なでしこ通信 from France

DF 4 熊谷紗希 (リヨン [フランス] )

各国が注目するワールドクラスDF。
レジェンドたちが繋いだキャプテンマークの継承者

熊谷紗希

類い稀なリーダーシップで、最終ラインを安定させてきた

2011年7月17日。フランクフルトで行われた女子W杯決勝戦は120分間の激闘の末、PK戦にもつれ込んだ。相手は世界ランク1位のアメリカ。それでも粘り強く追いついた日本は、GK海堀あゆみが2本のPKを止め、4人目が決めれば初優勝が決まる状況に。ボールをセットしたのは、当時20歳のDF熊谷紗希。空を仰いで一つ息を吐くと、ゴール左上に矢のようなシュートを突き刺した。
当時、世界ではダークホースだった日本が逆境を覆して世界の頂点に立った奇跡のような道のりは、今も多くの人々の記憶に刻まれている。

あれから8年。佐々木則夫監督のバトンを受けた高倉麻子監督は、世代交代を進め、年代別代表で活躍してきた10代から20代の選手たちを積極的に抜擢。そして、6月7日に開幕するフランス女子W杯で、新たな歴史に挑戦しようとしている。

このチームを主将として牽引してきたのが熊谷だ。
澤穂希さん、宮間あやさんら、なでしこジャパンで一時代を築いた主将から受け継いだ重みのあるキャプテンマークは、2年半の時を経て、熊谷の腕にしっくりと馴染んだ。高倉麻子監督は、彼女の主将としての資質を、こんな風に話していたことがある。

「熊谷はオリンピック・リヨン(フランス)という世界ナンバーワンのチームでレギュラーを張り続けている選手で、日本の象徴的な存在です。彼女の特徴はやはり人に対する強さですね。日本人は『器用だけれど(1対1が)弱い』という選手が多い中で、彼女は異色です。毎回の練習で課題に取り組む真剣な姿勢を見せていますし、それを見て選手たちが学ぶところも多いと思います」

北海道札幌市に生まれた熊谷は、兄の影響で小学校1年生の時にサッカーを始めた。中学校では男子サッカー部で練習に参加しながら、女子チームのクラブフィールズ・リンダでもプレー。そして、中学卒業後に宮城県仙台市の強豪、常盤木学園高校に進学した。3年次には主将として、チームを全国1位に導いた。そして08年、高校2年生の時になでしこジャパンに初招集されている。両親ともに教師という家庭で育った熊谷は、文武両道を貫くことも忘れなかった。
卒業後はなでしこリーグ1部の強豪、浦和レッズレディースに入団。浦和の先輩であるFW安藤梢と同じ筑波大学で学び、1年目はボランチとしてフル出場でリーグ優勝に貢献した。年代別代表でも活躍。10年のU-20女子W杯(GS敗退)に主将として出場した。
11年のW杯優勝後に、ドイツ・ブンデスリーガ1部のフランクフルトに移籍し、2シーズンプレーした後、13年からはフランスのリヨンで戦っている。リヨンは欧州最強の呼び声高いビッグクラブだ。今季、リーグ13連覇を達成したが、熊谷はそのうち6度の優勝に関わってきた。FIFA女子年間最優秀選手候補に複数回ノミネートされた経験があり、今年はイギリス『BBC』が選ぶ19年の最優秀選手賞にもノミネートされていた(いずれも受賞はならず)。
また、女子チャンピオンズリーグは5月19日の決勝でバルセロナを4-1で下し、史上最多の4連覇を達成。熊谷は途中出場で優勝に貢献している。

世界各国の一流選手が集まっているリヨンでは、練習中の一つひとつの駆け引きが国際大会で戦うための材料になる。熊谷の最大の強みは1対1の強さだ。スピードやリーチの長さがある海外のFWに対して間合いの詰め方に迷いがなく、空中戦は落下地点に素早く入って先手を取る。さまざまな言語が飛び交う環境で磨かれた国際感覚や、自己主張が強い選手たちの中で鍛えられたバランス感覚も、ピッチ内外で生かされている。

熊谷紗希

リヨンでリーグ6連覇、CL4連覇の偉業を達成した

高倉ジャパンでは、スタンドまで聞こえる大きな声で指示を送り、最後方からチームを盛り上げることも忘れない。今年に入りW杯に向けて組まれた強豪国とのテストマッチでは多くの課題が出たが、熊谷は、
「軸になる選手がもっとプレーで引っ張って、ブレることなくチームを方向付けていかなければいけないと思っています。戦うのは(監督やコーチではなく、ピッチに立っている)選手ですから」

と、自身の役割を改めて強調。今年4月のフランス戦とドイツ戦の2試合で熊谷とセンターバックを組んだ20歳のDF南萌華は、「紗希さんは声かけの内容や質はもちろんですが、量が違う(途切れることなく声を出し続ける)」と、そのコーチングに刺激を受けていた。

熊谷は海外で成長を続けながら、12年のロンドン五輪(銀メダル)、15年の女子W杯(準優勝)と、国際大会で3大会連続の好成績に貢献。16年3月のリオデジャネイロ五輪予選敗退を機に代表は新たなサイクルに突入。高倉ジャパンには16年6月のスタート時から呼ばれている。
海外で8年間、挑戦者として貫いてきた姿勢は、若い世代が多いチームに力を与えた。

「W杯を経験している選手は少ないですけど、まず経験がある選手達が引っ張って、みんなが伸び伸びとプレーできること。その上で、チームとして前に、前に進んでいけたらなと思います」

熊谷はチャレンジャーとしての姿勢を折に触れて強調し、若い選手たちがのびのびとチャレンジできるチーム作りを意識してきた。今回のW杯で、その成果が試される。
決勝の舞台は、熊谷にとってホームでもあるリヨンだ。各国に散らばるチームメートやライバルとの戦いを制し、熊谷は決勝戦の舞台、スタッド・ドゥ・リヨンのピッチに立つことを目指す。

文・写真 : 松原渓

松原 渓 (まつばら・けい)

東京都出身。女子サッカーの最前線で取材を続ける、スポーツジャーナリスト。
なでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンをはじめ、女子のU-20、U-17 が出場するワールドカップ、海外遠征などにも精力的に足を運び、様々な媒体に寄稿している。

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