なでしこ通信 from France

GK 18 山下杏也加 (日テレ・ベレーザ)

しなやかなセービングで
日本のゴールを守る最後の砦。
大舞台を楽しむメンタルの強さも魅力の守護神

山下杏也加

俊敏な動きで強烈なシュートを止める

6月7日から7月7日まで、フランスで開催される女子W杯。なでしこジャパンは、2大会連続で決勝に進出した佐々木則夫前監督から高倉麻子監督体制に代わり、世代交代を経て臨む最初の大会だ。
ヨーロッパを中心に女子サッカー界全体のレベルアップが進むなか、日本にとって楽な試合は一つもないだろう。その中で、守備の鍵を握る一人が、GK山下杏也加だ。

抜群の反射神経と全身のバネを生かしたしなやかな動きで、強烈なシュートを止める。相手の意表を突く素早いリスタートや、足下の技術を生かしたビルドアップも持ち味だ。

東京都足立区で生まれた山下がサッカーを始めたのは小学校2年の時。水泳を習っていたが、兄のサッカーの練習を見に行ったことがきっかけでKSC加平サッカースポーツ少年団に入団。当初はボランチやセンターバックなど様々なポジションをこなし、中学校の時にFWに定着した。
中学卒業後はサッカー推薦で村田女子高校に進学。同年代にGKがいなかったことがきっかけで、1年の秋にGKに転向した。

「GKとFWを日替わりでやるのはどうですか?と監督に提案したらダメ、と言われて(笑)。でも、走るのが苦手で、GKは走らないイメージがあったので引き受けました」

体育の授業は与えられた課題がすぐにできてしまうため、飽きてサボってしまうーーそんな一面もあったが、持て余していた能力は、すぐに開花した。高校2年の時に、将来の代表GK候補を育成する日本サッカー協会の「スーパー少女プロジェクト」に選ばれ、3年次にはU-19女子日本代表に選出された。

「上には上がいることを知って、なでしこジャパンに興味を持ちました。上手な選手たちの中に入ると、自分にはまだまだ足りない能力や技術があると感じました。強い相手との試合は楽しかったです」

明確な目標を得てからは、階段を一気に駆け上がった。15年に19歳で代表入りを果たし、16年にはリオデジャネイロ五輪予選のメンバーに選ばれた。予選を勝ち抜くことはできなかったが、その後、高倉ジャパンでは16年6月のスタート時から継続的に呼ばれている。日テレ・ベレーザでは、正GKになった15年から4年連続のリーグ最少失点を最後尾で支えてきた。

山下杏也加

遊びのゲームでも手を抜かず楽しむ

代表で正GKの座を得る上で大きな転機となったのが、W杯予選を兼ねた昨年4月のアジアカップだ。山下は決勝戦までの5試合中、準決勝以外の4試合に出場。決勝のオーストラリア戦ではPKを止めるなど神がかった活躍を見せ、優勝の立役者となった。
そのセービング技術は、恵まれた資質を磨き続けてきた結果でもある。
ベレーザの野寺和音GKコーチは練習中、際どいコースに強烈なシュートを飛ばす。グラウンダーのシュートスピードも容赦なく、クロスも国内リーグより高さがある。

「山下に対しては、海外の相手との対戦を意識して練習しています。フランスなどの強豪国はシュートのスピードやパワーが国内とは全く違うので、練習からそのレベルに合わせてやっています。特別なことをしているわけではありませんが、ボールスピードが速いので、自然とそういう(反応や予測を高める)要素が入るんです」(野寺コーチ)

ベレーザの永田雅人監督は、海外の男子サッカーの試合映像を選手たちに積極的に見せて具体的なプレーモデルを提示するが、GKも例外ではないという。

「(マンチェスター・)シティの(GK)エデルソン選手は、山下と同じ左利きで、ボールの持ち方とかモーションも似ているので、そういう部分を取り入れています」(野寺コーチ)

なでしこジャパンは4月の欧州遠征でフランスに1-3と完敗。山下は「パワーや高さの面で、大人と子供ほどの差がある」と感じたという。山下自身のパフォーマンスは悪いものではなかったが、24本ものシュートを打たれては防ぎようがなかった。
だが、山下はかつてないほどのブーイングの嵐の中で失点を重ねても、冷静さを失わなかった。そこは、以前から変わったところかもしれない。

「2年前のアメリカ戦で、高倉監督から『気持ちが熱くなりすぎて、味方に(マイナスに)影響している可能性があるから、考えないとダメだよ』と言われました。アメリカ戦は特に、自分の中で勝ちたい気持ちが強かったので、失点の後に味方にきつく言ってしまって。感情を出しすぎることがどれだけチームに影響するか、今はよくわかります。冷静にプレーできるようになりました」

今では、後方からポジティブな声かけでチームを鼓舞する場面も多く見られる。
また、山下は今年からプロ契約選手になり、サッカーに集中できる時間が増えた。
もし、高校時代にGKに転向していなかったらーーその質問に、山下は「服が好きなので、アパレルに行っていたと思います」と即答した。特技は「金魚すくい」。お祭りが好きで、小さい頃はよく行っていたという。

強い相手との対戦やチャレンジは、山下の目を輝かせる。23歳で臨む初のW杯は、自分のさらなる伸びしろを見つけるチャンスだ。

「2011年になでしこジャパンがW杯で優勝して、たくさんの人に女子サッカーを知ってもらえました。自分たちがもう一度優勝することで女子サッカー人口を増やせたらいいですよね」

山下はそう、力強く語った。

文・写真 : 松原渓

松原 渓 (まつばら・けい)

東京都出身。女子サッカーの最前線で取材を続ける、スポーツジャーナリスト。
なでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンをはじめ、女子のU-20、U-17 が出場するワールドカップ、海外遠征などにも精力的に足を運び、様々な媒体に寄稿している。

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