8月11日 オンエア
余命わずかな夫…妻との約束ヒマラヤ登山
 
 
photo  今から16年前の4月、ひと組の夫婦がヒマラヤ登頂に挑戦していた。 プロの登山家でもリタイヤするほどの難関をしっかりとした足取りで登っている。
 ともに60歳をこえた夫婦。 さらにこの時、夫は余命宣告を受けた身であった。 それなのになぜ、彼らはヒマラヤに挑んだのか? 山が育んだ夫婦の愛、そして奇跡とは?
 
 
photo  今から56年前、地元秋田で出会った2人。 陽一さんは登山、烈子さんはハイキング好きであった。 山という共通の趣味から2人はすぐに意気投合し、1年後に結婚。
 陽一さんは、きのこ研究の第一人者として活躍するかたわら、妻と共に国内外の山を踏破。 烈子さんも登山の魅力を覚え、結婚後40年近く充実した生活を送っていた。
 
 
photo  だが、そんな陽一さんを不幸が襲う。 それまで病気ひとつしたことがなかった身体に走った原因不明の腰の痛み…
 検査の結果、ガンだった。 さらにガンは、胃、ひ臓、すい臓にも転移しており、すべてが末期状態、ステージ4であった。 この時、医師からは余命3ヶ月と宣告されていた。
 
 
photo  手術で胃とひ臓を切り取っても、余命いくばくもない状況に変わりはなかった。 陽一さんは病室で、残り少ない日々を書き綴ることにした。
『今後どう治療しても、登山は絶対無理と言われた時は死刑判決を受けた感じで目の前が真っ暗になり、倒れそうになった。これで俺の人生は終わったのだと思うと、無性に涙が出て止まらなかった。』
 
 
photo  手術からしばらく経ったある日、陽一さんの目にある光景が映った。 それは、入院以来、毎日家から1時間近くかけ、自転車を漕いでくる妻の姿だった。
 一番辛いはずの妻が自分のために誠心誠意尽くしてくれている。 残された時間、妻のために何かをしてやりたいと思った。
 
 
photo  そんな陽一さんに、ある日とんでもない考えが浮かぶ。 それは『烈子と一緒にヒマラヤに登りたい』
 実は…遡ること4年。 2人は烈子さんの還暦記念に、ヒマラヤ山脈・麓の初心者コースを踏破していた。 そこで烈子さんは、その雄大さに圧倒され、感動。 「この先には5500メートルのゴーキョ・ピークがある」と言う陽一さんに、烈子さんは「そこに行きたい」と言っていた。 そう…いつか2人でヒマラヤ山脈の雪山に登ろうと約束していたのだ。
 
 
photo  当然、医者は反対した。 胃を全摘出し、体力も落ちている末期ガン患者がヒマラヤを登るなど言語道断。
 すると陽一さんは、勝手に仮退院をしてしまったのだ! 理由はひとつ…どうせ死ぬのなら約束を果たしたい。 そして、体力の回復を目的に、烈子さんと山を歩き回った。
 夫の思いを踏みにじることはできない…烈子さんは陽一さんの身体を気にしつつも登山を決意。 2人の過酷な挑戦がスタートした。
 
 
photo  目的地は、あの時2人で話していた、ゴーキョ・ピーク、カラ・パタールというヒマラヤ山脈にある2つの山。 ともに標高は5000mを超える。
 烈子さんは心肺機能を強化するために、重くしたリュックを背負いトレーニングを開始。 吹雪の中でも毎日続けた。
 
 
photo  かくして2人は、夫婦最後の思い出作りに旅立った。 最初の目的地である、カラ・パタール山頂まで全行程はおよそ40日。 上級者向けの長丁場だ。
 当初は陽一さんも予想以上に元気だった。 だが中腹に近づくにつれ、気温も下がっていく。 ガンに蝕まれた体は、この過酷な環境に耐えられるのか?
 
 
photo  壮絶なヒマラヤ登山の様子は、現地で陽一さんが書いた「旅の記録」に記されていた。
『あちこちで大規模な岩雪崩の跡が見られ、通過する時も細心の注意を払わないと思わぬ災害に巻き込まれる恐れがある。しかも新雪の下は凍結した氷河、足を取られ雪に埋もれながら、まさに死に物狂いでただ上を目指した。』
 
 
photo  烈子さんは、当時を振り返りこう話してくれた。
「高さが増すにつれて私は大変だったけれど、主人を見ると別に高さが増したから容易でないというふうには見えなかったです。(周りの登山者は)病気したんだと言っても『えっ!誰が?』ってそんな感じで登っていったんですよ。」
 それは死を覚悟した男の強さなのか? それとも、支えてくれた妻に最高の景色を見せてあげたい…その一心からか? 不可能と言われた夫婦の夢。 だが、2人は一歩一歩、確実に頂上へと近づいていた。
 
 
photo  そして夫婦はついに…登頂に成功した! 余命宣告を受けながら、妻との約束を見事に果たしのだ!
 烈子さんは…「頂上に立ったときはもう、今までいろんな事があったけれど一気に吹っ飛んだ。よく2人で何事もなくここまで来れたってだけで満足。2度とここには来ることもないでしょうし…そう思ったら胸がこみ上げてきてね」と話してくれた。 こうして、烈子さんは末期ガンを押してヒマラヤへと挑んだ夫の勇姿を永遠に胸に刻んだ。
 
 
photo  だが物語はそれで終わらなかった。 ヒマラヤ登頂から16年が経った今年、7月…秋田の烈子さんの元を訪ねてみた。 奥に案内されると…私たちの目に驚きの光景が!
 なんと、陽一さんではないか。 余命3ヶ月を宣告されての強行登山から実に16年。 一体何が起こったのだろうか?
 なんと、ガンの進行が止まったというのだ! 酸素が薄くなる高地では体力が落ちるため、ガンに侵された身体には決して良い環境とは言えないという。 まさに奇跡。
 
 
photo  元国立ガンセンター外科部長、竜崇正博士によると… アメリカで大規模な乳ガン患者の比較研究で、前向きにとらえてお互いに支え合っているグループと、1人で閉じこもっているグループとの生存率を比較すると、倍ぐらい前向きなグループの寿命が延びるという結果が出ているという。 自分のやりたいことを生き生きとやることで、リンパ球が増えてガンを抑えるという免疫療法としての効果があったのではないかというのだ。
 
 
photo  あれ以来、烈子さんと一緒に、何度もヒマラヤへ! 夫婦で山に登ることが生き甲斐になった。
 陽一さんはこう話してくれた。
「人生は1回きりですね。そして死ぬのも1回きりなんです。だから思いついた時、今すぐに行動に移そう。全力投球しようと。そういう姿を自分で描きながら生きているつもりです。」
 
 
photo  今でも2人で山に写真を撮りに行く畠山さん夫婦。 烈子さんは50歳からカメラを始めたというが、その腕前はセミプロ並みだという。
 すっかり元気になった陽一さんは、本来のきのこと野草の研究も充実。 地域文化への貢献が認められ、秋田県芸術選奨特別賞を受賞。
 陽一さんはこう話してくれた。
「山は美しいんですよ。めちゃくちゃに美しいんですよ。山は本当に我々豊かでない人間の心までを和やかにしてくれるし、山があるから人間はのどかな生活ができると私はそう信じています。」
夫婦の愛と絆を育んだ山。時に厳しく、時に優しくもある山の魅力を、これからも2人で伝え続けていく。