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2018.12.20更新

笑うことで受け入れる。認知症の母を撮り続けた信友監督、胸の内にあるもの

信友直子監督インタビュー

広島県呉市。95歳の父と二人で暮らす87歳の母が、認知症に……。

娘であり、東京でディレクターとして働いている信友直子さんは、実家に帰るたびにプライベートで二人の姿をカメラで撮り続けていた。その映像が、多くの人々の感動を呼ぶ作品となった。

映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」は、信友直子監督による、認知症の患者とその家族を「娘」という内側からとらえたドキュメンタリーだ。2016年9月にフジテレビ『Mr.サンデー』で2週にわたり特集されたものが、大反響をうけ映画化。ポレポレ東中野をはじめとして全国48館での順次ロードショーが決定し、観客数も25,000人を超え、ドキュメンタリー映画としては異例のヒット作となっている。

「認知症」や「老老介護」がテーマではあるが、この作品にはあまりそれらの言葉がもつような暗い雰囲気は感じられない。そこに描かれているのは、ある老夫婦がお互いに支え合い、歳を重ねながら淡々と暮らしていく姿である。

果たして、信友監督はどのような心境で両親の姿を撮り続け、この作品を世に出したのか、お話を伺った。

認知症の母と、95歳で介護する父

――この作品は、テレビ番組として放送されたものを映画として再編集されたんですよね。そもそも、ご両親の映像を番組で特集しようと思った経緯から伺いたいです。

信友直子監督(以下、信友):両親の姿は2001年から撮っていたのですが、正直、最初は作品にしようという意図があって撮り始めたわけではありません。ただ単純に、自分がビデオカメラをボーナスで購入して、プライベートで身近な人を撮っていたうちのひとつなんです。当時は60分テープで、両親も撮っていたし、そうじゃない人たちも撮っていた。

――最初は番組にしようとは考えていなかったんですね。

信友:母が認知症と診断されてからは、もちろん心のどこかでは「撮り続けていたら何か形になるかも」という気持ちはありました。ただ、そこは両親のプライドも関わってくるところですから、何か作るにしても、それは両親が亡くなったあとだろうな、とは思っていて。

ある日、テープに入っていた別の映像をデジタル化したくて、担当番組『Mr.サンデー』のADの子にテープを渡したら「同じテープに映ってる老夫婦は誰ですか」と聞かれたんです。そのとき初めて、うちの母親が認知症であることもカミングアウトしました。

――なるほど。

信友:そしたら、そのADの子が『Mr.サンデー』のプロデューサーに「信友が認知症の母親の姿を撮り続けてる」って言っちゃったんですよ。「信友が撮ってるなら番組にするしかない」って、私が知らないところでどんどん話が進んでいった。それが2016年の4月頃ですね。

――ご両親からは特に反対はされなかったですか。

信友:両親に相談したら、意外とすんなり許してくれて。「わしらは年を取っているから恥ずかしいことなんて何もない。直子の仕事なら別にいいよ」って。

――映画の中には、お母様に認知症の疑いを感じられるシーンもおさめられていますよね。最初の予兆は映像を撮りながら気づいたのですか。

信友:これは映像におさめられていないんですけど、広島と東京という遠距離で電話をしていたときに、同じ話を何度もすることに気づいたんですよね。「こんな面白いことがあってね」と話を始めるのだけど、それはついこの間聞いたばかりの話だったりする。

そして実家に帰ると、映画にもありましたが、自分で買った魚のトレーが何か忘れてしまっている。ほかにも、「りんごがない」と言って買ってくるんですけど、家には同じように買ってきたりんごが3山くらいあったりということもありました。父親も母の認知症を疑ってはいたのですが、父自身耳が遠いから、医者に連れて行っても話が聞こえないと、私が帰省するのを待っていたそうです。病院に連れて行ったら、アルツハイマー型の認知症だと診断を受けました。

認知症だから笑えることもあるんです

――今回の作品はタイトルもとても印象的ですよね。実際これは作中で年明けにお母様がおっしゃった言葉ですよね。

信友:そうですね。番組にするって決まったときも、絶対タイトルはこれだなって思っていました。そのセリフが、母親らしかったんですよね。もともとブラックユーモアや自虐ギャグが上手な人で、私が乳がんで手術を受けることになったときも「私の垂れたボインでよければあげられるんだけど」なんて言い方をして。

――その一方で「迷惑をかけてしまっている」と落ち込んでいる様子もたびたび見受けられますよね。

信友:母の性格だったら、自分がボケていることに気づいたら絶対そう思うだろうな、と心境がわかるので、私も本当に辛かったです。それを言われてしまうと、娘としては何もしてあげられない。ただただ、すごくかわいそうで。だから、最初の頃はずっと一緒になって泣きながら撮っていました。

――映画の中でも、信友監督の涙声が聞こえてくる部分がありました。

信友:ただ、だんだんと私も学習する部分はあって。母は定期的にそうやって落ち込むんですけど、落ち込みすぎると疲れて寝ちゃうんですよ。それで起きたら、またご機嫌な母に戻ってるんです。それで、引きずって泣いている私に向かって「何泣いとるん?」って聞いてくる。いや、そっちのせいじゃん、って思うんですけど、そんな状況が続くと、これに翻弄されていたら私の身がもたないな、と。

――確かにそうですね。

信友:それからは、いなし方を覚えたというか。たとえば今の話も、当時はすごくガクッとくることだったけど、結局笑い話になっちゃうじゃないですか。母が認知症だから笑えた、みたいなことは確かにあって、それを見つけて父と一緒に楽しんでいく。そういう捉え方だってあるよな、って思ったんですよね。

それこそ、母が認知症になってから、今まで家事なんて何もしなかった父が料理や買い物、裁縫までするようになった。女房がピンチになったときに、これほど身を捧げてサポートしてくれるって、案外父っていい男じゃん、って気づくんですよね。母は当たりくじを引いたな、みたいな。

――お父様の献身的な姿は確かに印象的でした。

信友:母も、今まで私と父の世話をしてきた人生だったので、二人のときは知りませんが、私の前では決して父に甘える姿なんて見せてこなかった人なんですよ。だからあんなにべったりしていたり、かまってほしいと甘える姿は初めて見たので驚きました。たぶんずっと甘えたかったんだけど、恥ずかしくてできなかったのかな、って。それが認知症になってタガが外れて甘えられるようになったのかもしれない。

90歳になる母の女の部分を見た、というのは複雑な心境ですけどね。でも、90代であんなに両親がラブラブだっていうのは、まあ、いいもの見たなとは思いますよね。だから認知症や老老介護だって、悪いことばかりじゃないんです。そういう、あえてサニーサイドを見ていこう、みたいな気分は、ずっとこの作品の中で通底しているものですね。

認めた上で、笑うしかないから

――明るい部分はありながらも、認知症で人が変わってしまったように暴れるお母様の姿など、辛い部分も赤裸々に映し出されているのが、この作品のまたひとつ大きな魅力だとも思っています。こういった場面やお母様の姿を信友監督がどう受け止めていたのかが気になりました。認知症は治る病気ではないですが、それでも「元の母に戻って欲しい」という葛藤があったのだろうか、と。

信友:「戻って欲しい」って思うときはいまだにありますよ。認知症は治る病気じゃないってことはわかってるし、私が何か言っても変わるものではない、納得すべきなんだってことは重々承知の上で、それでも、やっぱり昔の母を思い返したり、あのときの姿に戻らないかな、って思います。元気だった頃の母の姿が夢に出てきて、起きて「夢だったのか」と気づいて泣いてしまったこともあります。

でも、私が認知症を認めないことで治るわけでもないのだから、認知症であることは認めた上で、どこか笑えるところを見つけて楽しんでいくしかないな、って、思ってもいるんです。というか、そう思うしかない。でも、それって別に難しいことでも悲しいことでもないんですよ。笑えることなんてどこにでも転がってるし、気持ちの持っていきかたでしかないと思うんですよね。

――そういう気分があったからこそ、この作品がこれほどまでにあたたかい雰囲気をまとっているのかな、とも感じました。

信友:そうですね、それは私だけじゃなくて、父も母も思っていることなんですよ。母は認知症で鬱っぽいときもありますが、うちは全員どこか楽天的でのんびりしたところがある。誰も生き急いでないし、ゆっくりやっている。

両親の生活を見たら、誰しもが「老老介護」だと言うとは思うのですが、おそらく父は「介護」だって思ってないんですよね。今までしてきた母との生活を、歳を重ねているから大変にはなったけれども、それでも淡々と積み重ねていく。それだけなんです。歳をとった二人の姿を見ていると、そうやって暮らしていくこと自体が、とても尊いもののように感じるんですよね。

――確かに、この作品をみたときに、私もこうやって歳を重ねていきたいな、と希望に感じる部分がいくつもありました。

信友:この間一番驚いたのは、父が「わしは悩みが何もないからのう」って言ったことです。「お母さんが認知症じゃん」 って言ったら、「それはまあ、歳をとったら誰でもなるし」って。

今回の作品に通じるサニーサイドを見ようっていう気分は、こういう両親のもとで育ったからこそあるのかなって思うんですよね。別に頑張って見ようとしているわけではないんです。ちなみに父は、今回の映画公開でいろんな人に声をかけられるようになって、「90年以上生きてきてこんなにちやほやされたのは初めてだ」と舞い上がっています。

取材・文=園田菜々

作品情報

映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」

全国拡大ロードショー中

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