インタビュー

vol.3 演出 河毛俊作

Q 『抱きしめたい!』というドラマはどんなところから生まれたのでしょうか。
トレンディ以前のドラマが、従来の家族関係や伝統的な価値観に根ざしていたところ、もう1歩、踏み出したものを創ってみたかったんです。ならば、日本型の村的な共同体ではなく、色んな秩序を持った個人で構成されている都市にフォーカスしよう。そうすれば今の時代に、新しい人間関係を描いたドラマが創れるんじゃないかと思ったことが、発想のベースにありました。

Q 具体的に、どんな関係性を?
例えば、当時、雑誌などで紹介されていたDINKS(共働きで意識的に子どもを作らない、持たない夫婦)のような新しい男女の関係性ですね。そこでニール・サイモンが好きなものだから"女性版『おかしな二人』('65年)をやるのはどうだろう?"と考えたり。僕も30代半ばと若かったですし、ともかく、新しいドラマが創りたかったんです。それまでの親と子とか、お金持ちと貧しい人…といったウエットな縦の関係性ではなく、横の繋りがある関係性をドライに描いてみたかった。

Q スタートの前々年には男女雇用機会均等法が施行されるなど、働く女性を取り巻く環境にも変化がありました。
女性の社会参画とか、恋愛においても能動的な時代じゃなくなってきて。今では肉食女子とかね、そんなの当たり前じゃないかと思うんだけど(笑)、女性が外に羽ばたく、強くなっていく黎明期でしたよね。ファッションにしても積極的にマニッシュ(男性的)なものを取り入れるようになった。男性に寄り添うための服装から、自分が楽しむものへと変化していった時代です。

Q 登場人物のライフスタイルまで含めたファッションも話題になりました。
先のダブルインカム(DINKS)とか、刻々と変化するライフスタイル全般を取り入れて、なおかつ"女同士の友情は成立するのか?"――。それまでは女性2人の間に男が絡むと壊れる…というドラマの定石があったけど、そうじゃない、新しくも普遍的な女性の生き方を描いてみたいと。だから、恋愛ドラマに括られがちですが、女の友情を描いた物語でもあるんです。

Q 麻子と夏子のキャラクターというのはどういったところを意識したのでしょうか。
それまでのドラマに出てきた働く女性、ファッショナブルな女性像が、現実の世界とズレていると思っていたんですよ(笑)。だから『抱きしめたい!』では、ドラマで初めてのスタイリストを付けて。衣装からヘアメイクから含めて、2人のキャラクターを構築しました。男っぽく見える麻子がモード系で、逆に女性らしい夏子がマニッシュなんですけど、そこもステレオタイプな衣装ばかりだった、これまでのドラマとは違う新しさだったと思います。
アイテムのほかにも、カフェでの過ごし方やバーでのシャンパンの飲み方など、新しい遊び方を提案するとか。女性が"素敵だな、真似したいな"と憧れる世界観にしたくて。店のエキストラにやたら外国人を入れたり、張り切りすぎの演出もありますが(笑)、僕らが思い描いた当時のトレンドは大体、今では日常となっていますからね。

Q 音楽は、ピチカート・ファイブ。劇伴の楽曲も新しい試みでした。
ドラマにおいて音楽は非常に大事なファクターだと僕は考えているので、以前から存じ上げていた小西康陽さんにお願いしました。

Q 岩城滉一さんが演じた啓介のファッションについては、いかがでした?
ご自身が車への造形が深い方なので、4WDの車を選んだり。衣装をちょっと着崩して、啓介のほどよい遊び人ぶりや"やさぐれ感"を出してくださって。浮気ばかりで優柔不断な男なんだけど、どこか憎めない啓介をトータルで表現してくれたので助かりましたね。

Q 麻子と夏子の関係性を表現する上で、もっとも注力されたことは?
『抱きしめたい!』に限らずですが、"距離感"ですね。幼馴染みの女性同士の"離れられない感じ"とか。僕は男だから、本当のところはわからないんだけど、小中学生くらいの女の子って、手をつないでトイレに行ったりするでしょう?ボディランゲージが多いというか…男同士にはない、そうした女性特有の生理的な部分を見せないと、あの麻子と夏子の特別な関係性は表現できないと思ったんですね。そこは、『Forever』でも意識した部分で。50代になった2人の、その歳なりの距離感、素敵な生き方を描いたつもりです。老眼鏡をかけたり、多少の経年も見せていきながら(笑)。

Q そんな四半世紀にわたり愛される新しい時代の女性像を創り上げたのが、'01年に急逝された松原敏春さん。
そうです。慶應大学の落研(落語研究会)出身だけあって、人情話がお得意な脚本家さんで。僕は松原さんの軽妙な語り口が大好きだったんですよ。そこに僕が思うトレンディとか、都会的な部分が上手く合致した。だから、基本はトレンディなんだけど、よく見れば人情話や、ちょっとディープな…親友の男を盗った、盗られたとか(笑)。意外と人間の中にあるドロドロとしたものも描かれていますからね。

Q ただのトレンディドラマではないというところでしょうか。
そう。人間の、女性のイヤな部分もたくさん描かれているんですけど、僕が『抱きしめたい!』で好きなのは、まさにその部分で。そこを温子さん、ゆう子さんが、実にチャーミングに見せてくれた。『Forever』でも龍居由佳里さんが、ちゃんと松原さんの脚本を踏襲してくださって。人間ってイヤな部分もあるし、無力なんだけど、それでも人生ってまんざら悪いものじゃない。意外とどのドラマでも正面切って言ってこなかった…そんな圧倒的な肯定感が余韻を残すと思います。

Q 当時、温子さん、ゆう子さんが顔を揃えたことにはじまり、ある種の奇跡的な出会いを感じるドラマですよね。
やはり時代を動かすということは、そうした出会いが必要なんだと思います。誰1人欠けても成し得なかったし、『抱きしめたい!』をこんなに長く楽しめることも、なかったでしょうね。


「抱きしめたい!TVガイド」(東京ニュース通信社/発売中)より。
取材・文:幸野敦子(龍居由佳里)
橋本達典(河毛俊作)

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