10月15日 オンエア
京都・五番町事件 〜刺したのは誰だ?〜
 
 
photo  今から60年前、新聞の片隅で若者同士の喧嘩による傷害致死事件が報じられた。 事件が起こったのは京都市上京区・五番町、現在は閑静な住宅地となっているこの一角だが… 昭和30年代、かつては日本有数の歓楽街として知られていた。 そんな欲望渦巻くこの町では若者たちの喧嘩も日常茶飯事。 毎晩のようにいたるところで小競り合いが起こっていたという。
 この日、京都西陣署に勤める小林刑事の元に事件の一報が入ったのは、夜の11時過ぎだった。 それから30分後…搬送先の病院で、被害者・伊藤巧さんが死亡。 死因は鋭利な刃物で臀部を刺されたことによる失血死だった。 間も無く、巧さんが刺される直前まで一緒にいたという、兄・勇さんの証言によって事件のあらましが判明する。
 
 
photo  その日は、巧さんと勇さん、友人2人を含む4人で酒を飲んでいたという。 そして、店を出た時のこと…学生服を着た高校生くらいの4人組とハチあった。 かなり酔っていた伊藤さんたちは、高校生4人組に絡み、喧嘩を仕掛けたという。 兄・勇さんも弟・巧さんも普段は真面目な性格だったが、酔うと見境無く絡んでしまうところがあったという。
 しかし、酔っ払っていたため高校生の方が強く、「ヤバイ」と思い逃げ出した。 高校生たちは「殺せ、殺してしまえ」と言いながら追いかけけてきた。 勇さんは逃げるのに必死で、弟の巧さんがいないのに気がつかなかったという。
 
 
photo  その後、勇さんの話だけでなく、現場で「殺してやる」という言葉を聞いた目撃者の証言などもあって、警察は早々に容疑者を割り出すと… 翌朝には喧嘩相手となった4人の少年たち全員を逮捕した。 すると…彼らは素直に犯行を自供。 亡くなった伊藤さんを追い詰め、殴る蹴るの暴行をした事実を認めた。
 だが…4人とも下駄やスリッパなどで殴ったことは認めたものの、肝心のナイフで刺した件に関しては、全員が頑なに自分はやっていないと容疑を否認。 しかも、実はあの時、彼らも酒に酔っていたらしく、仲間の誰が刺したのか分からないと供述したのだ。
 
 
photo  事件の第一報を受けた小林刑事たちは、いわゆる「所轄」の刑事。 重大事件に関して、捜査の権限を持っていないことが多かった。 殺人の疑いがあった今回の事件も、「京都府警」本部捜査一課の刑事たちが担当。 その一方で、小林ら京都市警察の刑事たちは、取り調べはおろか捜査の状況すら知らせてもらえなかったという。
 
 
photo  そして、逮捕から9日目のこと…ついに一人の少年が刃物で伊藤さんを刺したことを認めたというだ! さらにその少年は犯行に使ったナイフを、現場近くにあるマンホールの中に捨てたと供述。 供述通りここから凶器が出てくれば事件は完全に解決する。
 地味な作業ではあったが、捜査に貢献できることが嬉しかった小林刑事は、自らヘドロをかき分け懸命にナイフの捜索にあたった。 だが…すでに流されてしまったのか、4時間以上もの時間をかけて捜索したものの、ナイフはマンホール内のどこからも発見されなかった。
 
 
photo  ところが、それからわずか数日後のこと… 今度は別の少年が犯行を自供。 ナイフは林の中に捨てたと言い出したのだ。
 そして、この日を皮切りにそれまで頑なに犯行を否認していた少年たちが、突然口々に自分が刺したと犯行を認め、さらにナイフの隠し場所についても明かし始めた。 だが、その場所は供述のたびに異なり、延べ30カ所以上にものぼった。 小林はそのたびに捜索に駆り出され、懸命にナイフを探して回ったのだが…ついに凶器を発見することはできなかったのである。
 結局、凶器のナイフを見つけられぬまま、警察は4人の少年を送検。 後日、検察も彼らを傷害致死罪で起訴することを決定。 これにより、捜査本部は解散し小林刑事らも日常の仕事に戻っていった。
 
 
photo  それから1年…とある映画が上映され初日から大きな反響を呼んでいた。 ちょうどその頃、少年たちの裁判は大詰めを迎えていた。 逮捕後、一度は罪を認めた彼らだったが、公判が始まると再び主張を一転させ、犯行を否認。
 実はあの日、喧嘩の途中で白いシャツを着た見知らぬ男が突然自分たちの間に入ってきたと、新たな供述を展開していた。 その時近くにいた少年たちも、実際に男がナイフが刺した場面を見たわけではないと答えるなど、主張そのものが判然とせず… 検察は彼らの主張を単なる苦し紛れの言い訳に過ぎないと断じていた。
 
 
photo  そんなある日のこと…検察に中村則夫という若い男が訪ねてきた。 彼は、1年前にあった五番町事件についてどうしても話したいことがあるというのだ。 担当の風間検事は、この中村という青年も犯人グループに何か頼まれてきたのかと思っていた。
 実は、およそ1ヶ月前、五番町事件の公判内容を報じた新聞記事には信じられない大スクープが掲載されていた。 それは…「事件当日の夜、犯行現場の近くの公衆トイレで血の付いたナイフを洗っている白いシャツの男を見た」と裁判で証言した女性がいた。 しかも彼女が見たというその男は、服装から人相まで少年たちの主張と一致しており、彼らの言葉を裏付ける重大な新事実とされた。
 
 
photo  ところが…彼女の発言に矛盾を感じた検察は裏付け捜査を開始。 すると、現場検証の結果、問題となった公衆トイレが彼女の証言と全く違う場所にあったこと。 さらに、そもそも彼女は少年たちの友人に頼み込まれ、証言台に立ったことが発覚したのである!
 そこで検察は、後日、検察庁に彼女を呼び出し、改めて証言の審議について追求した。 彼女は裁判で言ったとこは嘘だったと認め、偽証罪で逮捕されたのである! こうして新事実と思われた証言も少年たちが罪から逃れるための策略だったことがわかり、裁判は間もなく判決の時を迎えようとしていた。
 
 
photo  しかし、中村という青年は少年たちの知り合いではなく、「真昼の暗黒」という映画を見て、検察に来る決心をしたというのだ。 「真昼の暗黒」とは、のちに戦後最大の冤罪事件と呼ばれる「八海事件」を題材とした映画。 原作は実際に事件を担当した弁護士が書いたもので、身に覚えのない強盗殺人の罪で死刑判決を受けた若者の悲劇が描かれている。
 実は出版当時、裁判はまだ審理中で刑は確定していなかった。 にも関わらず、本は異例のベストセラーを記録、映画化されたのだ。 冤罪の可能性がある男性が死刑判決を受け、拘置所にいるという事実は日本中に衝撃を与えた。
 
 
photo  この中村という青年は、自分が伊藤さんを刺した犯人だと自首してきたのだ!! 突然現れた真犯人。 彼を動かしたのは、映画を見たことによる自責の念だった。
 しかしなぜ、中村は伊藤さんを刺したのか? そしてその時、すぐ近くにいたはずの少年たちは、なぜ彼が刺したことに気づかなかったのか?
 真犯人・中村の自首はセンセーショナルなニュースとして翌日全国紙でも大々的に報道された。 すると検察もこの一件を「大きな黒星」と表現し、誤認逮捕を認め、傷害致死に関して4人の少年たちの無実が認定された。
 
 
photo  だが…世間を揺るがす大騒動はここからが始まりだった。 釈放後、取材を受ける彼らの口から出た衝撃的な言葉にマスコミが飛びついたのである。 それは…警察による拷問と自白の強要。
 実は少年たちは、公判でいきなり中村の存在を訴えたのではなく、逮捕当初から同様の主張をし続けていたという。 しかし、警察は捜査段階で中村の存在を掴んでいなかったため、少年らの供述は全く聞き入れられなかったという。 そして、いつまでたっても自供をしない少年たちに業を煮やした刑事たちは、顔を机に擦り付けたり、手錠をかけたまま食事もとらせず一日中立たせたりという、拷問のような取り調べをを行ったという。
 
 
photo  さらに、何日も食事を与えず彼らが衰弱した頃を見計らうと、食事を差し出した。 食事に手をつけると…「食うたんなら喋れ。喋らへんと無銭飲食やど」などと脅した。 そして、あまりの辛さに耐え切れず、少年の1人がついに犯行を自供。
 苦しみから逃れたい一心で、知るよしも無い凶器のありかをデタラメに喋った。 こうして彼らは、延べ30カ所もの隠し場所を無理矢理自白させられたというのである。
 
 
photo  そして偽証罪で逮捕された平石政子さん。 実は彼女もまた、様々な不運が重なり偽証の汚名を着せられたと語った。
 あの日、妹と花見に行った帰り道。 目の前にあった公衆トイレで手を洗おうとして、偶然ナイフを洗う中村を目撃したという。 その直後、ばったり出くわした友人に自分が見た事を話したのだが…この時、友人は平石さんが中村を目撃したというトイレを別の場所にあるトイレと勘違い。
 数ヶ月後、彼女は勘違いしたまま知人男性にこのことを話した。 すると…なんとその男性は捕まっていた少年たちの友人だった。 後日、二人は法廷で平石さんから聞いた白いシャツの男について証言。 しかし、裁判所は彼らの話は伝聞に過ぎないとして、正式な証言としては認めなかった。 こうして平石さんが証言台に立つことになったのだ。
 
 
photo  だが、平石さんはそもそも友人がトイレの場所を勘違いしていたことを知らなかった。 当然、二つの証言には矛盾が生じる。 これにより検察は、平石さんが嘘をついていると決めつけ…後日、彼女を呼び出し深夜まで拘束して追求した。 それでも頑なに偽証を否定し続けたのだが…証言が嘘だったと認めない限り帰してもらえず。
 偽証を認めれば、逮捕されても即日釈放になると聞かされた彼女は…証言を偽証だと認めた。 帰してもらう為には、それしか方法がなかったという。
 
 
 少年や平石さんの話を受け、マスコミは人権を無視した捜査があったと大々的に報道。 やがて、国会をも巻き込む大問題に発展した。 参議院本会議では、野党・社会党の議員が、拷問による取り調べの有無を政府に問いただし、その責任を追求。
photo  当時の鳩山首相から直々に…関係者を調査の上、処置したいとの答弁を引き出すほどの騒ぎとなったのである。 こうして五番町事件は日本中を揺るがす大事件となった。
 だが、この事件にはまだ大きな謎が残っている。 中村が犯行を犯した動機。 そして少年たちは、中村が刺したことになぜ気づかなかったのか?その理由である。 実はそこには、今回の事件を引き起こすきっかけとなった、いくつもの不幸の連鎖があった。
 
 
 あの日、弁護士とともに検察に出頭してきた中村は、落ち着きを取り戻すと静かに真相を語り始めた。 実は事件当日の夜、被害者の伊藤さんたちが酒を飲んでいた店に中村も1人で飲みに来ていた。 そして…店の中で伊藤さんに絡まれたのだ。 さらに、店員に「あの人たち飲むとタチが悪いから先に帰ったほうがええよ」と促され、店を出ることになったのだ。
photo  悪いのは向こうなのになぜ自分が店を追い出されなければならないのかと、納得のいかないまま、むしゃくしゃした気持ちで家に向かって歩いていた時のことだった。 偶然、少年たちとの喧嘩から逃げてきた伊藤さんがぶつかってきたのだ。
 最初は、店から自分のことを追いかけてきたのかと思ったのだが、伊藤さんは中村のことを覚えてもいない様子だった。 その時…頭の中で何かが切れたという。 そして…二人はもみ合いになると、怒りで我を忘れた中村は、ポケットからナイフを取り出し、伊藤さんの臀部を二度刺したのち、すぐに現場から逃走した。
 
 
photo  実はこの時、中村にとって幸運とも言える信じられない偶然が起こっていた。 すぐ近くで見ていたはずの二人の少年は…現場が暗がりだったこと、また犯行が彼らからはちょうど見えない死角で行われたこと、などの状況が重なり、伊藤さんが刺されたことに全く気づかなかったのだ。
 さらに、伊藤さん自身、興奮とアルコールで刺されたことに気づいていなかったのか、そのまま中村を追いかけようとした。 そのため、少年たちは彼が臀部を刺されているとは夢にも思わず、再び顔を殴るなどの暴行を加えたのである。
 そして少年たちが現場を後にしたちょうどその頃、奇跡的に疑われることなく現場から逃走することに成功した中村は数キロ離れた公衆トイレで血の付いたナイフを洗うと… 翌日、自宅の庭に穴を掘って、ナイフと返り血のついたシャツを埋め、証拠を隠滅。 これが事件の真相だった。
 
 
photo  その後の検死で、死因は臀部を刺され、大動脈を損傷した失血死と判明。 暴行自体は許されざる行為だが、それが仮になかったとしても、伊藤さんの死は避けられなかったということが医学的に証明された。 これにより、4人の少年は伊藤さんを暴行した罪には問われたものの、傷害致死については全員の潔白が証明されたのである。 一方中村は、自首によって事件の真相が明るみに出たとして、裁判ではその行動が考慮され、懲役3年、執行猶予3年を言い渡された。
 
 
photo  1本の映画をきっかけに、真犯人が自首するというセンセーショナルな話題を呼んだ五番町事件。 しかし、その結末は後味の良いものではなかった。 参議院の法務委員会が提出した最終報告書では、自白の強要があった疑いが強いとされたにも関わらず、拷問や自白の強要について警察側はこれを完全に否定。 また検察側も同様に、平石さんの証言には偽証を疑う余地があったとして、逮捕の正当性を主張した。
 
 
photo  結局、密室での出来事は証拠もなく、真相は藪の中へと消えていった。 だがこの一件以降、世論の捜査機関を見る目はより厳しさを増した。
 それでも冤罪は後を絶たない。 五番町事件から13年後、映画「真昼の暗黒」の元となった八海事件は、最高裁で被告の無罪が確定。 改めて拷問による自白の強要が問題となった。
 そして現在、自白に頼るのではなく、証拠に重きを置く方向へと、捜査の手法は大きく様変わりした。 しかし、こうした変化の背景には、いくつもの悲劇があったことを、我々は決して忘れてはならない。