8月1日 オンエア
実録!史上最大の詐欺事件 世界をダマした男
 
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今から11年前の2008年12月、彼らはある男に騙され、ほぼ全ての財産を失っていた。 被害者は、映画監督のスティーブン・スピルバーグ、俳優のケビン・ベーコンなどの超有名人の他、フランスの貴族や世界的な企業にまで及んだ。 いわば「世界を騙した男」…それが、アメリカ金融界のドンと言われた、バーナード・マドフ。 金融に携わる者で彼の名を知らない者はいない。 その理由は、世界最大の株式市場である『ナスダック』の創設者だからである。 そんな世界的な大物であるマドフが、あるウソをおよそ30年間もつき続け、史上最大の被害額と言われる詐欺事件を起こしたのだ。

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アメリカを代表する証券会社や大手銀行が集中する、金融の街、ウォール街。 1960年、22歳となったマドフは、この街でキャリアをスタートさせた。 同年に結婚した妻・ルースと共に、人々から資金を預かり、代わりに投資を行う会社、『マドフ証券投資会社』を創設。 彼は、人懐っこい笑顔、柔和な性格、そして知的な話術で取引相手を魅了。 若くしてウォール街で、その信用を高めていった。

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さらに、起業から11年後の1971年、弟・ピーターの進言により、ベンチャー企業向けの株式市場を創設。 それが、世界初の電子株式市場、『ナスダック』。
それまで、株取引のためには、電話をしたり、市場に出向いたりする必要があり、手間も時間もかかっていた。 だが『ナスダック』は、それら全てをコンピューターで自動化。 さらに、株価情報を提供するシステムなども導入。 これにより、多くの企業が集まり、『ナスダック』は世界有数の巨大市場に成長していった。

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『マドフ証券投資会社』は、ビルの17〜19階の3フロアにあった。 18階と19階のフロアでは、真っ当な投資運用を行っていた。 しかし、『マドフ証券投資会社』の17階のフロアには…家族すら入る事ができないオフィスが存在していた。 限られた人間しか持っていない、カードキーで入室。 その部屋にあったのは、旧式のパソコン一台のみ。 ここにあったのは『マドフ証券投資会社』の特別な部署、選ばれた顧客のみの資産運用を行う、通称『マドフ投資の会』である。

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上の2つのフロアと違っていたのは、この部署では投資家から集めた資金を一切 運用していなかったこと。 そう、正当な業務だけでも十分な収入を得ていたにも関わらず、17階で『投資詐欺』に手を染めていたのだ。 詳しい時期は判明していないが、1980年代後半から、マドフは詐欺行為を行っていたと言われている。

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そんな彼の投資詐欺には、人の深層心理を手玉に取るためのいくつもの徹底したルールが存在した。 『マドフ投資の会』では、年利12〜13%を謳っていた。 現在では年利12〜13%と聞くと、非常に高いと感じるだろうが、当時は年利20%を謳っている会社も数多くあった時代。 むしろ、『マドフ投資の会』の年利は高いものではなく、控えめの方だった。 しかし、実はこれ、高すぎると怪しまれる可能性があると思い、あえてありきたりな年利に設定したものだった。

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彼はまず、投資のための資金を顧客から集めると、その預かった資金から、彼らに毎月およそ1%の利益を支払う。 年利が12%だと、およそ8年で顧客の資産は倍になる計算だが、どんな経済状況でも利益が出るため、彼らは長期に渡って次々と資金をマドフに預けていった。 さらに、顧客が友人などにマドフの投資を話し、その紹介でまた顧客を増やす。 そうやって増やし続けることで成り立つ、いわゆる自転車操業の「資産金詐欺」を行っていたのだ。

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それだけではない、存在価値を高めるため、自分から顧客を集めるための行動を行わなず、顧客は紹介のみでしか受け付けなかった。 そして、すぐには契約せず相手を焦らした。 これらのルールにより、顧客となれた人々は、自分は選ばれた人間だと信じて疑わず、喜んで全財産を差し出した。
そして、顧客に毎月提出する運用報告書ももちろんウソ。 わざわざ複雑な運用方法をでっち上げ、顧客が見ても理解できないように記載した。 こうしてマドフは、長きに渡って世界中の金持ちに投資をさせ、莫大な金を騙し取ったのである。

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だが、マドフが詐欺を始めてからおよそ10年が経った1999年、マドフの仕掛けたまやかしに惑わされず、彼のウソを見抜いた人物がいた。 ハリー・マーコポロス、マドフと同業の投資会社で働く、社内でも有名な数学オタクだった。 そんな彼の元に上司が『マドフ投資の会』の資料を持ってきた。 常に安定した運用益を出し続ける同業他社の分析を指示したのだ。 しぶしぶ資料に目を通したマーコポロス。 そして、4分間見ただけで、資料に書かれている内容がデタラメであると見抜いたのだ。

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マーコポロスは、『マドフ投資の会』の不正についてレポートをまとめると、ウォール街の不正などを監視する機関である、アメリカ証券取引委員会、通称「SEC」にそのレポートを提出した。 だが…なぜか「SEC」は、マーコポロスのレポートを無視。 『マドフ投資の会』の不正が捜査されることはなかった。
なぜなら、マドフは金融界の絶対的存在、そんな彼を捜査してもし何も出てこなかったら…責任問題になる。 それを怖れて調査しなかったと推測された。
マーコポロスは、その後、9年の間に計5度のレポートを「SEC」に提出。 しかし、いずれも受け入れられることはなかった。

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こうして、金融界の超大物、マドフによる投資詐欺は永遠に続くものと思われた。 ところが、今から11年前の2008年9月15日、思いもよらぬ出来事が起きた。
そう、リーマンショックである。 アメリカの投資銀行の大手、リーマン・ブラザーズが金融破綻を起こしたことをきっかけに、アメリカはもちろん、世界が深刻な金融危機に陥ったのだ。 これにより、世界中の投資家たちが保身に走った。 自分の財産を守るために、『マドフ投資の会』からも一斉に資金を引き上げようとしたのだ。 しかし、彼に金を一気に返すあてなどなかった。

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2008年12月11日、バーナード・マドフ逮捕。 投資した被害者は、個人・団体あわせ、およそ1万1000。 その総被害額は…およそ650億ドル、日本円にして6兆円。 これは、大阪府の年間予算のおよそ2.3倍、エジプトの年間国家予算に匹敵するほどの額だった。

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そして、逮捕から6ヶ月後の2009年6月。 巨大詐欺事件を起こしたマドフには、懲役150年が言い渡された。 被害者たちは、返金を求める声を上げたが、そのほとんどが生活苦に追い込まれていった。 自らの全資産、1400億円を預けたフランスの貴族にいたっては、自殺という道を選んだ。

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数多の人間の生活を壊したマドフは、今年で81歳。 今も刑務所の中で生き続けている。