4月14日 オンエア
息を切らせた合唱団!奇跡の歌声
 
 
photo  アメリカ、ニューヨーク州マンハッタン。 ここに、オープンから150年を数え、観光名所としても知られるコンサートホール「アポロシアター」はある。 これまでにスティービーワンダーやローリンヒルなど、多くの世界的なスーパースターを輩出してきた伝統あるこのホールで、昨年9月、ある風変わりな合唱団のコンサートが行われた。 実はその合唱団は結成されてから、まだたったの5日。 しかもメンバーの中にプロの歌手は1人もおらず、全員が一般人だという。
 
 
photo  さらに…「片方の肺がつぶれています」「声帯出血を起こしました」「ぜんそくと自己免疫疾患です」
その合唱団の名前は…『ブレスレス・クワイア(息を切らせた合唱団)』 そう、実は全員が肺や気管など、呼吸器に障害をかかえていたのだ。
 普段は息をすることさえも苦しい…そんな彼らがなぜ合唱団を結成し、さらに、名門アポロシアターでコンサートを開くことが出来たのか? そこには、あるカリスマ音楽家と夢を諦めきれなかった人々との、熱い出会いが秘められていた。
 
 
photo  今回のコンサートを企画したのは、近年医療機器開発に力を入れている、電機メーカーのフィリップス社。 我々はこのプロジェクトを企画した、広報責任者のエヴァさんに話を聞くことができた。
「もともとは去年、私たちが新しい呼吸補助機器を開発した際に、呼吸器に障害を抱える人たちと出会ったことがきっかけでした。その時いい製品を開発するだけでなく、彼らに何か勇気を与えられるようなことができないかと思ったんです。」
 呼吸器障害の人たちに、勇気を与えたい。 そんなエヴァさんたちが目をつけたのが、イギリスで放送されていたあるテレビ番組だった。
 
 
photo  タイトルは「ザ・クワイア」 英国王立音楽院出身の合唱指揮者ギャレス・マローンが貧困地域の人々や戦争へ向かう軍人の家族たちを訪ね合唱団を結成。 歌を通し地域や家族の絆を深めて行くという人気ドキュメンタリー番組だ。 見所はなんといっても、カリスマ指揮者ギャレスの指導によって、それまで人前で歌など歌ったこともない人達がまるで魔法にかかったように、見事な歌声を披露できるようになること。
 彼だったら、呼吸器に問題を抱え、歌うことを諦めてしまった人達にも希望を持たせることが出来るのではないか? そう考えたエヴァさんはギャレスに連絡をとった。 すると彼はこのチャレンジを二つ返事で快諾、しかも、4日も練習すれば5日目にはコンサートが開けるといってのけたのだ。
 
 
photo  こうして、天才音楽家を引き入れた彼らのプロジェクトはスタートした。 集められたのは、フィリップスの医療機器を使用している患者など18名の男女。
 クレア・ワインランドさん。CF症という先天性の難病を患い、人生の大半を病院で過ごしてきた彼女は、歌うことが何より好きだった。 だが…数年前から断続的に肺機能が低下、吸入器が手放せなくなり、大好きだった歌はもう歌えなくなった。
 
 
photo  ローレンス・レイスさんは、15年前に起こったアメリカ同時多発テロのとき、救急隊員として現場に向かっていた。 倒壊直後の現場で高熱の灰に襲われ、喉と肺を火傷。その後、肺機能の3分の1を失った…それ以来、歌は歌っていないという。
 彼らは皆様々な理由で人生から「歌うこと」を取り上げられてしまった人々。 だが…ギャレスはそんな彼らに向かって、正しい呼吸の仕方を学べば、わずか数日の間に歌えるようになる、そう言いきったのだ。
 
 
photo  練習初日、何も知らされずに集まったメンバーを前に、ギャレスはまずこう語りかけた。
「ギャレス・マローンです。仕事は人を歌わせること。では始めましょう。歌うための呼吸には準備運動が必要です。」 初日は、発声練習やハミングなどを延々と行った。練習というよりも、メンバーの声の特徴を知ろうとしているようだったと、クレアは感じた。
 その後、今回彼らが歌う課題曲が発表された。 曲はアメリカ人なら誰もが知っている80年代の名曲、ポリスの「エブリブレスユーテイク」。
 
 
photo  早速、練習開始。 だが…メンバー全員声がでず、歌はボロボロだった。 それでもギャレスは「大丈夫!完璧だ!」と自信満々だった。 クレアは心の中で「あなたはおかしいわ」と思っていたという。
 ローレンスは練習を振り返り、こう話してくれた。
「このプロジェクトを企画したプロデューサーは間違いを犯したと思いました。それぐらい初日はひどいものでした。」
 
 
photo  不安だらけのメンバーたちと、なぜか楽観的なギャレス。 だが2日目、そして3日目には…メンバーの歌声が目に見えて変わっていた! たった2日間で彼らは驚くべき成長を遂げていたのだ! 一体なぜ?
 クレア「私たちの呼吸はいつもとても速くとても激しいんです。でもあの時、肺に入れた空気を全部一気に出し切らないということを学びました。そういった技術よりも一番大切だったのは、精神的な訓練でした。」
ローレンス「私たちはギャレスを音楽家だと思っていましたが、それは間違いでした。本当の職業はマジシャンだったんです。彼の最も優れた才能は、それぞれの個性を見抜いてその能力を最大限引き出すことでした。」
 
 
photo  プロのように歌うことが全てではない。 障害を抱えていることを恐れず、ありのままを表現すること。 できることからでいい。ただ、できたことに自信を持つこと。 それはギャレスが、メンバーに一番伝えたい事だった。
 
 
photo  そして迎えた、コンサート当日。 「私がイギリスからやって来たのは1週間前、初対面の仲間たちと仕事をするためでした。私たちは奇跡といえる取り組みに力を合わせて挑みました自慢の仲間たちを紹介します。『ブレスレス・クワイア』です!」
 ギャレスのスピーチのあと、メンバーが舞台に登場。 彼らは「エブリブレスユーテイク」を歌い上げた。
 こうして、彼らのコンサートは終わった。 クレアはコンサートを振り返り、こう話してくれた。「病気を患っていると健康になることだけが目的になりがちですが 実際はそうではありません。他にもたくさん夢や目標を持っていいんだ、彼はあの数日間でそれを私たちに教えてくれたんです。」
 
 
photo  世界中を感動させたあのコンサートから半年、クレアさんには今、新たな目標がある。 それは…自身の経験をドキュメンタリー映像として残し、世界中の人々に発信すること。
 クレアさんはこう話してくれた。
「伝えていきたいのは病気のことというよりも、病人に対して社会がどう対処しているかということです。病人は病院に縛り付けられ、生きることだけに精一杯。素晴らしい人生を送ることなんてできないと思われがちです。だから私はそんな社会の偏見を変えていきたいと思っています。」