なでしこ通信 from France

GK 21 平尾知佳 (アルビレックス新潟レディース)

“海外仕様”のスイッチを持つ若きゴールの門番。
なでしこジャパンの戦い方に多様性を
もたらす存在に

平尾知佳

年代別代表で経験を重ねており、大舞台でも物怖じしない

日本は14日、女子W杯グループステージ第2戦で、スコットランドと対戦。初戦でアルゼンチンと引き分け、負ければ後がない試合だったが、FW岩渕真奈とFW菅澤優衣香のゴールで2-1と勝利。勝ち点を4に積み上げ、グループステージ突破に大きく前進した。

「昨日(試合前日)、全員で話し合って、この試合にかける思いを一人一人が強く感じたと思います。年齢関係なく、ピッチに立った11人が責任感を持ってやろうねと話しました。今日はみんなが良かったと思います」(岩渕)

ピッチ上に広がる歓喜に、ベンチも呼応した。2点目を決めた菅澤はベンチに走り、控えメンバーと喜びを分かち合った。
選手なら誰しもが試合に出たいと願う。だが、立てるのは11人だけだ。その悔しさを知るからこそ、ピッチに立つ選手たちは他の12人の分も戦い、試合に出ていない選手は、チームを全力でサポートした。

その中には、GK平尾知佳の姿もあった。今大会はGK山下杏也加が正GKとして2試合に出場しており、GK池田咲紀子とともにベンチを温めている。

高倉ジャパンのゴールを守る3名のGKは、平均23.7歳と若く、全員がW杯初出場だ。だが、それぞれに異なる豊かな資質を持っている。山下は優れた反射神経を生かしたシュートストップを持ち味とし、池田は足下のビルドアップに長ける。一方、大橋昭好GKコーチは平尾の特徴について、「クロスに対しての守備エリアの広さがストロングポイント」と話す。
173cm65kgの恵まれた体格に加え、ボールがすっぽり隠れてしまうほどの大きな手も、GKの資質だろう。

平尾知佳

大きな手もGKの恵まれた資質のひとつ

千葉県松戸市で生まれた平尾は、兄の影響で5歳の頃にサッカーを始めた。小さい頃の遊びが、GKとしての最大の武器につながった。
「父が野球をやっていたので、小学生の時によく遊びでフライを捕っていました。落下地点(を予測する力)は、その時に鍛えられたと思います」
もともとフィールドプレーヤーだった平尾は、小学校卒業後に、全寮制でサッカーの先端的な指導を受けられるJFAアカデミー福島に入学。その際にGKの資質を認められ、転向している。
その後、14歳でU-16日本女子代表に、2012年にU-17女子W杯にそれぞれ飛び級で出場。15年のAFC U-19女子選手権で優勝に貢献し、16年のU-20女子W杯では3位に貢献した。小学生の頃から平尾の成長を見守ってきた高倉麻子監督は、16年4月になでしこジャパンの監督になると、同年7月のスウェーデン遠征で19歳だった平尾をフル代表に抜擢した。

クラブでは、浦和レッズレディースに特別指定選手として加入1年目の14年にリーグ優勝に貢献。その後は代表候補のGK池田咲紀子やGK松本真未子との厳しいポジション争いの中で出場機会が限られ、ケガも重なってしばらく代表を離れた時期もあった。その後、昨年4月のW杯最終予選で再びメンバー入りを果たしたが、ハイレベルなポジション争いを続けてきた山下と池田の壁は厚かった。

転機が訪れたのは昨年だ。浦和からアルビレックス新潟レディースに出場機会を求めて移籍し、リーグ戦全18試合にフル出場した。
「昨シーズンを通して試合に出してもらって、メンタルが強くなったのと、ポジショニングや試合勘を研ぎ澄ませることができました」

持ち前の思い切りの良いプレーがコンスタントに見られるようになり、代表でもその成果は現れた。今年4月のドイツ戦(△2-2)で先発。相手は世界ランク2位の強豪で、平尾は代表2試合目だったが、1対1の決定的なピンチを何度も防いだ。

「1対1の場面で相手に速く寄せることに取り組んできたので、駆け引きをしながらシュートコースを予測できるようになりました。海外の選手はスピードがありますが、単純に打ってくれる。日本はテクニックがあってコースを狙ってくる選手が多いですが、どちらもうまく寄せられれば止める自信があります」

ドイツ戦の2失点目はキャッチする寸前に相手選手と衝突し、ボールがこぼれたところを決められた。自分の判断ミスだったと反省し、「(海外のチームは)こういうところで突っ込んでくるんだ、ということを学べました」と、教訓にしている。

今回のW杯では、他国の試合もチェックしており、ほとんどのシュートは止めることがイメージできたという。だが、一つだけ例外があった。開催国のフランスが開幕戦で韓国に4-0で勝利した試合で、フランスのDFウェンディ・ルナールがコーナーキックから決めた3点目だ。

「センターバックが下がりながらあの高さであの威力のシュートが打てるのは国内ではないのでびっくりしました。自分ならあの場面で飛び出さずシュートに備えますが、まさかあんな強いボールが来るとは思わないので。ただ、そのプレーを見たことで、試合のときに備えるイメージはできました」

大会中に「フランスと戦えるといいですね」と投げかけると、平尾は嬉しそうに頷いた。

平尾は普段、朝8時過ぎから3時過ぎまで新潟県新発田市役所のスポーツ推進課で働き、夕方からの練習をこなす。幼稚園や保育園でサッカーを教えることもあり、やりがいのある仕事に「毎日が楽しいです」と話す。子供たちの笑顔に夢を与えていることを実感し、自分も力をもらえるという。
ピッチで見せる静かな迫力や精悍な表情とは対照的に、普段はよく笑い、明るいキャラクターでチームを盛り上げる。そのギャップも平尾の魅力だろう。

JFAアカデミー時代には東日本大震災を経験。平尾は、プレーを続けるためにサポートしてくれた地域の人たちのことを折に触れて思い出すという。「そういう方たちのためにも活躍して、地域の人が喜んでもらえるような選手になろうと思っていました。今回のW杯で活躍して恩返ししたいです」
今大会が始まる前、平尾は力強いトーンでそう話していた。

日本は19日に、グループステージ突破をかけてイングランドと対戦する。平尾が出場機会を得られるかどうかはわからない。だが、心の準備はできている。
「いつ出てもいいように準備してきましたし、この3年間は、このW杯に照準を合わせてきたので。試合に出たら、チームを救えるようなセーブで貢献したいです」大会を通じて、22歳の守護神はどんな成長曲線を見せてくれるだろうか。

文・写真 : 松原渓

松原 渓 (まつばら・けい)

東京都出身。女子サッカーの最前線で取材を続ける、スポーツジャーナリスト。
なでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンをはじめ、女子のU-20、U-17 が出場するワールドカップ、海外遠征などにも精力的に足を運び、様々な媒体に寄稿している。

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