7月20日 オンエア
築地 中華店 一家殺害事件
 
 
photo  今から66年前、築地警察署に1人の若者が駆け込んできた。 その若者は、地元の中華料理店 八宝亭で働く、見習いコックの中村裕介だった。 警察署に毎日のように出前に訪れ、署員たちにも良く顔を知られた若者だった。 中村は、店の主人の家族みんな死んでいると訴えた。
 
 
photo  店に向かった刑事達、そこはあまりに凄惨な現場だった。 居間で店の主人とその妻、さらに2人の子供が寝間着姿のまま亡くなっていたのだ。 現場には、凶器と思われる薪割り用のナタが落ちており、遺体はどれも頭部をメッタ打ちにされていた。 普段、殺人事件を見慣れている刑事ですら正視に耐えなかったという。
 被害者4人の胃に残された夕食の消化状況から、死亡推定時刻は午前4時頃。 家からは現金3万円のほか、2通の通帳が持ち去られていた。 残高を合わせると被害総額は27万円、今の価値にするとおよそ800万円だった。
 
 
photo  警察はまず、第一発見者の中村に事情を聞いた。 2ヶ月ほど前から八宝亭に住み込みの見習いコックとして働き始めた中村。
 2階の部屋を間借りしていた彼は、この日、朝9時頃起床。 1階に降りると、血みどろで亡くなっていた一家を発見。 慌てて築地署に駆け込んだという。
 
 
photo  事件解決のためにできることは何でも協力するという中村は、店や家族について知っている限りのことを話した。 中村によると事件前日、太田成子(おおたしげこ)という女性が従業員募集の張り紙を見てやってきたという。
 女は20代半ばで身長は150cmほど、パーマをかけ、ふくよかで化粧は厚め。 その日から住み込みで働き始めたという。
 
 
photo  昼間は特に変わった様子もなかったが、店を閉めた夜11時半すぎ、主人が売上金を計算していると、その女がじっと眺めていた。 さらに、深夜1時半頃、中村がトイレに行こうと階段を降りると、階段脇の女の部屋から、声を殺したような男女の話し声が聞こえた。 女は、夜になって親戚の者が訪ねて来たから、今夜は泊めると言っていた。 男の顔はよく覚えていないが、パーマをかけ、年齢は25〜26歳ほど、鼠色のオーバーを着ていた。 しかし、朝には2人ともいなくなっていたというのだ!
 
 
photo  はたして太田成子とは何者なのか? 警察は、2人の男女の行方を追うと共に、中村を容疑者として拘束。 彼らがその犯行を疑ったのには、いくつかの理由があった。
 一家4人が惨殺されたのだ、叫び声が聞こえてもおかしくない…にも関わらず、中村は朝まで眠っていたという。 さらに、なぜ病院ではなく、警察に通報したのか? 血を流している一家を助けたいと思うなら、まず病院へ運ぼうとするはず。 しかし、中村は警察に駆け込んでいる。
 
 
photo  事件当日の夜、付近の料理屋が八宝亭に電話をかけていたのだが、繋がらなかったことが判明。 不測の事態に備え、犯人が受話器を外した可能性があった。 しかも、その受話器から中村の指紋が検出されたのだ。 そして、謎の女・太田成子とその親戚の男、目撃したのは中村しかいないため、狂言の可能性もあった。
 
 
photo  だが、これらは全て状況証拠に過ぎず、どれも反論できるものだった。 同じ家の2階で寝ていた中村が事件に気がつかなかったことについては…仕事で疲れているため、夜はサイレンが鳴っても気がつかないという。
 また、病院ではなく警察に駆け込んだのも、明らかに死んでいる状態と分かれば不思議ではないのかもしれない。 受話器の指紋も、出前の電話を受けている中村のものなら、検出されてもおかしくはない。 そして、謎の女と男についても、確実に見たと言われてしまえば、それを否定することは難しい。
 
 
photo  そんな頃だった。 現場からほど近い信用組合に、事件の際に盗まれた被害者名義の通帳を持ち、預金を引き出そうとした若い女が現れたという。 だが…届出印とは明らかに違う印鑑だったため、預金の引き出しを拒否。 この時、職員が見た女性の特徴が、中村が語った太田成子の人相と一致したのである。 さらに、八宝亭の常連客も女性のことを覚えており、その特徴は、中村や信用組合の職員が見た太田成子のものと同じだった。
 この事実を新聞は大々的に報道。
すると、警察内で中村を釈放したほうが良いのではないかという意見が出始めた。
 
 
photo  一部の刑事が中村をシロと考えたのには、他にも理由があった。 近所の人たちによると、被害者となった一家の長女は、中村のことを『ゆうちゃん』と呼び、慕っていたという。 また素性調査をすると、中村は茨城の中流農家出身、地元の知り合いにお金を貸すなど、金銭的に困っているとは思えなかった。
 働いた理由も金のためではなく…将来店を開くための修行のためだった。 しかも中村は、実家から仕送りがあるからと、給料を受け取っていなかったというのだ。 主人は中村に熱心に料理を教え、毎月2千円の小遣いを渡していたという。 そんな彼が、恨みや金銭目的で殺すとは到底考えられないと、警察は中村を釈放した。
 
 
 捜査は、太田成子とその親戚の男が共謀し、従業員として先に店に入り込んだ成子が男を手引きして犯行に及んだという線に絞り込まれた。 だが、捜査状況はかんばしくなかった。 凶器のナタは、持ち手部分が木製だったこともあり、当時の技術ではそこから指紋を検出することはできなかった。
photo  さらに終戦から6年、仕事を求め大勢の若者が集まってきた東京、防犯カメラもない時代、太田成子を探すのは並大抵のことではなかった。 そこで警察は、太田成子のモンタージュ写真を作成することにした。 これには、中村の協力が欠かせなかった。 警察に保管されている数千枚もの写真を見せ、顔のパーツを選別。
 さらに、他の目撃者にも協力を依頼。
わずか1日でモンタージュ写真は完成した。
 
 
photo  新聞に掲載されると、効果はテキメン。 警察には連日連夜、目撃情報が寄せられた。 その数、わずか数日間で150件以上。
 そして、写真に似た女の事情聴取が行われる時には、中村はたとえ深夜でも嫌な顔一つせず、顔を出した。 こうして、容疑者から一転、謎の女を知る証言者として、中村は事件解決の最大のキーマンとなっていった。
 
 
photo  新聞記者たちも、謎の女・太田成子の新情報を求めて、中村を追いかけ回した。 中村もまた協力を惜しまず、誘われれば夜遅くても気さくに応じた。 やがて新聞各社は、特ダネ欲しさに中村を取り合うようになっていった。
 こうして彼は一躍時の人となり、何と『私の推理』という手記まで発表。 まるで推理作家のようだった。
 
 
photo  刑事たちはモンタージュ写真によって有力情報を絞り込み、やがて、新宿の旅館に写真とそっくりな女が泊まっていたとの情報をつかんだ。 女の名は『上山陽子(仮名)』。
 その行動がまた怪しかった。 旅館に宿泊している期間の中で、2月21日と22日だけ泊まった記録がなかった。 21日は八宝亭で働き始めた日、翌朝、殺人事件が起きていた。 そして23日から1週間ほど宿泊し、再び姿を消したという。
 
 
photo  警察は上山陽子の実家を突き止め、彼女の親族から立ち寄りそうな場所を聞き出した。 そして、事件から16日後、東京にある兄の家に身を潜めていた太田成子こと、上山陽子の身柄を拘束。 この時、中村は取材で不在だったため、常連客に面通しを行い、太田成子に間違いないとの証言を得て、逮捕に至った。
 そして彼女の口から驚くべき真実が明かされる! 事件の犯人は、中村裕介だというのだ!
 
 
photo  事件の2日前、夜の街で中村と知り合った彼女は、身の上話をした。 すると…中村は彼女を言葉巧みに誘い、住み込みで働かせた。 そしてその夜、悪夢が起こった。
 陽子が目を覚ました時には、既に一家は殺されていた。 無論、親戚と名乗る男は訪ねて来ていなかった。
 
 
photo  そして中村は陽子にこう言った。
「朝9時に信用金庫で14万円を下ろして新宿で待ってろ。言う通りにしないとお前をぶっ殺すぞ」 陽子は中村が怖くて、言う通りにしてしまった。
 だが、中村が用意した印鑑は届出印とは違い、預金の引き出しに失敗。 その後、新聞でモンタージュ写真を見た家族から、自分が疑われていることを知らされたという。 だが、怖くて名乗り出ることはできなかった。 こうして、真犯人が逮捕された。
 
 
photo  その日、中村は留置所に移された。
だがそこで、予想外の事態が起こる!
 その日の夜、中村が隠し持っていた青酸カリで自殺してしまったのである。 よって、犯行の動機や詳細は解明されなかったが、のちの調べで中村が犯人であることを示す確固たる証拠が見つかった。 衣服や2階の部屋などから、被害者の血痕が発見されたのだ。
 
 
photo  動機についても、実家は裕福だったが、中村は女性関係が派手で金遣いが荒く、地元のある女性にかなり貢いでいることが分かった。 地元の知り合いにお金を貸していたというのも、その女性の家族にお金を貸すという形で貢いだもの。 八宝亭に住み込んだのは、女性に貢ぎ始めて以降。 よって警察は金目当ての犯行と判断した。 給料を貰わなかったのは、金には執着がないと店主を安心させるためであり、最初から凶行に及ぶ計画を立て、八宝亭に住み込んだのではないかと推測された。
 
 
photo  しかし中村は、死亡のため不起訴。 一方、巻き込まれた太田成子こと、上山陽子には盗んだものを運搬した罪で懲役1年、執行猶予3年の判決が下された。