虹を架ける王妃
-みどころ-

◇エピローグ

日本の敗戦により、GHQの指示により皇族としての地位を失った後、一平民としてつつましく暮らしながら祖国への帰国を願うものの、大韓民国の李承晩政権は切なる願いを許すことはなく、ある日、垠は病に倒れる。愛する夫をなんとか祖国で土に返してやりたいと方子は方々に通い詰め、ようやく帰国の許可をとりつけ祖国である大韓民国でその臨終を迎えさせるという大任を果たす。

戦前戦後に渡る日本人への恨みは韓国に深く蔓延していたが、方子は日本に戻らなかった。愛する夫とその母が残した"学校"(慈恵学校、明輝園の創立)への夢を継いだのだ。身障者が自立できるよう援助する学校づくりを筆頭に、社会福祉の遅れ気味だった韓国に余生をかけたのだ。
資金は自分で書いた書画、絵画、七宝焼きを売り、方々で展示会を開いた。それでも足りず、王朝衣装を自らもつけ、世界各所で"宮廷衣裳ファッションショー"を行った。王室にあるまじきと眉を寄せるものもあれば、おいたわしいと嘆かれたりもした。老齢と立場を気にしてビジネスクラスの席を取ろうとする者があれば、「もったいないわ。少しでも韓国にお金を持って帰りたいのに」と言う。自分には生きるために必要な金しか残さず、すべてを福祉に注いだのだ。
やがて彼女は蔑みから解放され、『韓国福祉の母』と呼ばれるまでに至った。
1989年4月、方子逝去。宿命に打ち勝ち、互いの中に居場所を見つけあった奇跡の夫婦となった二人は、ソウル郊外で静かに眠るのである。
*敬称略

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