虹を架ける王妃
-みどころ-

◇運命の恋を新聞で知る?!

1916年夏。侍女のたえから渡され何気なく開いた新聞に、『朝鮮王朝・李王世子の御慶事――梨本宮方子女王殿下と御婚約』という大見出しが躍っていた!新聞を読む当の梨本宮方子(なしもとのみやまさこ)女王は14歳。当時方子は昭和天皇のお妃候補として有力視されていた。しかし目の前のニュースは他人事のようだが、どう見ても載せられた袴姿の女学生は間違いなく、自分の写真である。
「なぜ、どうしてこのような縁談を受けねばならぬのですか?!」
と、大磯の梨本家の別荘に、涙にくぐもった声が響いた。それは方子の心の声であったが、実際に抗議をしたのは母の伊都子だった。軍国主義の足音が聞こえ始めた時代である。日本と朝鮮における不穏な空気は日増しに濃くなっていた。「私には、娘の幸せを犠牲にしてまで守るべきものなどありません!」と、母親である伊都子は、夫や軍部の言うように、「お国のため」と娘の不幸を納得するわけにはいかなかったのである。
誰よりも困惑していたはずの方子は、母の涙の抗議や父の辛い沈黙を見つめながら、言いたいことも胸に収めてしまった。自分より両親のほうがよほど辛いのだ…と思ったからだ。
*敬称略

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