#37 秋田県 能代
2004年4月13日放送

  • はたおりの豊姫

  • 姫は絵画のような庭園で機を織っていた。布を織る調べは天国の歌舞の女人が奏でる角笛の音のようであった。「よく精が出るのう。せっかくの素通姫の面影も疲れてしまう。なにゆえにそう骨折る」やさしき館の翁は、姫の体を心配した。「これが私の生き甲斐なのです。孤りのうらさびしさもこれでかないます」
    ある年の秋の十五夜、館の翁が庭で薪を割っていると、小友沼から女のすすり泣くの声がきこえた。不審に思って行ってみれば、豊姫が沼のほとりにたたずんでいる。姫の顔はやつれ、目にみえて精気がなかった。織り布の数も日にまし減っているので、翁はどうしたのかとたずねると、「私は月界の女でしたが、ある罪のあがないのため楽園追放の身となりました。布を千枚織ると、罪が許され月界に戻れるのです。こよい宵の明星とともに最後の一枚ができましたので、お別れせねばなりません。」
    あたかも月の出である。豊姫は銀波のように月光にゆれる衣を身にまとった。「この浦に永くすみたいのですが、衣の下は人間のではありません。私の事は忘れてください。ただ、月の美しい夜には、空を見上げて、星をみつめて私を思いだしてくれるなら幸せです」 この月界の妖精が現世に残す最後の美しい感情は、最愛の翁に捧げられた。おりからの微妙の奏楽をともないながら、姫は天に飛びたった。
    (ゆかりの地―小友沼)

    [0]もどる

    (C)フジテレビジョン