2026.09.22更新
報道・情報
大学生の及川晴翔さん(22) 右は2011年6歳当時
<9月29日(火) 26時45分~27時45分>
東日本大震災から15年。
津波で両親を亡くした青年、被災地に勇気を届けたいと闘う女子プロレスラー、そして津波にのまれ行方不明となり、遺骨として家族のもとへ戻った少女。震災当時「子ども」だった3人の15年を見つめた。喪失や葛藤を抱えながら生きる姿を通して、震災は今も続いていること、そして決して忘れてはならない出来事であることを伝える。
2011年3月11日に発生した東日本大震災。岩手県内では5147人が亡くなり、今も1106人が行方不明となっている。(県まとめ・2026年4月末時点)
あれから15年。被災地では復興が進む一方、あの日の記憶を抱えながら生きる人々の時間は今も続いている。番組では、震災当時「子ども」だった3人がたどった15年の歩みを振り返る。
陸前高田市出身の及川晴翔さんは、6歳の時に津波で両親を亡くした。祖母に育てられ、大学生となった今、将来への不安や葛藤を抱えながら人生の選択に向き合っている。「支えてくれた人たちに、頑張っている姿を見せたい」と語る晴翔さん。進路に悩む中、大学にもう一年残ることを決断。震災遺児への支援が終了する中で、アルバイトをしながら学費や生活費を賄い、自らの将来を切り開こうとしている。
被災地に勇気を届けたいと闘うプロレスラーのMIRAIさん
宮古市出身の女子プロレスラー・MIRAIさんは、小学5年生の時に見た震災後のチャリティープロレスをきっかけにプロレスラーを志した。“今度は自分がヒーローになりたい”と語るMIRAIさん。復興へ歩む故郷への思いを胸にリングで闘い続ける。2025年に岩手を拠点に活動する「みちのくプロレス」へ移籍し、震災15年の節目に開かれた宮古市での大会では「みちのくプロレス」での初勝利をつかみ、今度は自らが勇気や元気を届ける存在になっている。
震災から約15年を経て遺骨となって戻った山根捺星さん
そして山田町では、津波で行方不明となっていた6歳の少女・山根捺星さんの遺骨が、震災から14年7カ月を経て家族のもとへ戻った。保育所の同級生や家族の記憶の中に今も生き続ける捺星さん。残された写真や映像、そして捺星さんを思い続ける人たちの姿を通して、一人の少女の存在と、その不在を抱えながら歩んできた家族の時間を見つめる。遺骨の発見によって長年抱えてきた思いに区切りがつく一方、家族は改めて喪失の現実とも向き合うことになった。
震災は一人一人の人生を大きく変えた。しかし、その後の時間の中で、人々は悩み、迷い、それぞれの歩みを続けてきた。震災当時は子どもだった3人の姿を通して、東日本大震災が決して過去の出来事ではなく、今も続く現実であることを伝える。
「東日本大震災から15年。震災を知らない世代も増える中、“震災の記憶をどうつなぎ止めるか”と考えたことが、この番組の出発点でした。取材を通して感じたのは、震災は決して過去になっていないということです。6歳で両親を亡くした青年は将来への不安と向き合っていました。震災後、プロレスに魅せられた女性はプロレスラーとなり、今度は自らが誰かを勇気づける存在になろうとしていました。そして行方不明だった娘と約15年ぶりに“再会”した家族は、喪失の悲しみと、それでも前を向こうとする思いの間で揺れ続けていました。震災は多くのものを奪いましたが、人と人とのつながりが、その後の時間を支えてきたのだと思います。この番組を通して、被災地で積み重ねられてきた15年に思いを寄せ、東日本大震災について改めて考えていただければ幸いです」
掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。