2009年9月に放送した岩手県・田野畑村でタコ漁を営むご主人の良き相棒として暮らしていた「タロウ」。
お母さんの手作りのおにぎりを持ってご主人と船に乗り、カモメ達からエサを守るのが「タロウ」の大切な仕事でした。
そんな幸せな毎日を送っていた「タロウ」とご主人一家を地震と津波が襲ったのは去年のこと。海沿いののどかな村は一瞬にして津波に飲まれてしまいました。
スタッフが田野畑村を再び訪ねたのは大震災からおそよ1ヵ月後。そこにはシッポを振る「タロウ」の姿が。ご主人一家もかろうじて無事でした。
津波はあっという間に海からおよそ2キロの所にある「タロウ」の家まで到達し、庭につながれたままだった「タロウ」は人の腰の高さほどの海水に飲み込まれ行方不明に…
それでも、「タロウ」は生きていました。海水の中で必死にもがき、水面に浮かんだ重油にまみれながらも1週間後に自力で家まで帰って来たんです。
命は助かったものの、大切な船と漁の道具をすべて失ってしまったご主人。途方に暮れるご主人をいつもそばで静かに見守っていた「タロウ」。
そんなある日、ご主人が以前から続けているブログに被災後の村の状況と漁に出るための新しい船を探していることを書いたところ、7月に『是非、自分の船を無償で譲りたい』という連絡があり8月に東京へ。
なんとその船の名前は『太郎丸』。船を岩手県まで運ぶ為に運搬を専門とする回航士さんと出発。途中、舵がきかなくなり、福島県の小名浜港で善意ある人達に助けられて修理をし、原発沖を迂回して1泊2日で比較的被害の少なかった岩手県・普代村の港にたどり着きました。
その後、ブログを通じて知り合った全国の人達に支えられながら、ご主人はコツコツと漁に出るために必要な部品を集め、今年の4月にようやく「タロウ」と一緒にタコ漁に出るための新しい船、新生『みさご丸』の完成に漕ぎ着けました。
大震災から1年3ヵ月。津波の爪痕にも新しい緑が芽吹き始めました。ご主人は震災の前、操業中に大怪我をして1年、そして震災の為にもう1年。およそ2年間漁に出ることができませんでした。
そして遂に明日、「タロウ」と一緒に再び海に出ることにしたのです。お母さんは「タロウ」とご主人のために以前と同じ大きなおにぎりを握ります。
翌日、朝4時。「タロウ」は早朝からやる気満々!待ちに待った久しぶりの漁。落ち着いて何かいられません。
「タロウ」と「太郎丸」という不思議な縁で出会った新しい船。「タロウ」は我先にと新しい船に乗り込みました。
前の船よりも少し大きくなった2代目の『みさご丸』。
津波が多くの人の命を奪って行った今、また同じ海に出て漁をするということはご主人にとってとても深い意味がありました。そこに海があるから、また海に出る。
そんなご主人と再び船に乗る「タロウ」は共に震災を生き延びた同士。以前と同じ様にエサを狙うカモメ達に目を光らせます。
多くの人達に支えられ、再び漁に出ることができた「タロウ」とご主人。これからもご主人の良き相棒としてこの海と共に生きて行こうと思っている「タロウ」なのでした。