11月7日 オンエア
痴漢えん罪事件壮絶記録868日
 
photo  この日、東京港区にある会社に向かうため、正広(仮名)さんは、自宅のある西武新宿線の沼袋駅で電車を待っていた。 グラフィック系の会社に勤める正広さんは、サラリーマンだが、私服勤務。 白いトレーナーにジーパン、リュックサックを肩にかけ、手に傘を持っていた。
 時刻はラッシュアワーで混み合う午前8時10分。 正広さんは迷惑にならないよう、背負っていたリュックを降ろして右手に持ち、傘は左手に持っていた。 車内はすし詰め状態、身動きはほとんど取れなかった。
 
photo  乗車して5分ほど経った時だった。 正広さんは、左足と太もも辺りに何かがあたる違和感を覚えた。 振り返ると、外国人風の顔立ちの男が立っていた。
 やがて電車は高田馬場駅に到着した。 正広さんがホームに降りたその直後、女子高生が正広さんのトレーナーを掴み、「痴漢!てめえ触っただろ」と言った。 それは電車の中にいた女子高生だった。
 
photo  妻の里美(仮名)さんと結婚して8年、正広さんは2年前にようやく待望の長男を授かった。 息子を溺愛し、目一杯の愛を注いだ。
 正広さんは手帳に子供の成長記録を記していた。
「きげんよい 言うことをきくようになる。すこしずつ言葉おぼえる」
「銭湯へ行く 最初嫌がるが帰りはジュースを飲んで喜ぶ けっこう楽しそう」
日記はここで終わっている。 この3日後に、正広さんはあの忌まわしい事件に遭遇したのだ。
 
photo  駅員が来て駅員室に移動するように促された。 正広さんは、やっていないのだからと、駅員室に同行した。 正広さんは後ろにいた外国人風の男性が痴漢の真犯人ではないかと主張したのだが、聞き入れてもらえず、警察を呼ばれてしまった。 そしてここから、正広さんの人生は大きく狂い始める。
 正広さんは警察署に連行された。 実は、女子高校生にトレーナーを掴まれたあの瞬間、正広さんは、法律上、現行犯逮捕されていたのである。 現行犯の場合、警察職員ではない一般人であっても、逮捕状無く犯人を逮捕することができる。 これを『私人逮捕』という。
 
photo  その後、取り調べを受けた正広さんは、そこでも無実を主張したのだが・・・一切聞き入れられず、留置所に入れられることになってしまった。 これからどうなってしまうのか? 正広さんの心が不安で埋め尽くされた。
 会社の上司が正広さんのことを知ったのは、午前9時過ぎのことだった。 真面目な正広さんは、電車の遅れなどで1分でも遅刻する場合は、必ず連絡を入れていたが、この日は連絡がないため、心配した上司は正広さんに電話を入れた。 そこで、痴漢に間違われていると聞いたのだ。 仕事熱心で家族想いの正広さんが痴漢などするはずがない、上司はすぐにそう思ったという。 そして、上司がすぐに弁護士に連絡を取ってくれた。
 
photo  弁護士は連絡を受けると、すぐに正広さんが拘留されている警察署にやってきた。 正広さんの弁護をしてくれることになった東京法律事務所の加藤健次弁護士は、最初の接見で正広さんは痴漢などしていないと感じたという。
 この日、面会できるのは弁護士だけ。 妻の里美さんは警察署に駆けつけたものの、待合室で待つより他なかった。 加藤弁護士は、正広さんはやっていないと言っていること、彼の言葉に嘘は無いと思うということを伝えると、里美さんはほっと胸を撫で下ろしたという。
 加藤弁護士は、すぐに警察や裁判官に向け、早期釈放を求める意見書を作成した。 痴漢行為を否認する場合、長らく拘束される可能性が高い。 10日間以上拘留されてしまうと、会社員の場合、解雇されてしまうことも多く、大きく人生が狂わされてしまうのだ。
 だが、意見書は認められなかった。 翌朝、正広さんの身柄は、検察庁へ送られた。
 
photo  一方、検察側は、女子高生を呼んで供述を取り、状況の検証を行っていた。 その結果、女子高生は意図的に嘘をついているとは思えない、正広さんの左手を痴漢直後に掴んだ。 この2点に確信を持ち、正広さんを起訴することに決めた。
 これにより正広さんは、正式に容疑者となり、留置所から東京拘置所へと身柄を移された。 家族のこと、仕事のことを考えると、不安は募るばかり、正広さんは眠れない夜を何日も過ごし、そのまま1か月が過ぎた。 65キロあった体重は6キロも減った。
 
photo  そんな正広さんを支えたのは、やはり家族だった。 この日は家族と面会の日。 長男としばらく会っていなかった正広さんは、出来るだけ近くで我が子の顔を見ようとした。 しかし、息子は正広さんの顔を見ようとはしなかった。 会えない時間が、いつの間にか家族の絆を裂いていく。
 この頃、里美さんは少しでもその絆を繋ぎ止めようと、正広さんへ手紙をしたためた。 しっかりした字で可愛い便箋に綴り、正広さんを元気づけようとする思いが見て取れる。 しかし、数日経つと変化が・・・最初は夫を励ますつもりで書いた手紙、だが時間が経つにつれ、里美さんの不安な気持ちも綴られるようになっていった。
 
photo  逮捕から56日、正広さんの初公判が開かれた。 まず、検察側の起訴状が読み上げられた。 正広さんは、きっぱりと無実を主張。 こうして長い長い戦いが幕を開けた。
 第一回の公判からおよそ1か月後に行われた、第二回公判。 そこでは、被害者の女子高生に対する尋問が行われた。 女子高生の心情を考慮し、法廷には衝立てが設置され、正広さんと傍聴席からは、その姿が見えないようになっていた。
 一方、裁判官や検察、加藤弁護士からは女子高生を見ることができたのだが、その姿は、正広さんから聞いていた、茶髪で派手な女子高生とはずいぶん違っていた。 それは、検察側との事前の打ち合わせがあったことが伺えた。
 
photo  検察側の尋問が始まった。 女子高生は、電車の中で痴漢にあっていた時、右後ろに男性、左後ろに女性が立っていたため、右後ろの男性が触っているのだろうと思ったと証言した。 そして、右後ろにいる男性の手首を掴んだが、掴んだ手は振り払われたと証言した。
 続いて、弁護側の尋問が行われた。 加藤弁護士は、女子高生に手を掴んだとき、何が見えたか質問した。 女子高生は、白いトレーナーと手が見えたと証言、その時、時計は確認しなかったという。
 続いて加藤弁護士は、正広さんが主張する真犯人、外国人風の男に関する質問に移った。 女子高生は真後ろにいた外国人風の男性では手が届かないと思うと、証言。 再現実験でも届かなかったと聞いたと証言した。 この再現実験のことは、裁判が始まるまで、弁護側に知らされていなかった。
 
photo  弁護側に知らされず、行われたという再現実験。 それは、事件当日の車内の様子を警察関係者が再現し、撮影したものだったのだが、その内容はあまりにお粗末だった。 女子高生と、外国人風男性の距離が何センチ離れていたかなどの詳細は全く反映されていなかった。
 しかも、正広さんと女性役を担当した警察官の腰には、警棒や拳銃がつけられたままになっており、手が入る隙間がなくなっていたのだ。 にもかかわらず、取り調べを行った警部補はこの映像を女子高生に見せ、「これじゃ届かないよねぇ〜」と話したという。 この警部補の言葉が女子高生に強い影響を及ぼしたのは明らかだった。 こうして、第二回公判は終了した。
 
photo  そしてその直後、逃亡や証拠隠滅の恐れがないと判断され、ようやく正広さんの釈放が認められた。 保釈金は200万円。 事件の日から実に、105日の間身柄を拘束されていたのだ。
 事件前と変わらず、暖かく迎えてくれた妻に涙が溢れた。 しかし、3か月も離れていた長男は、正広さんになつかなくなっていた。 身に覚えの無い罪で、なぜ家族の絆が奪われるのか? この時、正広さんは絶対に無罪を勝ち取ると強く誓った。
 
 第五回公判。この日、正広さんへの被告人質問が行われた。 正広さんは、自宅を出てからの覚えている限りを丁寧に説明していった。 そして、逮捕後に行われた取り調べについても、順をおって丁寧に説明した。
photo  正広さんを取り調べたのは、捜査主任のA警部補だった。 A警部補は、開口一番「お前、下着の中にまで手を入れたんだってな」と言い放ち、身につけているものを全部外させた。 正広さんは、言われた通りに、トレーナーを脱ぎ、Gパンのポケットへ入れていた財布や携帯電話などをテーブルの上に並べていった。 その後、A警部補は職業や家族構成などを聞いていった。 そして、机に出した所持品をもう一度身につけさせられ、写真を撮られたという。
 
 加藤弁護士は、この裁判の中で警察の捜査のずさんさを指摘し、正広さんの疑いを晴らそうと考えていた。 そのためには、まず、届かないとされた外国人風の男性の手が本当に届かないのかどうか、実際に検証する必要がある。 加藤弁護士らは、正広さんに情報を提供してもらい、自分たちで再現VTRを制作。 それを、次回公判に提出することに決めた。
 再現VTRの上映は、事件からおよそ8か月後の公判で行われた。 photo まず加藤弁護士らは、女子高生役のマネキンの股下が長かったため、周囲の人が乗る8センチの台を用意した。 女子高生の背後には、中年女性と正広さん。 その2人の後ろに外国人風の男。
 それぞれの人物との距離も正広さんの証言通り配置した。 すると、肩が密着した状態の正広さんと中年女性の腰辺りに隙間が出来ていたことが判明。 そしてビデオでは、密着した背後からであっても、外国人風男性の手が女子高生の下半身に十分届くこと。 さらに、その際、正広さんの証言通り、男の手が正広さんの腰や太ももに触れてしまうことが明らかになったのである!!
 
photo  そしてこの日はさらに、取り調べを行ったA警部補の証人尋問も行われた。 加藤弁護士は、所持品検査の時に正広さんがしていた時計のことを覚えているか質問をした。 A警部補は「特徴がなければ覚えていない」と証言した。 だが、その時計は斬新なデザインでかなり大きいスポーツタイプのものだった。 一目見れば、明らかに記憶に残りそうなものだったのだが・・・A警部補は「覚えていない」の一点張りだった。
 
 さらに、所持品検査の時に撮影した写真は、インスタントカメラで撮影されたもので、その写真は不鮮明で、正広さんが時計をしているかどうか確認はできなかった。 だがこの時、警察は一眼レフカメラでも撮影していたというのだ。 photo これは公判で初めて明かされた事実だった。
 実は、証拠品の中から、現像されずにいた一眼レフで撮影されたフィルムを加藤弁護士らが見つけ出したのだ。 警察が現像の手間を惜しんだ可能性があった。 とすれば、明らかにずさんな捜査である。
 そして、その中の1枚に、正広さんが左手にしていたあの時計がしっかりと写っていたのだ!! しかも、被害者の女子高生は左手首の時計には気づかなかったと証言していたのである。
 
 さらに、A警部補は取り調べ室に入ってきた時いきなり「お前、下着の中にまで手を入れたんだってな」と言っている。 それはつまり、警察にそういう情報が入っていたことを意味する。 photo そして、加藤弁護士はA警部補が付着物検査をしたかどうかを問いつめた。
 付着物検査とは、容疑者の手に被害者の衣服の細かい繊維がついているかどうかを調べるための検査。 逮捕されてすぐに行い、相手の衣服の繊維がついていれば、触っていた、検出されなければ、触っていなかった証拠になる重要な検査である。
 しかし、付着物検査はされていなかった。 A警部補は「忘れていました。」と証言。 怠慢でずさんな警部補の捜査に傍聴席からも非難の声が漏れた。
 
photo  事件から1年が過ぎようとしていた。 職場への復帰は未だ叶わぬまま、生活費や裁判費用などで貯金は底をつき、一家は生活保護を受けざるを得なくなっていた。
 この日、被告人が最終的に意見を述べることが出来る、最終意見陳述が行われた。 正広さんは、全身全霊で身の潔白を主張した。 地方裁判所での審理は全て終わった。 判決は1か月半後に言い渡されることに決まった。
 
 里美さんの様子に変化が現れたのは、最終意見陳述を終えた年の瀬のことだった。 photo 洗い物をしていた里美さんが突然、皿を叩き割り「何でこんな風になっちゃったの」と泣き崩れた。 表面上、正広さんや子供の前では明るく振る舞っていたのだが、里美さんの心は崩壊寸前だった。
 そして悲劇は突然訪れる。 正広さんが帰宅した時、いつもなら「おかえり」と返してくれる妻の姿がなかった。 里美さんは、ついに手首を切ってしまったのだ。
 幸い傷は浅く、里美さんの命に別状はなかった。 里美さんは「神様にお願いしたの。私の命と引き換えにあなたの無実を証明してって」と言った。
 
photo  里美さんの自殺未遂から12日後、いよいよ判決の日を迎えた。 里美さんは体調を考慮し、夫の吉報を家で待つことにした。 3年の執行猶予はついたが、結果は敗訴だった。
 無念の有罪判決。
この結果を妻にどう報告すればいいのか、正広さんは悩んでいた。 判決を不服とし、控訴して戦うという道も残されていた。 しかしそれでは、職場に復帰するめども立たず、裁判費用もかかる。 これ以上、家族に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
 
photo  正広さんが出した結論とは・・・これ以上裁判で戦わないというものだった。 しかし、里美さんは「絶対に無罪を勝ち取らなきゃ 私が許さない」と言ったのだ! もう、迷うことはなかった。控訴である。 人生を狂わされたこの事件、その舞台は、東京高等裁判所に移った。
 一審での敗訴を受け、加藤弁護士は弁護方針をもう一度見直した。 一審では自分たちの主張が裁判官に本当の意味で伝わっていないのではないかと感じた。 この事件を、どうすれば裁判官にリアリティを持って感じてもらえるか? それが判決を下す上で重大な鍵となる、そう考えた。 そして、第一審の時のやり取り・・・女子高生が犯人の手を掴んだ時、「時計は確認しなかった」という証言に焦点を当てることにした。
 
photo  有罪判決からおよそ半年、第二審の公判が開かれた。 加藤弁護士は、第一審で明らかになった、正広さんの左手につけられた大きな時計の存在を改めて主張した。 そして、実際に時計をはめ、裁判官に掴んでもらった。 裁判官に言葉ではなく、リアルな実感を与えたかった。
 さらに5か月後の公判で、再び女子高生の証人尋問が行われることになった。 事件から2年以上が過ぎ、彼女はすでに高校を卒業、専門学校生になっていた。 家族の時間が止まってしまった正広さんとは違い、彼女は順調に人生の階段を歩んでいるように思えた。
 
photo  加藤弁護士は、彼女にも時計をはめた手を上から掴んでもらった。 さらに、加藤弁護士は、被害者にも本当の正広さんを分かってもらうため、彼女に一冊の手帳を差し出した。 それは、正広さんが毎日つけていた長男の成長記録。 加藤弁護士は、伝えたかったのだ、正広さんの人となりを。 手帳を見た被害女性も、こういう人が痴漢をするとは思えないと証言した。
 
photo  そして、2006年3月、二審判決の日を迎えた。 傍聴席では、これまで正広さんを支えた、親族、同僚や友人、そして妻の里美さんが祈るように判決の行方を見守っていた。
 判決は・・・無罪!
事件発生から868日、ついに正広さんは、そして家族は当たり前の判決を勝ち取った! 我々には、到底わかり得ぬ試練に耐え、逆転無罪を勝ち取った正広さん。 どんなことがあっても、正義を貫いた家族の絆が生んだ奇跡の勝利だった。
 
photo  事件から10年、正広さんは職場に復帰し、かつての生活を取り戻している。 今回、取材に協力してくださる際、顔を隠したのは、実はご自分のためではない。 当時 幼かった長男は、あの忌まわしい事件をまだ知らないのだ。 正広さんは、もう少し大きくなったら、事件のことをちゃんと話したいと考えている。
 この事件で、一家が払った代償は計り知れない。 失った時間は確かにあった。 しかし、家族はこれまで以上に絆を育みながら、前を向いて歩いている。