10月25日 オンエア
老人と飛べないコウノトリ 種を超えた愛と絆の物語
 
 
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 クロアチア東部にある街、ブロドスキーバロシュ。 人口わずか2000人ほどのこの街に、一風変わった話題が持ち上がっている。 それは…なんとも不思議な家族についてだという。 その話題は、クロアチア中のメディアが、こぞって取り上げるほど国中を騒がせた!
 
 
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 我々は、今年の7月、渦中の家族を訪ねてみることにした。 この方が家の主、スティエパン・ヴォーキッチさん、現在71歳。 物語は、今から25年前の8月に遡る。
 スティエパンさんは、この地で学校の管理人をしながら、妻と3人の息子と一緒に暮らしていた。 スティエパンさんが湖で釣りを楽しんでいた時、銃声が聞こえてきた。 様子を見に行くと、コウノトリが撃たれていた。
 
 
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 クロアチアには、シュバシコウという種類のコウノトリが暮らす。 コウノトリは渡り鳥で、毎年3月になると、およそ13,000キロ離れた南アフリカからクロアチアに飛来する。 南アフリカが乾季になり、主食となる魚やカエルが獲れなくなる前に移動を始め、餌が豊富なヨーロッパ各国に飛来、湿地帯の近くに巣を作り、生活を始める。 ヨーロッパ各地で一ヶ月ほど繁殖行動を行い、産卵。 半年ほど暮らし、8月になると巣から旅立ち、渡りの途中で群れを成しながら南アフリカへと向かう。
 そして、このコウノトリも餌を求め、湖にいたところをカモ漁に来ていたハンターによって誤って撃たれたと考えられた。 コウノトリは右の翼を怪我していた。
 
 
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 翌日、自宅で応急処置を施したコウノトリを、スティエパンさんは改めて獣医に診てもらった。 だが…診断結果は、あまりに残酷なものだった。 このコウノトリが撃たれたのは、翼の根本の部分。 ここには様々な神経が通っており、それが切断されたと考えられた。 一度切れた神経は、基本的に再生することはない。 よってこのコウノトリは、翼を動かせず、二度と飛ぶことは出来なかった。
 
 
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 コウノトリの寿命は30年あると言われているが、このまま野生に戻したところで、飛べなければ、生きてはいけないだろう。 この時、スティエパンさんは、このコウノトリを飼うことを決意した。
 その時のことを、スティエパンさんさんはこう話してくれた。
「飛べないのなら、私が育てるしかない、そう思いました。まだアフリカを見たことがないであろう 小ささでしたから、クロアチアの言葉で小さくて可愛いという意味の『マレナ』と名付けました。」
 
 
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 そう!クロアチア中で話題になった不思議な家族とは、スティエパンさんとこのマレナの事だったのだ! しかし それはもう、25年も前の事。 重症を負ったマレナが生きているとはと思えない。
 ところが…マレナはまだ生きていた! そう、この鳥こそがスティエパンさんが助けたコウノトリ、マレナ。 今でも、撃たれた右の翼部分が垂れ下がっており、その怪我の大きさを物語っている。
 
 
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 そして、スティエパンさんは25年前から、コウノトリの習性を勉強し、彼女のために様々な世話をしてあげている。 まずは、生活環境。 普通、コウノトリは、屋根などに枝や藁を運んでいき、巣を作る。 しかし、マレナは飛べないので、何も運べない。 そこで…スティエパンさんは自ら枝や藁を集め、 自宅の屋根の上に巣を作り、マレナが自力で登れるようスロープもつけてあげた。 そして、自分では餌を捕りに行けないマレナの代わりに魚を捕獲!
 
 
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 それだけではない。 自宅の倉庫には、釣った魚の鮮度を保つため生け簀を設置! ポンプも取り付け、井戸から新鮮な水を汲み上げられるようにした。 他にも、暑い夏を快適に過ごせるよう、巣に大きな日除けを作ってあげたり、乾燥する時期には、足に保湿クリームを塗ってケアしたりなど、人間の子どもにしてあげるような世話まで!
 
 
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 実は、コウノトリは人間に対し、非常に強い警戒心を持つ生き物。 そのため、連れてきた頃は、スティエパンさんが近づくことも嫌がっていたという。 しかし、今では近づいても逃げることもなく…さらに、触れても全く嫌がらない。 一緒に暮らし始めてから数カ月でマレナは警戒を解き、懐くようになったのだという。 こうして、スティエパンさんには、マレナという愛らしい新たな家族ができた。
 
 
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 しかし、他の家族はと言うと…難しい年頃になっていた3人の息子たちは、マレナの為に必死になる父を遠ざけるようになった。 妻のレーナさんだけが、あまり口出しせず、優しく見守ってくれていたのだが…マレナと暮らし始めてから15年後、彼女は肺癌でこの世を去ってしまった。 妻の死後は、長男がドイツに、次男がオーストラリアに就職するため、家を出ていった。 そして、三男も学業のため、父の元を離れ、めったに帰ってくることはなくなった。
 そう、いつしかスティエパンさんは、たった1人で暮らすようになってしまったのだ。 しかし、マレナだけは、ずっとスティエパンさんの側にいた。 そんなマレナを、スティエパンさんは本当の娘だと思うようになり、マレナもまた、スティエパンさんを父親だと思っているかのようだった。
 
 
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 孤独な老人と、1羽のコウノトリ。 2人の家族の話は徐々に知れ渡り、やがてクロアチアのメディアがその生活ぶりを取り上げるようになった。
 冬になると、本来、南アフリカで暮らすはずなので、部屋の中を薪で温め、アフリカの気候と同じような環境にしてあげる様子や… 独りぼっちでも寂しくないように、テレビを持ち込んで、コウノトリのドキュメント番組を見せてあげる姿などを紹介。 そして、2人のストーリーがクロアチア中に知れ渡ることになる、決定的な出来事が起こる。
 
 
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 これは、今から2年前に撮影された映像。 巣にいるマレナの元へ…1羽のコウノトリが! そして、2羽ともくちばしを鳴らしている。
 実はこれ、つがいになるもの同士の間で行われる挨拶。 そう、やってきたコウノトリは、マレナに好意を寄せる、雄鳥なのだ! そして、1カ月後…マレナは、なんと産卵!母になったのだ!!
 
 
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 コウノトリは通常、雛が旅立つまで、両親が代わる代わる餌を捕りに行き子育てをする。 しかしマレナは飛ぶことが出来ない。 そのためスティエパンさんは、マレナの分だけでなく、雛たちの食事も確保するべく、毎日小魚を20匹以上釣ってくる日々を送ったのだ。 だが、彼はそんな事、苦にも思っていなかった。 なぜなら、マレナの子供は孫同然。 世話をすることが喜びだったからだ。
 
 
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 しかし、通常であれば、雛鳥を触られるだけで母鳥は怒るもの。 なのに、マレナは抵抗せず、スティエパンさんに雛を委ねる。 専門家によると、これはマレナがスティエパンさんを非常に信用している証拠なのだそう。
 こうして、日々成長していった雛鳥たち。 しかし、雄鳥も雛鳥たちも、怪我をしていない健康なコウノトリ。 クロアチアにいるのは、8月までと決まっている。
 
 
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 巣立った雛鳥が、次にヨーロッパに戻って来るのは、親として新たなパートナーと巣作りをするため。 よって、生まれ育った場所に戻ることはないという。
 それは親も同じ。 クロアチアから旅立ったコウノトリが、翌年も同じ国に戻って来るとは限らず、たとえ帰って来たとしても、彼らは毎年パートナーを変えるため、一旦 別れたコウノトリが、再び一緒になることはない。 つまり、パートナーや雛の旅立ちは、飛べないマレナにとって永遠の別れを意味するのである。
 
 
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 ちなみに、クロアチアのコウノトリが旅立つ日は、なぜか雛鳥が8月10日、親鳥が8月28日と決まっている。 そして雛鳥はイスラエルで親鳥が来るのを待ち、そこで合流してから、一緒に南アフリカへと向かうのだという。
 その年の8月…雄鳥と成長した雛たちは、マレナの元から去り、南アフリカに旅立っていった。 再び、一人ぼっちになってしまったマレナ。
 
 
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 雄鶏と子供たちが巣立ってから、2年。 スティエパンさんの元を訪れた我々は、屋根の上にあるマレナの巣を見せてもらうことにした。 そこには、今年生まれたばかりの数羽のヒナたちが! さらに、その奥には…マレナと、もう1羽、コウノトリが。
 なんと、このコウノトリは、2年前にマレナの元にやってきた雄鳥と同じだというのだ。 しかも、驚くべきはそれだけではない! なんと、コウノトリは毎年パートナーを変えるはずなのに、この雄鳥は16年もの間、毎年決まってマレナの元に戻ってきているというのだ!
 
 
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 スティエパンさんは、この雄鳥を『くちばしをカタカタさせる』という意味の『クレペタン』と命名。 スタッフが「どうして毎年マレナの元にやってくる雄がクレペタンだと分かるのですか?」と質問したところ、スティエパンさんはこう答えてくれた。
「彼とは、もう長い付き合いです、間違えるはずはありません。その証拠に彼は私を見つけると側にやってきます。マレナとこのオスを除いて、他のコウノトリが自分から人に近づくことは、絶対にありえません。」
 
 
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 事実、2004年に、この雄鳥にGPSを付け行われた調査でも、マレナのところに戻ってくるのは、同じ個体であったことが証明された。 専門家によれば、同じコウノトリが16年もの間、同一の巣に戻ってくるというのは、前例がないほど奇跡的な事だという。
 そして、この2羽の純愛は、多くのクロアチア人に感動を与え、2016年には街の中心で、クレペタンが戻ってくる瞬間が生中継された。 大怪我をしたコウノトリを救ったことで、マレナという娘、クレペタンという息子、そして沢山の孫たちに囲まれた生活を送ることになった、スティエパンさん。 これはもしかしたら、助けてくれたスティエパンさんへ、マレナからの恩返しなのかもしれない。
 
 
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 今年7月の取材から1ヶ月の後の8月、我々は再びスティエパンさんを訪ねた。 すると、1ヶ月前はまだ幼い顔立ちだった雛たちが、すっかり大人びた姿に! しかし 8月は、クレペタン、そして雛鳥たちが旅立つ時期。
 8月10日、クレペタンとマレナが見守る中…まず雛たちが旅立って行った。 それから15日後、巣にはマレナの姿しかなく…その近くの電柱にクレペタンの姿があった。 このクレペタンの行動をスティエパンさんは、こう分析する。
「クレペタンは距離を置くことで、別れが近いことを、マレナにほのめかしています。互いに背を向けあって別れることに慣れようとしているのです。」 通常、コウノトリのカップルは、同時に南アフリカに旅立つため、このような行動を取ることは専門家でも理解できないという。
 
 
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 そして、3日後の8月28日。 ついにその日が…夫を見送るマレナ、息子を見送るスティエパンさん。 クレペタンは今年も、南アフリカへ向け旅立っていった。 マレナは、寂しさからか、数日間は巣から出てくる事もなく、元気のない様子でいるのだという。
 
 
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 そして、1ヶ月後の今年9月下旬。 スティエパンさんが向かったその先には、巣から出た マレナの姿があった。 スティエパンさんは、独りぼっちになってしまったマレナのために、色々な事をしているという。
 この日は、まず…一緒にドライブへ。 やってきたのは、近所の湖。 コウノトリは元々、水辺で魚やカエルを捕食しながら、生活する鳥のため、水辺に来るとマレナは楽しそうに歩き回るのだという。
 
 
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 そして、夕方になると、マレナを自宅の中へ。 一緒にテレビを鑑賞するのだ。 自然を紹介する番組を見せて、アフリカにいる気分を味合わせてあげるのだという。
 1時間後、マレナが動き始めた。 これは、眠くなってきた合図。 すると、マレナは屋根の上ではなく、倉庫の中へ。 この時期は、夜になると気温が下がるため、暖炉で温めた倉庫に巣を作り、そこで眠れるようにしているのだ。
 
 
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 スティエパンさんは、最後にこう話してくれた。
「運命によって私たちは結び付けられていると思っています。私の妻は10年前に他界しました。その後、私はマレナをより一層いとおしく思うようになりました。彼女を助けられることにとても喜びを感じています。」