降下状態の中で突如としてパラグライダーが開いた事により、そのショックで意識が戻ったと考えられるという。

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意識を取り戻したエワは、地上と連絡を取ろうとしたが、無線は凍っていて、反応しなかった。 さらに、上空の気温はまだマイナス30度と低く、極寒。 それでもエワは、意識が朦朧とする中、本能だけでグライダーを操作しながら、ゆっくりと旋回。 グラフによると時速9キロ程度で下降していき、およそ45分後…ついに、地上に降りることに成功したのだ!

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ちょうどその時!ステファンたちがかけた電話がエワにつながったのだ! このときエワは、GPSに表示された自分の位置をステファンに伝えた。
だが…マイナス55度、酸素量通常の4分の1という極限世界に長時間滞在した彼女は、脳や身体に深いダメージを負っている可能性が高かった。

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事故から13年。 今回 我々は、エワの故郷ポーランドの自宅を訪れた。
笑顔で出迎えてくれたエワ。 その姿は、一見 健康そのものに見えるが、本当に深刻な後遺症は残っていないのだろうか?

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GPSに表示された自分の居場所をステファンに伝えた数分後、無事に救助されたエワ。 そして、すぐに病院へと搬送されたのだが…なんと、脳や臓器にも全く異常が見られず、耳と足の軽い凍傷のみで、入院すら必要のない状態だとわかった。 なぜ極限の環境をくぐりながら、脳や臓器に何一つ異常が見られなかったのか?

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宇宙航空医学を研究する暮地本氏が、こんな仮説を教えてくれた。
「今回は、エワさんが低体温になった事で、体の代謝と酸素の需要が減った、この事が彼女を救ったと考えられます。」

第3の奇跡 低体温による細胞保存

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人間は、体内に取り込んだ酸素を用いエネルギーを作り出す。 脳や臓器の細胞は、そのエネルギーを使って代謝などを起こして活動する。 通常、低酸素の環境に人体がさらされた場合、このエネルギーが作られなくなり、細胞がどんどん死んでいく。 脳や臓器の細胞は一度死んだら、元に戻らないため、途中で酸素が供給され始めたとしても、障がいが残る事が多い。

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しかし、高度10000メートルにいたエワの場合、低酸素に加え、低気温の環境に曝されていた。 この時、彼女の体温は30度程度になっていたと推測される。 体温が低下すると、脳や臓器の細胞の化学反応が極端に鈍くなり、必要なエネルギーの量が少なくて済むようになる。 そして、エワは意識を失っていた為、無駄に身体を動かさず、余分なエネルギーを消費せずに済んだ。 そのため、平地の4分の1しか酸素が取り込めなくても、脳や臓器の細胞が極めてエコな状態で活動を続け、後遺症が一切、残らなかったと考えられるのだ。
だが、今回検証した仮説は、あくまで仮説にすぎない。 人体には、我々が知らないだけで、まだまだ未知の力が眠っている可能性が大いにあるのだ。

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奇跡の生還を果たしたエワ、彼女がこのオーストラリア・マニラという地にやってきた目的は、パラグライダーの世界選手権。 しかし、その6日前の大会で、今回の事故にあってしまった。 そのため、精神的にも肉体的にも世界選手権への出場は不可能、誰もがそう思っていた。
ところが…事故から6日後の世界選手権の会場にエワの姿があった! そう、彼女は大会へ出場したのだ。 しかも、事故にあった時と同じパラグライダーで。

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エワは、大会に出場した理由を教えてくれた。
「事故の後、パラグライダーをやめてしまうかどうか考えました。でも大好きだったし 楽しかったので、できればやめたくない気持ちもありました。休息が長ければ長いほど、恐怖心や不安が生じてしまうと思っていたので、もし続けるのであれば、逆に早く飛びたいと思ったのです。」

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凍傷の影響もあり、結果は10位に終わったが、彼女の勇気と情熱に周囲の誰もが感動を覚えた。
その2年後の2009年、エワはパラグライダー選手の第一線から退いた 現在は、自らのパラグライダースクールを設立。 多くの人にその魅力を伝えている。

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エワは、最後にこう話してくれた。
「自分の知識や能力、経験を他の人に伝えるためにスクールを設立しました。リスクを回避しながらパラグライダーを楽しめるように教えています。そして私は日々、生きる意味を考え、生きている事に感謝しています。」