なでしこ通信 from France

FW 8 岩渕真奈 (INAC神戸レオネッサ)

唯一無二のキャリアを誇るワールドクラスFW。
挑戦と葛藤の日々を経て、26歳で臨む
3度目のW杯

岩渕真奈

ストライカーとしての経験はチーム随一

フランス女子W杯が、いよいよ7日(日本時間8日)に開幕する。なでしこジャパンの初戦、アルゼンチン戦まであと3日と迫った。
今大会に臨む日本は、メンバー23名の平均年齢が23.9歳(メンバー選出時)で、出場国の中でも2番目の若さだ。
2011年のW杯優勝メンバーは6名。代表で一時代を築いてきたその選手たちと、その選手たちに追いつくべく、厳しい競争の中で揉まれてきた中堅世代。そこに、14年のU-17女子W杯、18年のU-20女子W杯で世界一に輝いた新世代が融合した。
高倉麻子監督率いる今回のチームは、どんなサッカーを見せてくれるだろうか。

「(理想は)一人ひとりの個性をそれぞれが照らせるチームです。自分が輝き、味方をも輝かせることができる、そうして一人ひとりの力を倍増させていきたいですね」

高倉監督は、フランスへ出発する前にそう語った。

プレーの個性が際立っている選手が多いことも、このチームの魅力だ。その中でも、日本を象徴するアタッカーの一人として、各国が警戒を強めてくると予想されるのがFW岩渕真奈だ。

10代の頃から天才ストライカーとして注目を集めてきた岩渕の持ち味は「ドリブル」。156cmと小柄だが体幹が強く、細かいボディフェイントやシザースなど、独特のステップで相手陣内を切り裂いていく。高倉ジャパンの初陣となった16年6月のアメリカ戦(△3-3)では、鮮やかなミドルシュートで2万人の観衆をどよめかせた。チームのスタート時から3年間で26試合に出場し、13得点を決めている。
2度のW杯と五輪を経験し、3大会とも決勝に進出。その貴重な経験は、今大会でもチームを支えるだろう。

岩渕真奈

年上からも年下からも慕われる

東京都武蔵野市で生まれた岩渕は、Jリーガーでもある兄、岩渕良太(現・藤枝MYFC/3部)の影響で幼稚園年長の頃にサッカーを始めた。小学生時代にプレーした関前SCでは年上の男子の中でも目立った活躍を見せていたという。中学進学と同時に日テレ・ベレーザの下部組織メニーナに入団した。
代表選手を数多く生み出してきたクラブでも、その実力はすぐに花開いた。入団2年目の14歳の時にトップチーム、ベレーザの試合で起用されるようになり、年代別代表では日本が準々決勝で敗退した08年のU-17女子W杯でゴールデンボール(大会MVP)を獲得。同年から2年連続でアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞した。
そして11年当時、代表最年少の18歳で女子W杯優勝を経験。翌年から5シーズン、ドイツ・女子ブンデスリーガのホッフェンハイムとバイエルン・ミュンヘンでプレーし、54試合で15得点。バイエルンではリーグ2連覇に立ち会った。
その間に、なでしこジャパンで12年のロンドン五輪(銀メダル)を経験。15年のW杯では、準々決勝のオーストラリア戦で決勝ゴールを挙げ、準優勝に大きく貢献している。

だが、佐々木則夫監督が率いた以前の代表チームでは途中から流れを変える切り札として起用されることが多かった。
前回大会の後には、「一人で試合を決定づけられる選手になれば(先発で)使われると思うので、私はそうなりたいです」と、ストライカーとしての悔しい思いも吐露していた。

岩渕は海外の厳しい環境に身を置く中でドリブラーとしての価値を高めていったが、順風満帆な道のりではなかった。立ちはだかった最大の壁は、若い頃から悩まされてきた膝のケガだ。深い切り返しを交えたドリブルや、相手とのコンタクトプレーを恐れないプレーは岩渕の魅力でもある反面、リスクと隣り合わせでもあった。

17年3月には膝の治療に専念するためドイツから帰国し、INAC神戸レオネッサに入団。リハビリと並行して体重を落としたことで身体のキレが増したこともあり、17年末に代表に復帰した頃から、代表でも時間限定ではなく、フル出場で起用されることが増えていった。その狙いについて高倉監督は、

「(フル出場させたことは、)より強い自覚を持って、プレーも精神的なところでもさらに強くなってほしいという、彼女に対するメッセージでもあります」
と語っていた。
その期待に完璧な形で応えたのが、18年4月のW杯アジア予選だ。岩渕は全5試合にフル出場してチームの初タイトルに貢献し、大会MVPにも輝いた。そして、8月のアジア競技大会でも主軸として優勝に貢献している。

欧米勢やアジアの強豪など、強い相手ほど岩渕の存在感は際立つ。それは、欧州でプレーした5年間で培われたものも大きいのだろう。かつてのチームメートやライバルたちが、今回のW杯でも各国に散らばっている。

「フィジカルの部分で劣っても、パスワークや技術、頭を使ったサッカーで相手を上回りたいです。自分が海外でプレーしていた時に『日本人ってすごいな』と思ったことの一つが、協調性や団結力や『人のために何かができる』ということでした。W杯ではそれを、みんなで表現したいと思います」

フランスに発つ前、岩渕はそう語った。

昨年末に試合で踵(かかと)を負傷したため、今年に入ってからの代表活動には参加していない。リーグ戦では3月の開幕戦から徐々にコンディションを上げていたが、5月のリーグ戦で再び膝を痛めてしまった。万全とは言えない状態での現地入りとなり、チームとは別メニューで調整を続けていたが、5日にようやく全体練習に合流した。

6日の練習でキレのある動きを見せた岩渕は、目前に迫った大会に向けて、心境をこう明かしている。

「前回大会も(直前に)同じところ(膝)をケガして、グループリーグは難しい状況でした。今回、ケガをしたのはもっと早い段階でしたけど、今大会こそは、という気持ちを強く持っていたので、気持ちの部分では前回以上に悔しいです。それでも、ここ(全体合流)までこられて良かったです。ここから少しずつ、チームの力になりたいと思っています」

大会を勝ち上がっていった時に、岩渕がチームにもたらすものは決して小さくないだろう。だからこそ、焦りは禁物だ。

もちろん、心の準備はしっかりとできている。10代から「天才少女」と騒がれ、特徴的なドリブルから“マナドーナ“、小さな体で世界を驚かせたことから“リトルマナ”など、様々な愛称で親しまれてきた。国内外で人一倍強いプレッシャーと戦ってきたからこそ、今の岩渕には環境の変化に左右されない精神的な強さがある。

ケガを克服してピッチに立った時、岩渕はきっと、その濃厚な経験を凝縮させた魅力的なプレーを見せてくれるはずだ。

文・写真 : 松原渓

松原 渓 (まつばら・けい)

東京都出身。女子サッカーの最前線で取材を続ける、スポーツジャーナリスト。
なでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンをはじめ、女子のU-20、U-17 が出場するワールドカップ、海外遠征などにも精力的に足を運び、様々な媒体に寄稿している。

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