アメリカ・ニューヨーク市クイーンズ地区にある、グランドセントラル・パークウェイ。
多くのニューヨーカーが利用する、この道路で、今から27年前、全米を震撼させる事件が発生した。
発端はハイウェイの出口からほど近い、このガソリンスタンドでのことだった。
その日は、クリスマスイブ。
時刻は夜の9時45分、多くの人が家族と過ごしている時間帯。
交通量は少なく、ガソリンスタンドを利用する客もまばらだった。
そこへ…1台の車がやって来て、「妻が撃たれたんだ 早く 早く救急車を!」と訴えた。
助手席の女性は後頭部を撃たれ、瀕死の状態だった。
被害者は、パメラ・マスカーロ(32歳)。
その車は、夫のジョン(33歳)が運転しており…後部座席には、夫婦の娘・ホーリー(3歳)が座っていた。
店員からの通報を受け、すぐに救急隊と警察が現場に到着。
パメラは病院に搬送された。
捜査を担当したのは、前年から殺人課に配属された、トム刑事。
夫ジョンの話によると…知人の家で行われたクリスマスパーティーからの帰り道、あおり運転にあったという。
相手の車は窓を開けて何か叫んでいたが、怖くて窓を開けずにいた。
すると、発砲され、妻のパメラが撃たれた。
それでも車が追いかけて来たため、ガソリンスタンドに逃げ込んだという。
犯人は、ヒスパニック系の男性、車は白かベージュの薄い色だったという。
だが…ジョンは、パニック状態になり、その瞬間の事をあまり覚えていないと証言した。
その後の調べで、一度ジョンの車に横付けしてきた相手の車が、後方に下がっていき、右斜め後ろから発砲。
弾丸が後部座席のガラスを突き抜け、助手席のパメラの後頭部に命中したと推測された。
もう少しずれていたら、ホーリーの頭に直撃していた可能性も十分に考えられた。
そして日付が変わった25日のクリスマス。
被害にあったパメラは、治療の甲斐も虚しく、この世を去った。
クリスマスイブに起きた殺人事件をメディアはセンセーショナルに報道。
多くの人が利用するハイウェイで起きた事もあり、自分たちも被害に遭うのではと、全米は恐怖に陥った。
警察は、クリスマスや年末年始を返上、事件が起きた高速道路上で排出された薬きょうを探すなど、解決に繋がる糸口を求め、懸命な捜査を開始。
また、ハイウェイを通行するドライバーの中に、事件の目撃者がいないか、徹底した聞き込みを行った。
しかし、クリスマスイブで交通量が少なかった。
また冬のため、窓を開けて運転している者もおらず、有力な目撃情報を得る事は出来なかった。
ジョンとパメラは高校時代に出会い、24歳の時に結婚。
その6年後、愛娘・ホーリーが誕生した。
住まいは、中流階級の人々が多く暮らす閑静な住宅街。
ジョンは会計士、パメラは建築会社で働き、何不自由ない生活を送っていた。
周囲からは、幸せで理想的な夫婦と見られていた。
しかし…聞き込みを続けたところ、それはあくまでも表の顔。
裏ではパメラに入った遺産をめぐり、激しい口論を繰り返していたという証言が得られたのだ。
早速、トム刑事らは、ジョンに遺産について聴取。
だが、ジョンはパメラと口論していた事を完全に否定。
しかし、警察は『動機は金銭トラブル』との見方を変えず、むしろその線が濃厚であると考えていた。
彼らの見立てでは…あの日、パーティの後、夫婦は自宅への帰り道で口論になった。
そして、ジョンは、車が故障したとか、何らかの理由をつけて、ハイウェイの路肩に停車すると…パメラに発砲。
さらに、何者かに襲われたように見せかけるため、もう2発を車に撃ち込んだ。
トム刑事をはじめとする、ニューヨーク市警の刑事たちは、ジョンの周辺を徹底的に捜査。
しかし、ジョンを犯人とする決定的な証拠を見つけることは出来なかった。
一方、警察の捜査の詳細など知る由もない、当時のニューヨーク市長と遺族は、有力な情報の提供者に、合わせて3万5千ドルの懸賞金を支払うと発表。
それでも、犯人逮捕につながる目ぼしい情報が寄せられることはなかった。
真相が分からぬまま、時だけが過ぎて行った。
ところが、事件発生から2年後、
突如、警察内部から思いもよらぬ情報がもたらされた。
ストーカー事件で逮捕されたブルースという男の自宅の鏡に、ジョン夫婦の娘、ホーリーの写真が載っている新聞記事が貼られていたというのだ!
そこで、トム刑事たちは、ブルースの自宅を捜索してみる事にした。
すると…パメラ殺害に使用されたものと、同じメーカー、同じ種類の9ミリ弾が見つかった。
しかし肝心の拳銃は、部屋にはなかった。
さらに、ブルースの職場で聞き込みを行うと…ブルースは、酒癖が悪く、一度怒ると手がつけられなくなり、しょっちゅうトラブルを起こしていたという。
怒りを抑えられない人間なら、交通トラブルだとしても、殺人を犯すかもしれない、トム刑事たちはそう考えた。
事件当日のブルースの出勤表を確認すると…ブルースの自宅から職場のケネディ空港までは、事件が発生したハイウェイを通ることが判明。
さらに、事件当日は夜勤日、勤務開始は午後11時だった。
事件発生時刻は、午後9時45分頃、そのあとジョンの車を追いかけて、ハイウェイを降りたとしても、事件現場から空港までは、およそ20分。
勤務時間には十分に間に合う。
ブルースが犯人である可能性は高いのではないか、トム刑事たちはそう考えた。
その後、ブルースはサラの家への住居侵入罪とストーキング行為により、裁判にかけられ、事件の翌年(1995年)、刑務所に収監された。
刑期は4年。
だが、仮釈放が認められれば…2年半ほどで出所するだろうと考えられた。
警察は、もしブルースが犯人なら、出所する前にカタをつけなくてはと考えた。
そして、ブルースの同僚たちから、事件の日、彼が理由はわからないが非常に怒って出勤してきた、という証言が得られた。
いくつもの状況証拠と、証言により、疑惑は確信へと変わった。
早速、トム刑事たちはブルースの取調べを開始。
だが、1年に渡り、何度も取調べを行ったが、ブルースは事件への関与を否定し続けた。
トム刑事は、ブルースに犯行を自供させる為、ある作戦を立てた。
刑務所は退屈な場所、トム刑事はブルースが暇を持て余し、パメラ殺害に関する話をするかもしれないと考えた。
そこで、彼の隣室の囚人と、ブルースから犯行の供述を引き出せれば、刑を軽くするという、司法取引を行ったのだ。
司法取引をした囚人には、事件の内容は知らせなかった。
なぜなら、何か知ってしまうと、刑を軽くしたいあまり、情報提供者がストーリーをでっち上げることにも繋がりかねない。
こうして、トム刑事の作戦は実行された。
その後、情報屋の囚人はブルースと親しく話す仲にはなったが、パメラ殺害に関する事は一向に喋る気配がなく…何の情報も得られないまま、また1年が経過した。
そこでトム刑事は、次なる作戦に出る。
刑事たちはこの日、堪忍袋の尾が切れたように、ブルースを激しく怒鳴りつけた。
その翌日の事…ブルースが犯行を匂わせたという。
はっきりと認めたわけではなかったが、パメラ殺害について否定することもなかったのだ。
捜査を一歩、前進させたブルースの証言。
実は…トム刑事たちはあえて厳しく取調べ、ブルースの怒りに火をつけようとしたのだ。
怒りを抑えられない性格のブルースなら、帰ってから囚人仲間に事件のことを口走るのではないか…そう考えた。
進展を受け、トム刑事たちはブルースの知人らに再度聞き込みを開始。
だが、そんな矢先、予期せぬ事態が起こる。
隣の囚人が情報屋だと、ブルースにバレてしまったのだ!
トム刑事たちは囚人を守るため、ブルースを別の監房に移す手続きをとった。
この時、ブルースの仮釈放はすでに決定。
釈放の期限まであと1ヶ月と迫っていた。
そして1ヶ月が経過。
ついに、ブルース釈放の日が来た。
仮釈放されたブルースをトム刑事たちが待ち受けていた。
そして、ブルースは パメラ殺害の容疑で逮捕された。
遡る事、1ヶ月。
隣の囚人が情報屋だとブルースにバレ、その囚人に助けを求められた際…トム刑事はブルースが怒りを爆発させている今なら、再び事件に関する話をするかもしれないと考えたのだ。
そして、なんとトム刑事は、ブルースが移動して隣になった囚人にも司法取引を持ちかけ、協力者にしていた。
ブルースはその新しい隣人に、パメラ殺害について話をしたという。
事件について何も知らされていない囚人の証言は、被害者の夫ジョンから聞いた話とほぼ同じだった。
自宅へ車を走らせていたジョンは、何気なく車線を変更した。
悪気はなかったのだが、職場に向かいスピードを上げていたブルースにとっては、目の前に車が急に割り込んで来たように感じられた。
それが彼の怒りに火を付けたのだ。
そこで、夫ジョンに協力をあおぎ、犯行に使われた車を確認してもらうことにした。
実は、トム刑事たちは、事件当日、『ブルースに車を貸した』という知人の証言を得ていた。
その車と、ジョンが見たという車が一致すれば、有力な証拠になる。
ただ、車に詳しい方ではなかったジョンは、犯人の車がセダンタイプである事は覚えていたが、車種を特定することは出来ていなかった。
白やベージュのセダンタイプは国産・外車も含めると、何百種類にも及ぶ。
それでも…ジョンは見事、ブルースが乗っていた車を特定した。
そして、その翌日…ついに、ブルースを逮捕するに至ったのであった。
ブルースは逮捕後、観念したのか、容疑を全面的に認めた。
逮捕から2年後、懲役15年の刑に処されたが、その刑期中に刑務所内で病死した。
ブルースの部屋の鏡に貼られていた、ホーリーの写真が掲載された新聞記事。
偶然の発見が、事件を解決へと導いた。
事件から27年が経った今年。
我々はホーリーさんと話をすることが出来た。
しかし、事件のことは思い出したくないと、父、ジョンさんとホーリーさん、お二人ともカメラの前で、インタビューに答えて頂くことは出来なかった。
取材の中で彼女は現在、マーケティング関係の仕事を、また父ジョンさんは会計士の仕事をしながら、幸せに暮らしていると語ってくれた。
一家がかつて暮らしていた、自宅の近くの小さな公園。
ここは生前、パメラとホーリーが毎日にように遊んでいた場所であった。
町の人々は、追悼の思いを込めて、この公園へと続く曲がり角を『パメラ・マスカーロ・コーナー』と名付け、今なお、彼女を偲んでいる。
現在、日本で問題になっている、あおり運転。
今から3年前の調査では、後方の車にあおられた経験が『よくある』『時々ある』という回答は54.5%。
実に半数以上ものドライバーが被害を受けた経験がある、という結果も出ている。
しかし、あおり運転が社会問題となっているのは、日本に限ったことではない。
こちらの映像は、今から3年前、アメリカ・カリフォルニア州で撮影されたもの。
黒い車が、シルバーの車に横付けし…そのまま執拗に追いかけ回す。
そして…スピードを上げて、シルバーの車の前に割り込み…急停止。
さらに…飛び出してきたドライバーが、相手の運転手を殴り付けた。
他にも、今から2年前、オクラホマ州では…わざと車体をぶつけようとしてきたり…前に出て急ブレーキをかけたりするなど、危うく大事故につながるようなケースもある。
このように、近年アメリカでも、多くのあおり運転が発生している。
データによると、国内で起きた事故の3分の1、およそ200万件が、あおり運転が原因で起こっているという。
さらに…こちらは、今年8月、ネバダ州で撮影された映像。
左の車が、突如 隣車線の車に、発砲。
幸い、怪我人は出なかったが、大惨事に発展しかねない事件も多発しているのだ。
そんな中、今年8月。
ラスベガスで、男があおり運転を行なった末、車に乗っていた女性2人のうち、1人を銃殺するという事件が発生。
10月には、2歳児が誤ってクラクションを数回鳴らしたところ、前方にいた車に乗った男が発砲。
銃弾は男児の腹部に命中。
一命を取り留めたものの、幼い命が脅かされる重大事件も起きた。
こうした事態を受け、新たな法律を制定し、あおり運転を行なった人物に対し、厳しい処罰を与える州も出てきている。
怒りの暴発が引き起こす、あおり運転。
その一瞬の感情が、誰かの一生、そして自分の人生をも台無しにしかねないのだ。