2月6日 オンエア
歌えなくなったアーティスト★奇跡の友情秘話!
 
 一昨年の夏に開催された東日本大震災の被災者を応援する音楽フェスティバル。 その中で、Mr.Childrenの桜井和寿さんが、あるバンドについて熱く語った。 それは、あの元BOØWYの氷室京介さんも認める伝説のバンド・・・ROGUEのことだった。
photo  「終わりのない歌」。 それは28年前、ロックバンドROGUEのボーカル、奥野敦士さんが作詞作曲した歌。 そんな彼は今、群馬県にある障害者支援施設で重度の障害者として暮らしている。 正常に動くのは胸から上の部分だけ。 肘から先の手も自由がきかない。 食事すら介護を要する体だ。
 彼は一体なぜこんな障害を負ってしまったのか? そして周囲を驚かせた奥野さんの奇跡の復活。 そこには、親友・香川誠さんとの厚い友情があった。
 
photo  奥野敦士と香川誠、同じ群馬県で生まれた2人は18歳で上京。 音楽の専門学校で出会った彼らは意気投合、共にメジャーデビューを目指した。 安アパートで一緒に暮らすギリギリの生活。 それでも夢だけは諦めなかった。
 そして22歳の時、ついにその夢を叶える。 2人が中心となり結成したROGUEがメジャーデビューを果たしたのだ。 奥野の天才的な歌唱力と香川の圧倒的なギターのテクニック。 ROGUEは日本の音楽シーンにその名を刻んだ。
 
photo  代表作は奥野が作詞作曲を手がけた「終わりのない歌」。 そして1989年、日本武道館で行われた単独ライブで8000人を動員、伝説のバンドとなった。 しかし・・・翌年、突如バンドは解散。
 それは、奥野の一方的な理由からだった。 その時、奥野はソロ活動をすることに頭が一杯になっていた。 香川は、自分の好きなROGUEを奪われたと感じた。
 
photo  2人はわだかまりを抱えながら、決別。 それぞれ新しい道を歩み始めた。
奥野はソロ活動の傍ら、役者も兼業。 その活躍は多岐にわたった。 バラエティ番組ではビートたけしと共演、芸能生活を謳歌していた。
 一方、香川もギタリストとして氷室京介らと共演するなど、成功を収めた。 しかし・・・香川は自分が愛したバンドを奪われた悔しさを決して忘れることはなかった。 そのため、コンサート会場などで奥野と顔を合わせても、一切口を利かなかったという。
 
photo  だが、月日が流れるにつれ、奥野は現実の厳しさを思い知らされるようになっていた。 徐々に仕事は減り、生活は荒んでいった。 毎日、浴びるように酒をあおった。 いつしか、バンドの仲間が恋しくなっていた。
 そして順調に見えた香川の心にもある変化が・・・。 香川がお酒の席で何気なく「ROGUE 一回やろうかな」とつぶやいた。 すると、その場にいた人が関係者に全部電話するように薦めた。
 香川は苦悩する奥野に手を差し伸べたわけではなかった。 ただもう一度、一緒にステージに立ちたかったのだ!
 
 奥野は再結成のために荒んだ生活から脱却したいと、酒を断つことを決意。 解体業の仕事を始め、生活を一変させた。 そして夜は復活ライブに向け、曲作りに精を出した。
 香川から再結成の電話があった4か月後のこと。 photo 奥野は地上7mの屋根からコンクリートの床に転落したのだ! 目を覚ましたのは、数時間後のことだった。 だが・・・首から下の感覚がなくなっていた。
 診断結果は、頸椎損傷。 神経が集まる頸椎の損傷は、現代医学では治療法はない。 奥野は胸から下が全く機能せず、トイレにも行けない完全介護の身になった。 この時、香川は・・・再結成を言い出さなかったら奥野が怪我をすることはなかったのでないかと思ったという。
 
photo  厳しいリハビリが始まった。 しかしそれは、歩けるようになるためではなく、腕や手など動く可能性が残っている場所の筋肉をほぐし、わずかな改善を目的としたものだった。
 事故から2か月が過ぎた頃、奥野は一人、屋上に出た。 歌が歌えるかを確認するために。 だが・・・日常会話はできる。しかし、歌を歌うための腹式呼吸ができなくなっていた。
 香川は、一度だけ奥野の見舞いに訪れた。 しかし、2度と行くことはなかった。 香川は、表現者として大事なものを奪われてしまった奥野の姿を認めたくなかったのだ。
 
 一方、奥野は再結成ができなくなってしまい、香川に対して申し訳ない想いで一杯だった。 自責の念と、歌えない現実・・・絶望のドン底に陥っていた時だった。 photo 施設にカラオケルームがあることに気づいた。
 そこで、介護士にお腹を押してもらったら、声が出た! そこで、車椅子の安全ベルトをきつく締めてもらった。 すると、お腹を押してもらった時と同じように声が出せたのだ! お腹に圧力をかければ、腹式呼吸と同じ状態になり声がでるかもしれない。 それは、歌いたいという執念からひらめいたアイディアだった!!
 以来、毎日声のリハビリを繰り返した。 感覚のない腹筋を鍛え、腹から声を出すために。
 
photo  そんなころ、友人達が奥野のトリビュートライブを企画、実現させた。 だがそこにも、香川の姿はなかった。 香川は、復活へのエールは逆にプレッシャーを与えるのでないか・・・そう気遣っていたのだ。
 歌のリハビリを開始してから1年半が過ぎた頃、奥野は自分の歌っている姿を撮影した。 曲は、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」。
 映像をインターネットに公開すると、歌声を聴いた友人達から驚きの声が寄せられた。 だが、香川は決して見なかったという。 香川は、ハンディキャップのある人が頑張っていると見えてしまうのが怖かったのだ。 ファンを熱狂させたあの歌声を知るからこそ、同情したくなかった。
 
photo  そして事故から4年後の夏、運命を変える出来事が・・。 Mr.Childrenの桜井和寿さんが車椅子で歌う奥野について熱く語ったのだ!
 このライブを偶然 目にした人物こそ、香川だった。 会場で流された映像で初めて奥野の歌声を聞いた。 香川はこの時「何だ歌えんじゃん」と思ったという。
 そして香川は奥野の元へと向かった。 ある言葉を伝えるために・・・「奥野 ROGUEを再結成しないか」
 奥野は、嬉しさと共にできるかどうか不安も感じた。 だが、もう香川の言葉を裏切りたくなかったという。
 
photo  さらに、どうせやるならと、香川の発案でチャリティーコンサートとして開催。 収益金で福祉車両を購入し、前橋市に寄付することになった。
 2013年10月。
23年ぶりに香川が待つステージに奥野敦士が戻って来た! ROGUE、ここに再結成!!
 この日、ROGUE時代の曲を7曲、熱唱!! 最後はもちろん、ファンが待望する「終わりのない歌」。
かけがいのない絆がここに復活した!!
 
photo  昨年末、群馬県高崎市で行われたイベント。 そこには1000人のファンが押し寄せていた。 再結成を記念してCDが発売されたのだ。 ROGUEは、今年7月にもライブが決定している。 彼らの前には、素晴らしき世界が広がっている。