6月23日 オンエア
実録!!日本警察の秘密組織…極秘捜査官ZERO
 
 
photo  今から16年前の11月8日、世界の目はアメリカに注がれていた。 ブッシュ対ゴア、報道は大統領選挙一色。 だが…この日、日本ではトップニュースが急遽差し替えられた。 日本赤軍逮捕。
 70年代から80年代に世界を震撼させた国際テロ組織、日本赤軍。 長年、潜伏先さえ分からなかった幹部のうち1人が逮捕されたのだ。
 
 
 数々の重大事件を引き起こしたテロ組織を、ついに解散へと追い込んだ歴史的な逮捕劇。 地球上のどこに潜伏しているかさえ分からない彼らを、警察はどのように探し当てたのか?
 全ては逮捕の10年前に下された、「日本赤軍を日本国内で逮捕せよ」という極秘指令から始まった。 日本に密入国するという保証はない、どこへ隠れるかも分からない、それでも捕まえなければならない。 photo 不可能を可能にした正にミッションインポッシブルな作戦。 そこには、犯人逮捕の際に報道陣に姿を現わす表の捜査官とはまったく別に、6人の裏の捜査官が存在していた。
 彼らに極秘指令を下したのは、警察内ですらその任務を知る者はほとんどいないという秘密の組織。 コードネーム『ZERO』。 これは、秘密組織『ZERO』の指令により、10年の歳月をかけ、赤軍幹部を追い込んだ捜査官の壮絶な逮捕劇である。
 
 
photo  皆さんは『公安』という言葉をご存知だろうか? 『公安』とは、公共の安全を維持するために設けられた警察内の一部門の呼び名である。 各都道府県の警察に存在し、事件が起きてから捜査するのではなく、テロなど日本の安全を脅かす大事件を未然に防ぐために危険な団体の動きを日々追跡している。 公安の捜査内容は機密性が重要視されることから、全てが解決しても明らかにされることはないという。
 
 
photo  そんな厚いベールに包まれた公安の中でも、特に秘密性の高い捜査を行う組織、それが『ZERO』。 通称であり、そのような名前の部署があるわけではないとされるが、この逮捕劇を始め、数々の事件を調査。 長年、公安を研究してきた作家、麻生 幾氏の証言に基づいて、知られざる『ZERO』の捜査に迫った。
 
 
photo  今から25年前、『ZERO』の幹部がある場所へ向かった。 大阪…だが府警本部でもなければ、所轄でもない。 大阪府警本部の近くにある古い雑居ビル。 そこに、何の表札もなく、ただ『302』と番号だけふられた部屋があった。 倒産した不動産から大阪府が買い取ったビルの一室。 そこが、今回 活躍する男たちの拠点となる。
 召集がかかったのは、大阪府の公安課に属する6人の捜査官。 そこで下された司令は、「日本赤軍を日本国内で逮捕せよ」というものだった。
 
 
photo  日本赤軍、学生運動から派生した過激派集団の1つで、世界各地で多数の無差別テロ事件を起こしていた。 共産主義革命という過激な政治思想を背景に、1972年にはイスラエルのテルアビブ空港で銃を乱射、24人を死亡させた。
 さらに1977年には、パリから羽田空港に向かう飛行機をハイジャック。 バングラディシュのダッカ国際空港に強制着陸させると、乗客・乗員151人を人質にとり、服役中だった赤軍メンバーの釈放を要求。 人命を優先した日本政府は、超法的処置で6名の服役囚を釈放。 それは、治安を守るべき警察にとって屈辱だった。
 
 
photo  さらに…逃亡を続ける幹部を、警察は捕まえることができずにいた。 なぜなら、革命という過激な政治的思想を掲げる彼らは、潜伏していたパレスチナで、ゲリラから英雄視され、守られていたからだ。
 だが…日本赤軍の幹部が密入国している可能性があるという情報が入ったのだ。 1991年に勃発した湾岸戦争。 アメリカを主力とする多国籍軍が入ってきた中東は、潜伏先として最適な場所ではなくなっていた。
 
 
photo  そこで、新たな活動拠点として警察が睨んだのが…日本。 かつて安保闘争などの学生運動に参加していた人間…日本赤軍にとって支援者になりうる存在が一番多い場所でもあった。
 政府は日本赤軍幹部の帰国を極めて恐れた。 なぜなら当時は、麻原彰晃という統率力のある教祖のもと、オウム真理教が危険なテロ集団に変貌していた時期。 もし、カリスマ性のある赤軍指導者が帰国したら、麻原と組み、大規模なテロを企てる可能性もある。 日本の安全を守るため、是が非でも幹部を逮捕し、集団を壊滅させたい。
 
 
photo  捜査の拠点となったのは、日本赤軍の支援者が多い大阪。 『ZERO』の司令を受けた追及班6人の闘いが始まった。
 日本赤軍の支援者になる可能性があるのは、かつて学生運動に参加していた者。 だが当時、日本中に2万人以上はいたという。 在職中、10年にわたり公安に務めた元警察官、犀川博正氏によると、当時学生運動に参加していた人たちを警察は把握していたという。
 だが、いつもは普通の生活をしている者も多く、支援者かどうか簡単には見分けがつかない。 追及班にできることは、膨大な数の候補者を徹底的に見張ることだった。 不審な人物をかくまっていないか、マークした数は数百人に及んだ。 6人が同時進行で、長期間、一人当たり何人も追った。
 
 
photo  実は、膨大なリストの中に鍵を握る人物が1人いた。 最初は1人の捜査官がリストアップした、何十人もの対象者の1人にすぎなかった。
 坂田孝一(仮名)、30代の公務員だ。 日本赤軍との接触は確認されていないが、学生時代、学生寮の賃上げ反対闘争に参加、公安のリストに名前が載っていた。 坂田は、勤務態度も真面目で人付き合いも良く、問題は見当たらなかった。
 この時点で班長は、日本赤軍と関係があるとは思えないと思ったという。 そういう人間を外し、対象者を絞れたら楽なのだが…決して対象から外すことはなかったという。 テロリストにしても、警察にマークされていない支援者を好む可能性が高いからだ。 この時点で、赤軍逮捕の指令が下ってからすでに5年が経過していた。
 
 
photo  5年が経ったある日、マークしていた坂田の行動に変化があった。 坂田がお盆や年末年始などの休みのたびに、中国へ渡航を重ねているのだ。 日本赤軍の政治的拠り所である共産主義、それを掲げる中国に何度も行っているという。 班長は、坂田のマークを強化するように指示を出した。 無数の対象者を片っ端から見張りながら、気になる者はマークを強化する。
 さらに、坂田に不審な行動が…たびたび銀行でドイツマルクを買い求めているという。 統一間もない当時のドイツには、日本赤軍と志が同じ過激派集団があるなど、縁が深く、ドイツマルクは活動資金にしやすかった。
 
 
photo  そして尾行を続けているうちに、かつて公安がマークしていた、ある左翼系の集会にも参加したのだ。 しかし、追求班の捜査官は、顔を知られてはいけないため、その集会には潜入することはできない。 集会に潜入し、情報を探る役割は『作業玉』と呼ばれる人物が行うことになる。
 作家の麻生氏によると、作業玉とは情報を提供してくれるだけでなく、捜査官の思い通りに行動してくれる協力者のことだという。 作業玉を作るのは『ZERO』の極秘指令を行う上でも極めて重要な仕事。 長期間の地道な作業が必要である。
 
 
photo  麻生氏の証言をもとに簡単な作業玉獲得の一例を説明する。 まずは、どんな情報を集めたいかによって、それまでの人脈を使い、作業玉にふさわしい人物を選定する。 例えば、左翼思想の映画上映会に顔を出すなど… そして、些細なきっかけで接触を試みる。 当然、警察官という身分を隠して親しくなる。
 
 
photo  さらに、時間をかけ、協力者に相応しい人間がどうかを探る。 こちらを裏切るような人物ではないと、確信を持つと、信頼関係を築いたのち、ひたすらターゲットの弱み、あるいは、困っていることを探す。
 例えば…借金。 そして、ターゲットに救いの手を差し伸べて、信頼させるのだ。 その後も、何かにつけターゲットが困っていると、救いの手を差し伸べ続けるなど…時には1年以上もかけて関係を構築することもあるという。
 
 
photo  そして、関係が構築されたところで、身分を明かす。 ターゲットは驚きつつも、これだけ親身になって助けてくれる男に応えたい一心で、心を開いてしまうのだという。
 作業玉というのは、公安の協力者運営捜査官と同じ考えが出来て、思うように動いてくれる、いわば分身のような者、固い信頼関係で結ばれている。 そのため、時に1人の作業玉を獲得するのに、10年を費やすこともあるという。 だからこそ、日本赤軍の指揮官を国内で逮捕するこの作業は、慎重に時間をかけたのだという。
 
 
photo  指令から6年、作業玉からある情報が入った。 坂田は、指令と同時期、1991年に結成された日本赤軍の活動を支援する団体のナンバー2だという。 つまり、坂田は幹部と接触している可能性があったのだ。 だが、彼は集会に参加したり、時折中国に行くものの、他に不審な点はなく、日本赤軍幹部の密入国は確認できず、指令から7年の月日が経っていた。
 
 
photo  追及班の中で、自分たちのやっていることに意味があるのか…という不満が出てきていた。 だが、そんな捜査員たちを班長は一括! 班長は、学生時代は応援団に入っていた熱血漢で、部下思いな男だった。 部下たちを「絶対に諦めるな」と叱咤した。 しかし、日本赤軍幹部の入国は、8年経っても、9年経っても…確認できず、虚しく時は流れた。
 
 
photo  そんな中、マークしていた坂田に動きがあった。 5月末、彼は銀行のATMで、現金の振り込み作業を行っていた。 同じ光景は翌月も続いた。
 そこで、振込先を特定することにした。 しかし、秘密捜査ゆえ銀行の協力は得られない…一体どうするのか?
 
 
photo  追及班のベテラン刑事が、正面を向いたまま、ATMで振り込みを行う坂田の横へ移動、番号を確認していく。 熟練した公安捜査官は目を動かさずに180度以上見ることができるため、手の動きが見えるのだ。 これを横目技術という。
 
 
photo  振込先は、とあるマンションの管理会社だった。 そして振り込んでいたのは、その会社が管理するマンションの401号室の賃貸料であることも確認。 坂田の家族とは全く関係のない部屋だったため、誰かをかくまっている可能性が高まった。
 追及班は、401号室とマンションの玄関が見渡せる向かいの部屋を視察拠点とし、出入りする人物を24時間、ビデオカメラでチェック。 だが…どれだけ待っても、誰も現れない。
 
 
photo  張り込んでから10日が経ったこの日。 坂田が現れた。 続いてすぐ、薄いサングラスをしてバックを持った中年女性が現れた。
 しばらく観察すると、坂田がその女性に何度となく、ペコペコと頭を下げているではないか。 その姿は、あまりにも異様だった。 そして、ベテラン刑事はその女性の口元に見覚えがあるという。 その女性は…重信房子、日本赤軍のリーダーだというのだ!
 
 
photo  日本赤軍リーダー、重信房子。 明治大学に在籍中、学生運動に参加。 赤軍派と呼ばれる過激派に加わったが、内部での争いに嫌気がさし、1971年、仲間と共に日本を脱出。 中東の地で『日本赤軍』を結成した。
 彼女がリーダーとなって統率すると、それまで殺人などには手を染めていなかった男子学生や若者たちは、とたんに殺人集団と化した。 計り知れない影響力を持つ、最強の女テロリスト。
 
 
photo  実は、公安部門のうち、国外捜査を担当する外事警察は、以前から重信逮捕を目指し、海外で極秘作戦を展開していた。 アテネに重信が現れると聞けば…捜査官が現地のレストランで実際に働きながら潜入捜査。 しかも、1年間も! 結局、重信房子は現れず、徒労に終わったが、こうした苦労は1つや2つではなかった。
 
 
photo  逃亡から30年、かつての重信の写真と、監視カメラに映った女性を比較したが、あまりの変わりように同一人物とは認識し難かった。 撮影された写真は、警察庁の『ZERO』本部にも送られ、すぐに顔認証分析が行われた。 結果…本人の可能性が限りなく高いと判明。
 しかし、指紋など他にも決定的な証拠が必要だった。 ドアノブや部屋から出されたゴミなどから、指紋は採取できそうだが…彼らの捜査は完全秘匿。
 完全秘匿の捜査ゆえ、追及班の捜査官たちは被疑者が住んでいる場所には絶対に近づかない。 人目についたり、被疑者と遭遇する可能性が1%でもあれば、そのような行為は一切やらないのだ。 相手に少しでも『におい』を感じさせるだけで全てが終わってしまうからだ。
 
 
photo  そんな時、追及班にある作業玉から通報があった。 それは、重信房子のタバコの吸い方についてだった。 彼女はタバコを吸う時に、パイプを吸うように手のひらを上に向けるクセがあるというのだ。
 中年女性を追尾することにした追及班。 しかし、少しでも追尾を気づかれたら、彼女は日本を出てしまい、全ては水の泡になる。 よって…完全秘匿で追尾しなければならない。
 
 
photo  完全秘匿の尾行には、いくつかの約束事がある。 相手が振り返るなど、少しでも気にしたら、その時点で尾行は中止。 その方法は刑事ドラマで見るものとは、全く違うという。
 尾行の間隔は最低100m。 公安の尾行のプロたちは…捜査官たちは被疑者の周囲を取り囲んでいる。 いきなり走り出すことを考え、大胆にも被疑者の前を歩く者、100m後ろを歩く者。 見失いかけた時は、単眼鏡を一瞬だけ使い確認する。
 
 
photo  さらに、通りの反対側後方から歩く者。 通りの反対側ですれ違う者。 角を曲がると、他の捜査官が後を追う。 その顔ぶれを小刻みに変えて尾行するのだ。 1人が見失っても支障をきたさないように四方八方から10人以上で、時には100人以上で尾行することもあるという。
 
 
photo  尾行を始めて10日。 本人であると断定する証拠をつかめなかった。 すると…中年女性が、タバコを取り出し吸いだした。 その吸い方は…パイプを吸うが如く、手のひらを上に向けた。 この瞬間、全員が確信を持った。 彼女は重信房子本人だと!
 
 
photo  残された任務は指紋確認だったが… なかなか指紋を採取するタイミングがない。 しかも、外出の機会がめっきり減り、採取できるチャンスは激減。
 そんな頃、恐れていた事態が起きた。 女を見失ってしまったのだ! 見失ってしまった場合は、無理に走って追いかけたりせず、尾行は中止。 数日後に再開するという。
 
 
photo  中年女性は、見失った3日後、マンションに戻ってきた。 すぐに外出するが、手には缶コーヒーを持っていた。
 3人の捜査官で尾行を始めた直後だった。 中年女性は、持っていた缶コーヒーをが捨てた。 あとは、そこから指紋を採取するのみ…回収された缶は、直ちに大阪府警本部に運ばれ、鑑識課によって付着した指紋の分析が始まった。
 
 
photo  その後も尾行を続け、午後6時。 彼女は高槻市のホテルにチェックイン。 そして、日付は変わり午前2時。 指紋が警察に保管されていたものと一致。
 中年女性は、重信房子だった。 偽装結婚しているため、本名は奥平房子。 まさに、日本赤軍の最高幹部だった。
 
 
photo  最大のクライマックスと言える逮捕の任務を任されたのは、あの男たちではなかった。 同じ公安でも検挙班と呼ばれる捜査官たちが担当するという。
 『ZERO』の指令を受けた追求班は、決して犯人や世間に顔を覚えられてはいけない。 最後まで完全秘匿なのだ。
 
 
photo  そして…重信が現われた。 だが、捜査員にとって簡単に身柄を確保できない理由があった。 もしピストルを持っていたら、市民に危害が及んでしまうからだ。
 人気のない場所に移動した、その時…重信房子逮捕。 こうして、重信房子の逃亡生活は終わった。 逮捕後、彼女は意気消沈するでもなく…ガッツポーズを見せた。 その心理はいかなるものだったのだろうか?
 
 
photo  その頃、あの6人の男たちは…マンションを見張っていた部屋で、重盛逮捕の知らせを受けた。 捜査員たちが見張っていたあのマンションからは、パソコンやフロッピー、7台の携帯電話、2冊の偽造パスポートが押収された。 その後の調べで、重信は逮捕の2ヶ月前、関西国際空港から偽造パスポートで密入国していたことが判明。
 取り調べでは一切を黙秘したが、帰国理由としては、国内で新たな活動を模索。 さらに、国外へ逃亡中の他のメンバーの帰国を画策する目的だと思われた。
 
 
photo  彼女が実行犯であると判明していたのは、オランダ・ハーグのフランス大使館を武装占拠したハーグ事件のみ。 検察はこの事件に関して、殺人未遂罪などで重信を起訴した。 その後の裁判では、自らの主義や主張を絶対視、多数の生命、身体への危険を意に介さない身勝手な犯行と、懲役20年が言い渡された。 長年の苦労が実り、日本赤軍のリーダーを逮捕に追い込んだ裏の捜査官たち。
 そして、逮捕の翌年、重信房子は獄中で日本赤軍の解散を宣言した。 重信房子を逮捕できた最大の理由は…赤軍の幹部は必ず日本に再上陸していると確信し、日本のために彼らを逮捕するという強い意志を現場が10年間も持ち続けたことに他ならない。