8月23日 オンエア
死者からの手紙が犯人を名指し
 
 
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 アメリカの中西部に位置する、ウイスコンシン州。 これは、今から20年前に撮られた実際の映像である。 警察が通報を受け、撮影した現場の映像、そこには 衝撃の光景が記録されていた!
 うつ伏せの状態でベッドに横たわっているのは、女性。 この家に住む主婦、ジュリー・ジェンセン(当時40歳)だった。 彼女はこの時すでに、亡くなっていた。 そして、遺体には目立った外傷がなかったため、自殺だと考えられた。
 ところが…ジュリーの死は『あるモノ』をきっかけに、全米中を騒がせる大事件へと発展していくのである。 その『あるモノ』とは…一通の手紙。 その手紙は、事件後、警察に届けられたのだが…差出人の名は、亡くなった主婦、ジュリー・ジェンセンだったのである!
 
 
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 ジュリーには結婚して14年になる夫、マーク・ジェンセンがいた。 すらりとした長身に、甘いマスク。 証券業界で働くエリート金融マンの彼は、自慢の夫だった。 また、2人の子供にも恵まれた彼女は、幸せの絶頂にいた…はずだった。 しかし、悲劇は起きたのである。
 後日、検死が行われたのが…遺体に目立った外傷はなく、薬の大量摂取による自殺ではないかと考えられた。 しかし、ジュリーは、何不自由ない幸せな生活を送っていたはず。 そんな彼女が、自ら命を絶つことなどあるのだろうか?
 
 
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 この事件を担当した、元検察官は…こう話す。
「ジュリーの家は、誰もが羨む家庭でした。夫婦の仲は良く二人の子供にも恵まれ幸せそのものでした。しかしそれは表向きのことだけで、裏ではとんでもない事態が起きていたんです。」
 これはジュリーの遺体を最初に発見した夫マークが、警察で事情聴取を受けた際の実際の映像である。 そこで、彼は妻を失った悲痛な思いとともに、ジュリーの『ある秘密』を打ち明けていた。 ジュリーはうつ病を患っていたというのだ。
 
 
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 ジュリーがうつ病になったのは、亡くなる7年前のある出来事がきっかけだった。 この話は、夫マーク・ジェンセン氏の証言を元に構成したものである。
 ジュリーは子供たちが全てと言っても過言ではないくらい、彼らを愛し、一生懸命育てていた。 だが、その一方で、エリート金融マンのマークは、仕事が軌道に乗ってきたことで、家を空けることが増え…日に日に帰宅時間も遅くなっていった。 一人で育児に追われ、孤独を感じるようになったジュリーは…家庭の外に救いを求めた。
 
 
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 かつてジュリーが仕事をしていた時の同僚ペリー、二人は育児の話題を通じて意気投合。 友人として互いに頼り合うようになった。
 そして1991年のある日、ジュリーは夫が出張で家を空けた週末、ペリーを自宅に招いた。 それは、彼女にとって束の間の現実逃避だった。 事実、週が明けると、ジュリーは罪悪感に襲われた。 そして…ペリーに別れを告げた。
 
 
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 これで何事もなかったかのように、以前の生活に戻れるはずだった。 しかし、ジュリーは抱えた秘密に耐え切れなくなり、ペリーとの浮気を自ら夫に告白したのだ。 良心の呵責にさいなまれたのもあるが、本心では自ら浮気を告白することで、夫に関心を示して欲しかったのだという。 ジュリーの想いは届いた。 マークは彼女の謝罪を受け入れただけでなく、今後は家族のために時間を割くことを約束した。 ところが…事態はここから思わぬ方向へと動き出す!
 
 
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 マークが会社に行くため家を出ると…家の前に写真がばら撒かれていた。 それは、裸の男女が抱き合っている写真だった。 しかも写真の女性は、どことなくジュリーに似ていたのだ。
 いかがわしい写真は、その後も庭や駐車場など家の周辺で見つかり…処分しても、また数日後には自宅近辺にばら撒かれたのである。 マークはジュリーを傷つけまいと嫌がらせの写真を、彼女が見つける前に処分していたのだが、彼一人では隠しきれないほど写真が届くようになり、遂に…ジュリーが写真を目にしてしまった。
 
 
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 そして、嫌がらせはその後もエスカレート。 写真だけでなく、いたずら電話も頻繁にかかってくるようになった。 そんな嫌がらせが、ジュリーを日々、苦しめたという。
 耐えかねた夫婦はついに警察に相談。 結果、不倫相手のペリーにジュリーに近づかないよう警告が出されたのだが…その警告は無視され、写真だけでなくラブレターまで届くようになったという。 いくら警察に相談しても、その後も写真や手紙による嫌がらせは続き、気づけば最初の写真から『7年』もの月日が経過していた。 マークには妻をいたわることしかできなかった。
 
 
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 マークには妻をいたわることしかできなかった。 そんな頃…家を覗いている人物がいた。 マークはすぐに追い払ったが、相次ぐ嫌がらせにより、ジュリーは、日に日に精神を病んでいった。 医師にも相談し、抗うつ剤などの薬を処方されたが、状態は一向に改善せず、食事もほとんど口にしなくなったという。 そして、ついに…ベッドから起き上がれないほど衰弱。
 マークは献身的にジュリーの看護に努めたのだが…数日後の1998年12月3日、悲劇は起きたのである。 マークはペリーのせいで、妻が自殺に追い込まれたと憤った。 しかし、嫌がらせの写真や手紙と、ジュリーの死を直接結び付けることは出来ないままに、虚しく月日だけが流れていった。
 
 
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 ところが、事件はこれで終わらなかった。 悲劇から9年後の2008年1月。 ジュリーの死について裁判が行われることになったのだ。
 きっかけは、ジュリーの死の数日後、警察に届けられた一通の手紙。 差出人はジュリー・ジェンセン。 驚くべきことに、亡くなった彼女から届けられたモノだった。
 警察はこの手紙を手がかりに、密かに捜査を開始。 聞き込みや証拠集め、さらには内偵に奔走、9年の時を経てついに、ジュリーの死は自殺ではなく他殺だと確信したのである!
 
 
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 そして、捜査の結果、法廷には…不倫相手のペリー、夫のマーク、そして隣人の男テッド。 さらに…一人の謎の女性が集められた。 そして、彼らの前で、手紙の内容が公開されたのである。
 そこには、衝撃の内容が記されていた。 ジュリーが書いた手紙には…自分を殺した容疑者の名前が記されていた。 その容疑者とは!?
 
 
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 死者から届いた手紙…そもそも亡くなった妻ジュリーは、どのようにして、その手紙を警察に送ったのか? 謎を解くカギは、法廷にいる一人の男が握っていた。 それは…ジュリーの家の隣に住んでいた男性、テッド・ヴォイトだった。 テッドは、ジュリーが亡くなる前、家を覗いていた男性だった。
 実は、テッドがジュリーの様子をじっと見つめていたのには理由があった… テッドは、生前ジュリーに『あること』を頼まれていたのだ。 それは…今後、ジュリーの身に何か起きたら、手紙を警察に届けて欲しいということだった。
 
 
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 この時、隣人テッドに託された手紙には、こう書かれていた。
『プレイリー警察署のコスマン刑事、ラッツェンバーグ刑事へ。私はリストのメモを撮影して、1998年11月21日土曜日午前7時に、この手紙を書いています。“リスト”は私に見られるとは思っていない、夫の手帳にありました。意味は分りませんが、もしも私の身に何かあったら…容疑者は夫です。』
彼女が見た「リスト」とは、一体何だったのか?
 それはマークの書斎の掃除をしていた時のこと…夫の手帳にメモが挟まっていた。 偶然目にしたその紙には、恐ろしい単語が並んでいたという。 それは、まるで殺人を犯すために使う道具と思われるリストだった。
 
 
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 ジュリーは救いを求めるよりも証拠を残すことにした。 そして、その写真と手紙を封筒に入れ…隣人に託したのだ。 しかし、本当にそれは、殺人を犯すための道具だったのか? だとするならば、動機は一体何なのか?
 正直、テッドは、当初 ジュリーの思い過ごしだと思ったという。 ところが、手紙を受け取った2週間後…ジュリーの言葉は、現実のものとなったのだ!
 
 
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 彼女の死は、自殺だったのか? 他殺だったのか? 法廷では、それが最大の争点となった。 証言台に立ったのは、ジュリーを担当していた、精神科医。
 医師はジュリーの死を自殺だと証言した。 また、死因については、彼女が日頃服用していた抗うつ剤を、一度に大量に摂取し、発作を起こしたからだと考えられていた。 遺体からは、それ以外の薬物は見つかっておらず、抗うつ剤を無理やり飲まされた形跡もなかった。 つまり、医学的見地からは、自殺の可能性が高かったのだ。
 
 
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 ところが…自殺に傾きかけた流れを、ジュリーの手紙が変える。 そこには、夫マークの『別の顔』が綴られていた。 ジュリーによれば、マークは彼女が犯した過ちを決して許してはいなかったという。 エリート金融マンで、家族思いの夫。 正義感が強く、心優しい彼は…ジュリーの謝罪を受け入れ、執拗に付きまとう不倫男から妻を守り、精神を病み倒れた彼女を支え続けていたはず…。
 ところが…手紙によれば、マークは7年経っても妻の不倫を許していなかったというのだ。 心優しい夫…妻を許さなかった夫、一体どちらが本当なのか?
 
 
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 そして、開廷から数日が経過。 この日、検察は『あの嫌がらせの写真について』追及していた。 嫌がらせに使われていた裸の男女の写真。 その女性はジュリーに似てはいたが、無論、本人ではなかった。
 検察は送り主が、ジュリーに似た女性の写真を用意するためには、多くのいかがわしい写真を収集する必要があると主張した。 そして…マークの会社のパソコンから、大量のポルノ写真が発見されていた。 それが事実ならば、妻に嫌がらせをするために、写真をバラまいたのは、夫・マークだということになる。 だが、マークは…「ポルノ写真を持っていたというだけでばら撒いた証拠にはならない。嫌がらせをしていたのは、不倫相手のペリーに決まっている」と、真っ向から否定したのだ。
 
 
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 そこで検察は、不倫相手のペリーを法廷に呼んだ。 ペリーもまた、自らの容疑を真っ向から否定した。 それだけではない…なんとペリーは、自分自身が嫌がらせを行うことは不可能だと主張したのだ。 なぜなら…彼は不倫していた当時、ジュリーの自宅があるウィスコンシン州に住んでいたが、その後1500キロも離れた、ニューヨークへと引っ越していたからだ。
 嫌がらせの写真は7年間も続き、時には連日、バラまかれることもあった。 ニューヨークで働いていたペリーが、そのような犯行を行うことは物理的に不可能。 この事実から検察は、パソコンに大量のポルノ写真を保有し、嫌がらせを受けた場所の最も近くに住む者…そうマークの自作自演ではないかと推理したのだ。
 
 
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 だとすれば彼は一体なぜ、こんなことをしたのだろうか? 元検察官のボブ・ジャンボイス氏は、こう話す。
「マークはエリート金融マンで、プライドの高い男でした。そんな彼にとって妻の不倫は、許しがたい裏切り行為だった様です。自分が苦しんだことを彼女に忘れさせないために、あのような写真をバラまいたのではないかと推測しました」
 
 
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 決定的証拠はない。 しかし検察が写真について追求すると…マークの表情が変わった。 やはり、ジュリーの死は他殺…不倫を許さなかったマークの犯行だったのか? 誰もがそう思いはじめた時だった…「ジュリーは自殺したんですよ!」
 検察側の主張を真っ向から否定する声が法廷中に響き渡った。 マークの弁護士だった…彼は、新たな自殺説を主張した。 弁護士は、ジュリーが自殺するに至った、その理由に着目。 なんと、ジュリーの自殺は、マークを殺人者に仕立てあげるためだったと言うのだ。 ここに来て検察側と弁護側、両者一歩も譲らず、その主張は再び完全に対立した。
 
 
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 それにしても、弁護側が主張する罪をかぶせるための自殺とは、一体、どういうことなのか? その疑問を解くカギは、法廷にいた謎の女性が握っていた。 ケリー・ジェンセン…彼女は、ジュリーの死から4年後、マークと結婚していた。
 妻を失ったマークが、男手一つで育児と仕事の両方をこなすのは困難だった。 そんな彼を見かねて、育児を手伝ったのが同じ職場で働くケリーだった。 マークはケリーの優しさに惹かれ、ジュリーの死から4年後に再婚。 だが、この2人の結婚を心から祝福するものは少なかった。
 
 
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 なぜなら……
マークとケリーのメールの内容が法廷でも公開された。 その中身を見てみると、まずはマークがこう切り出している。
『ワインを飲みながら1週間前のことを考えている。あの夜は素晴らしかった。imy、iwy』
『imy』というのは、『I MISS YOU(あなたに会いたい)』、『iwy』は、『I WANT YOU(あなたが欲しい)』という意味だ。
 そして、注目すべきは、このメールが2人の間で交わされた日付だった。 それは…1998年10月8日。 ジュリーの死の2ヵ月前のことだった。
 
 
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 つまり、2人はジュリーが生きている時から、すでに深い関係にあったのだ。 しかもケリーには夫がおり、いわばW不倫。 妻の過ちを許さない一方で、マーク自身もまた、別の愛を育んでいた。 そのことを知ってしまったジュリーは、ショックを受けるとともに…夫の裏切りに、大きな憤りを感じていたという。
 弁護側は、ジュリーが書いた手紙は、夫を陥れるための嘘であると主張。 さらに、マークの不倫を法廷で公表してまでも、その身の潔白を主張したのだ。
 
 
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 だが…検察は諦めていなかった…手紙の内容はあくまでも真実であるとした上で、中でも彼らが特に注目したのは、この記述だった。 『私は子供のためにも、自殺をする事なんてありえません。彼らが私の全てなのですから!』 この言葉がある以上、ジュリーが自殺をするはずがないと感じていた警察は…再び遺体を入念に検死。 するとそこから『ある物質』が検出される。
 
 
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 エチレングリコール。
自動車には、エンジンを冷やす冷却水の凍結を防ぐために、不凍液が用いられるが、エチレングリコールはその不凍液の主成分。 人間が飲むと、腎障害を引き起こして最悪死に至るとされ、自殺にもしばしば利用される。
 しかも、エチレングリコールは、特殊な検査を行わない限り検出されないという特性を持っていた。 つまり、ジュリーの手紙が無ければ…警察による特殊な検査は行われず、当初のまま自殺と片付けられていた可能性が高かった。
 
 
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 しかし、マーク陣営はこれを否定。
『たとえジュリーの体から、不凍液が検出されたとしても、マークがそれを飲ませた事にはならない。彼女が自分で飲んで自殺した可能性が高い』と主張した。
 しかし、検察は 手紙のこの部分に着目。 そこにはジュリーが普段口にする医薬品が書かれていた。 まるで死後、自分が検死された時、これら以外の成分が発見される事を予想していたかのようだった。 当然、その中に、エチレングリコールは書かれていなかった。
 
 
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 そしてついに…およそ1ヶ月に及ぶ裁判に終止符を打つ、新たな証言者が現れた。 マークの仕事仲間だった、エドワード・クルッグ。 ある日彼は、マークに自分の妻の愚痴をこぼしたところ、こう提案されたという。
「マークはもし君が今も妻を邪魔だと思っているなら、証拠を残さずに殺せる方法があると…検査されることがなく、遺体から発見されにくい物質があると、殺害する方法を丁寧に教えてくれました。」
この瞬間、いつも冷静なマークが動揺した。
 さらに、その物質は、『エチレングリコール』だと証言したのだ。 正に、決定的な証言だった。 さらに、マークの家のガレージには、車好きなマークのメンテナンスの道具が多数あった。 当然、不凍液も容易に手に入る事が明らかとなった。
 
 
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 2008年2月21日、評決の日。 マークには、第一級計画殺人で有罪の判決が下った。 その後、マークは判決を不服とし上訴。 慎重な審理が行われ、ついに昨年の秋、結審。 判決は覆らず…マークは仮釈放なしの終身刑となった。 後に、あの写真の嫌がらせも本人の仕業と発覚。
 マークは、いたずら電話をかけたり、時に第三者に協力をあおぎ、ラブレターを不倫相手の名前で送ったりしていたのだ。 こうして、ジュリーが傷つく嫌がらせを7年間も続け、彼女の心をボロボロにしていったマーク。 彼は妻の不倫を決して許さず、死に追いやったのだ。
 
 
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 だが、夫の完全犯罪を暴いたのは、あの世から届いた妻のダイイングメッセージだった。 その手紙の最後は、こう締めくくられていた。
『私の人生の最高の愛、希望は私の3つのD。デビッド(長男)ダグラス(次男)そして、ダディー(夫)だから』
 実はジュリーの愛車のナンバープレートにも、夫と2人の息子を示す〝MY 3 D〟の文字が刻まれていた。 手紙では、夫が自分を殺した犯人だと名指ししていたにも関わらず…なぜ、ジュリーは最後に愛の言葉を綴ったのか?
 元検察官のボブ・ジャンボイス氏は、こう話す。
「頭の中では疑いつつも、心の中では夫のことを愛していたのではないでしょうか。どれだけ怪しく見えても、心のどこかで愛する夫を信じたかったのかもしれません。」