3月12日 オンエア
実録事件SP★青年が体験した恐怖の6日間
 
 
photo  今から55年前、大阪の町工場に 1人の青年が仕事を求めてやって来た。 秋田昌行(仮名)、弟が以前 この工場で働いていたので、その紹介でやってきたのだ。
 仕事は住み込みのため、安月給ではあったが、アパート代と食事代が浮く。 当時は、秋田さんのように住み込みで働く若者は珍しくなかった。
 同僚の久保健一(仮名)さんも住み込みで働いていた。 秋田さんと久保さんの2人は、工場の2階の部屋で一緒に寝起きすることになった。 秋田さんは久保さんをどこかで見かけた様な気もしたが、他人のそら似だと思って、その夜は眠りについた。
 
 
photo  秋田さんは 仕事が終わったあと、友人のところで1杯やろうと出かけた。 そして、交番の前を通りかかった時…秋田さんはあるものに目を留めた。 それは…逃亡中の凶悪犯の手配写真だった。 その手配写真が同僚の久保にそっくりだったのだ!!
 秋田さんがいた大阪ではなく、東京で起こった事件だったが、新聞やテレビが連日報道していたため 記憶に残っていたのだ。 しかし、日本全国から似ている男がいるという情報が寄せられていたため、警察は秋田さんの話しをすぐに対応しなければいけない情報だとは考えなかった。 そして、ここから秋田さんの恐怖の日々が始まるのである。
 
 
photo  では、その凶悪犯の犯行とは 一体どういうものだったのか? 発端は2か月ほど前に遡る。
 有名私立小学校に通う 7歳の男の子が登校途中に誘拐され、身代金200万円を要求する電話があった。 男の子は、東京にある会社社長の息子だった。 犯人の要求通り、身代金は家政婦が指定の場所に運んだ。
 家族からの通報を受けた警察は、極秘の捜査態勢を取った。 捜査官たちは、身代金の受け渡し場所で、カップルなどを装って目を光らせた。 しかし、日が暮れても犯人は姿を現さなかった。
 翌日の午前中、犯人は身代金を300万円に増やし、新たな受け渡し場所を指定してきたが、この時も姿を現さなかった。 警察は犯人からの次の連絡を待った。
 
しかし…極秘捜査のはずがなぜかマスコミに情報が漏れてしまったのだ。 実は…犯人の顔も名前も分からない以上、事件解決への手掛かりは、誘拐された男の子しかない。 そこで捜査本部は、男の子の顔や身長など、特徴を記した電報を各警察署に送った。 しかしそれが、思わぬ結果を招く。
 
photo 警察署に詰めていた記者が その電報に気づき、誘拐事件を嗅ぎつけたのである。
 今でこそ、誘拐事件が発生した場合、人質の安全が確保されるまで、マスコミは一切の報道を控える『報道協定』という制度が確立している。 しかし…当時、その制度はなかった。
 警察が報道の自粛を求めた時には、特ダネ争いをしていたマスコミ各社の新聞の印刷は、すでに始まっていた! そのため、事件翌日の夕刊で、誘拐された子どもの写真や脅迫電話のことが大きく報じられてしまったのだ。
 
 
photo  結局、警察には誘拐された男の子とよく似た子を目撃したという、一般の人たちからの情報が多数 寄せられることになった。 そして そんな中、犯人から連絡があった。 その電話での口ぶりから、犯人はまだ報道された事実を知らないように思われた。
 子どもの安否を心配した両親は、受け取り場所での張り込みの中止を申し入れた。 しかし警察は、家政婦に万が一のことがあってはと、張り込みを強行。 結果、3度目の受け渡しの場所にも犯人は姿を現さなかったのである。
 それどころか、両親の不安は的中した。 犯人は家政婦の周囲を用心深く観察、警察の監視を見抜いていたのだ。 そして、犯人からの連絡は完全に途絶えてしまったのだ。
 
 誘拐から3日目。 警察は一般から寄せられた情報一つ一つを地道にあたっていた。 その時、刑事が張り込んでいたのは、島村章(仮名)という歯医者の自宅だった。
 
photo 近所の人から寄せられた情報によると、島村が誘拐された子どもとよく似た男の子と一緒にいるのを見かけたという。
 そして その日、島村は愛人の妹から警察が自分について聞きに来たという話しを耳にした。 すると…島村は車で逃走! 警察は島村の車を見失った。
 翌日、島村の家から5キロほど離れた路上で、乗り捨てられた車が発見された。 それだけではない、車内から誘拐された男の子の遺体が発見されたのだ。
 
 捜査本部は島村を指名手配した。 裕福に見えた男は、実は経済的に追いつめられていた。 愛人を作ったことが原因で、妻とは別居。 多額の慰謝料を支払いながらも、離婚調停は暗礁に乗り上げていた。
 
photo  結果、妻と愛人、2人の生活の面倒をみつづけていたにも関わらず、見栄っ張りな性格から高級外車を乗り回す生活を止められなかった。 散財を繰り返したあげく、金融業者から多額の借金を重ね、破産寸前だった。
 警察は逃亡した島村の行方を全力で追った。 マスコミも連日、手配写真と共に捜査状況について報道。 捜査本部には、事件が起こった東京からだけでなく、日本全国から島村らしき人物の目撃情報が寄せられた。 だが、のべ5000人の捜査官が投入されても、その足取りは掴めなかった。
 
 
photo  そんな時だった…大阪の工場で働き始めた秋田さんが、思いがけないことに気づいたのは。 そして秋田さんは、地元の刑事に 一緒に住み込みで働く久保のことを伝えた。 秋田さんにしてみれば、警察が久保の顔をちょっと見に来てくれるだけでも良かった。 しかし警察は寄せられている別の情報を優先し、すぐに動いてはくれなかったのである。
 
 
photo  久保は、雇い主の家族に溶け込んでいた。 その顔の下に恐ろしい殺人犯の素顔が隠されているかもしれないと思うと、ゾッとした。 秋田さんは、社長の奥さんに久保が誘拐犯の島村に似ていると思わないかと聞いてみたのだが… 「ちょっと感じが違うわよ。つまらないこと言って波風たてないでね」と言われてしまった。
 否定するのも無理はない。 連日報道されていたとはいえ、新聞や警察署に貼られていた手配写真は、決して鮮明なものとは言えなかった。 疑っているのは自分だけ…だが、心に浮かんでしまった疑惑は簡単には拭えなかった。
 秋田さんは自分の緊張を和らげるために、久保と打ち解けようと試みた。 だが、久保は全く打ち解けてはこなかった。
 
 
photo  こうして3日が経った時のこと。 秋田さんはあることに気がついた。 名前を呼んでも、久保が反応しないときがあるのだ。 それは…偽名を使っているせいなのではないのか?
 社長にそのことを言ってみたのだが…機械の音で聞こえなかっただけだろう言って取り合ってくれなかった。 勤務態度が真面目だったこともあり、社長は久保のことを完全に信用していた。 しかも、当時 秋田さんが働いていたのは、大阪でも労働者の町として知られた場所。 皆 様々な事情を抱えていた。 彼らにとって、働く者同士、過去に触れないことが暗黙の了解になっていたのだ。
 
 久保は、逃亡中の凶悪な誘拐犯ではないのか?
真実を確認したいと秋田さんは思った。
 そこで、秋田さんは久保を銭湯に誘った。 実は…秋田さんが地元の刑事と話しをした時、島村には盲腸を手術した痕があるということを聞いていたのだ。 秋田さんは久保に盲腸の手術痕があるかどうか確認するため、銭湯に誘ったのだ。
 
photo  銭湯に連れて来てしまえば、お腹の右下にある盲腸の手術痕を確認するのは簡単だと秋田さんは思った。 ところが、お腹の下の方というのは、あえて見ようとすると、思ったように確認することは難しい。 2人の位置関係や、久保の体の向きが邪魔をし、なかなか盲腸の手術痕を目にすることができない。
 それどころか…久保は湯船につかることもなく、さっさと上がってしまった。 と…久保が着替えていたその時だった!手術痕が見えた! 久保には、確かに盲腸の手術痕があったのだ!
 
 
photo  久保と一緒に帰宅したあと、秋田さんは警察に通報するため、すぐに家を出た。 ところが、警察署の前まで来て、急にためらってしまった。 冷静になって考えてみれば、盲腸の手術痕がある人はたくさんいる。 今 警察に届け出ても、他の証拠を求められるだけだ。 秋田さんはそう考えたのだ。 皮肉にも、盲腸の手術痕を確認することで、久保への疑惑は深まり、秋田さんの不安は増すことになった。
 
 
photo  誰も自分の言うことを信用してくれない孤独。 もっと確かな証拠を探すしかないのではないか? そんな考えが頭から離れない。 だが、もし久保が凶悪な逃亡犯だったとしたら…自分が疑っていることがバレた時、何か危害を加えられてしまうかもしれない。
 そんな時、久保から誘拐事件について新しい記事はないのかと聞いてきたのだ! 連日の報道によって、島村のことは日本中に知れ渡っていた。 しかし、事件から2か月が経っても、その行方は一向に掴めない。 警察は、逃げ切れず、追いつめられた島村が自殺した可能性もあるとみて、山や川で遺体の捜索を始めていた。
 久保は、「君はどう思う?」と聞いてきた。 秋田さんは、久保の問いを曖昧にごまかすしかなかった。
 
 
photo  秋田さんは、同じ町工場で働いていたことのある弟に、同僚を怪しいと思っていることを相談した。 だが、弟は確たる証拠もないのに、仕事仲間を疑っている秋田さんのことを責めた。
 もし…人違いだったら…取り返しのつかないことになる。 しかし、もし犯人だったら…凶悪犯をこのまま野放しにいて良いはずがない。 秋田さんは悩んだ。 しかし、どうやって確かめたら良いのか?疑うそぶりを見せたら、殺されてしまうのではないか? 同じ部屋で眠るのは、地獄の苦しみだった。
 
 日曜日、急な仕事を頼まれたのだが…秋田さんは仮病を使い仕事に行かなかった。 心身ともに追い込まれた秋田さんは、ついに確かな証拠を見つけるため、久保の私物を調べることにしたのだ。 とにかく真実を確認したい、その一心だった。 突然やって来たこのチャンスを逃すことはできないと思った。
 
photo  そして…タンスから久保の風呂敷包を見つけた。 その中にあった 上着のポケットから一冊の手帳が出て来た。 そこには、日記の様なメモが記されていた。
 「パチンコ屋で1日10万円の礼金を出すから2〜3日家を貸してくれと言われ、金に困っていたので請け合った。男が子どもを連れて来た。男は言った『誘拐した。お前の家が現場だから お前も共犯になっている。うまくいったら100万円くらいの分け前をやるから黙っていろ』」
 そこには、誘拐の主犯は別にいることが記されていたが、久保が逃亡中の島村であることは間違いなかった。 秋田さんは手帳を手に、こっそり家を出た。
 
 
photo  その日の夕方。 秋田さんの通報によって、ついに島村は逮捕された。
男の子の誘拐、殺害事件から63日目のことだった。 その身柄は、すぐさま大阪から東京に護送された。 駅や警察署には、日本中を騒がせた犯人の顔を見ようと、多くの群衆が集まった。
 では、島村が手帳に記した主犯の男とは一体何者だったのか? 実はそこには、あるアンビリバボーな真実が隠されていた!
 
 
photo  取り調べで、島村は自分は巻き込まれただけだと主張したが、警察は綿密な捜査によって、島村以外の指紋などが一切発見されていない事実を突きつけた。 すると…手帳に書いたとこは罪から逃れるために書いたウソだったと自白したのだ。 そう、全ては警察を欺くために、島村が仕組んだ策略だったのだ。
 万が一 捕まったとしても、主犯がいることにすれば 言い逃れが出来る。 それを見越して、偽の日記を書いた。 しかし 皮肉なことに、その日記を読んだ秋田さんによって、警察に通報されたのだ。 結果、取り調べでもウソを貫き通すことができず、自白に追い込まれた。 自ら仕組んだ策に溺れて、墓穴を掘ったのである。
 
 
photo  借金の泥沼にハマっていた島村は、誘拐の身代金で打開しようとしていた。 登校途中の子どもを言葉巧みに誘拐し、自宅に連れ込むと、騒がれないように睡眠薬を飲ませて眠らせた。 その後、身代金の受け渡し場所まで向かったのだが、家族に釘を刺したにも関わらず、警察が張り込んでいたのだ。
 さらに、誘拐から3日目の早朝。 自宅に届いていた新聞を見て、島村は目を疑った。 事件のことが報道され、自分の犯行が筒抜けになっていた。
 
 
photo  さらにその時、眠らせていた子どもの異変に気づいた。 呼吸が衰え、脈拍も弱っていた。 騒がれないように飲ませた 強めの睡眠薬が原因だと思われた。 誘拐された子どもの写真が大きく報道されていたため、救急病院に連れて行くことなどできない。
 島村は、子どもを殺害することを決意。
部屋を密閉してガスを充満させ、中毒死させた。
 
 
photo  その後、遺体を遺棄するため、車に積み込んだ。 しかし、運び出す直前、警察の捜査が身近に迫っていることを知らされる。 慌てて逃亡するも、遺体を運び出す余裕もなく、そのまま車を乗り捨てた。 だが、ナンバーから、間もなく持ち主である島村の名前が割り出されたのである。
 一か月後、島村は大阪まで逃亡し、偽名を使って 住み込みの町工場に潜り込むことに成功。 しかし、同僚の秋田さんによって正体を暴かれ、逮捕されたのだ。
 裁判で島村には、死刑判決が下された。 事件から11年後、刑は執行された。
 
 
photo  実は、この児童誘拐殺害事件は、その後の日本の報道に大きな影響を与えた。 島村は、子どもを殺害したことに関して、「新聞の報道で非常に追いつめられた。」と語ったという。 マスコミはこれまで、例え誘拐事件であっても 競い合って報道していた。
 しかし この事件で、島村は報道が子どもを殺害した原因になったことを示唆したのだ。 事態を重く見たマスコミは、各社で話し合いを行ない、誘拐事件の報道は、人質を取り返したときか、犯人が逮捕された時に行なうという方針を定めた。 そう、この事件の反省が『報道協定』のきっかけとなったのだ。 誘拐事件が起こった時、人質の命が少しでも危険にさらされないように。
幼き命が奪われた今回の事件、その教訓は今も、メディアのなかで活かされ続けている。