「アダ名は『超ド級』」
板東英二
現在、司会業などで活躍する芸能界の大御所・坂東英二さん。実はプロ野球・中日ドラゴンズの抑え投手として活躍した、正真正銘の元アスリートなんです。高校時代から圧倒的な実力を誇っていたそうで、3年生の時には投手、4番、キャプテンとして甲子園に出場し準優勝。しかも1大会83奪三振という未だに破られていない記録を持っているのです。「大阪桐蔭の彼(辻内選手・高校生ドラフト巨人1位指名)が65くらい獲ったんです。まだ65ですから。松坂や江川で62〜3。私は83ですから」と、ご自分のスゴさを分かりやすく説明して下さった坂東さん。当時のアダ名は「超ド級」というものだったそうですが、それも、その実力から来ていたようです。「(超ド級というアダ名は)高校生としては計り知れないぐらいの投手だったから。僕が言ったワケじゃないですよ。世間が言ったんだから!」そんな計り知れないくらいの実力を持つ坂東さんは、ルール変更に影響を及ぼすほどの選手だったそうです。「(坂東さんが原因で)延長18回(というルール)になったんです。昔は延々と決着がつくまでやってたんです。でも、僕が甲子園に出る前に四国の大会で、1日目16回投げて、翌日に25回投げたんです。2日間で41回も投げるのは高校生の体力的に気の毒だと文部省が考えたんでしょうね。その大会から延長18回のルールが出来たんです」更に!同期生にはこんなスゴイ選手がいたそうです。「東の王(貞治)、西の坂東と言われていましたから。当時、長嶋茂雄さんが巨人から1800万の大金を(契約金で)貰って大変な騒ぎになったんです。王貞治君も18歳で契約金1800万払われたワケですよ。『これはスゴイ』と言われている時に「西の坂東」が騒がれ始めたワケですよ。中日が(提示した金額は)2000万ですよ!」とご自分の能力について謙遜することなく語って下さる坂東さん。果たして本当にそんなにスゴかったのか?なんと、この方が証言してくれました。

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板東英二

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