2025.09.12更新
報道・情報
正院キリコ祭り
<9月19日(金) 27時15分~28時15分>
能登半島地震で壊滅的な被害を受けた珠洲市正院町。至るところで家屋が倒壊する町の一角に、理容室のサインポールがクルクルと回り、営業を知らせていた。店の中だけは震災前と変わらない。店主と客は不便をも笑い飛ばし、励まし合った。当たり前の“日常”を一つずつ取り戻す。店主や町民たちは、できることを模索し続けた。つらい時こそ笑顔で!やさしくてたくましい、そんな能登の人々の震災後の1年を追った。
至る所で家屋が倒壊し、土砂崩れや道路の崩落で通行できない場所も・・・。奥能登・珠洲市正院町が震度6クラスの大きな地震に見舞われるのは、ここ数年で3度目。極め付きが2024年元日の能登半島地震だ。壊滅的な被害を受けた町の一角に、営業を知らせる理容室のサインポールがクルクルと回っていた。それは“日常を取り戻す”という決意の表れ。店主は正院町で約100年続く店の4代目、瓶子明人(へいしあきひと)さん、42歳だ。避難所で「髪を切りたい」という声を聞き、地震の発生から約2週間で店を再開した。瓶子さんは地震発生直後、地域の消防団として不眠不休で活動に当たった。団員達も被災し、活動できる人数も機材も限られる中で、救えなかった命も多くあった。その経験があるからこそ、なおさら“日常”の尊さを感じた。
理容師の瓶子明人さん
震災から1か月たった正院町
「非日常」が広がる町中で、店内だけは震災前と変わらなかった。多少の不便は、笑い飛ばしてやり過ごす。瓶子さん自作のシャワーから出る温かい湯に歓声をあげる男性、ビニールハウスも我が家だと話す人、最近始まった給食に苦手な野菜が入っていて困る小学生・・・。先の見えない今だからこそ、“震災前の当たり前”を一つずつ取り戻す。そんな決意で、能登の人たちの一番の楽しみともいえる祭りの実施など、瓶子さんたちは、できることを模索し続けた。
約1万1700人いた珠洲市の人口は、震災後の1年で1割減った。2024年9月には奥能登豪雨も発生し、更なる被害を受けた。それでも能登の人々のやさしさと、たくましさは変わらない。瓶子さんたちは未曽有の被害に見舞われようとも暮らしたい場所は「やっぱり故郷の正院なんです」と話す。そう「正院になけんな(正院でないと)」と。
「地震で能登の暮らしも風景も激変しました。それでも、変わらないのは人の“やさしさとたくましさ”です。発災当初は体に感じる揺れが続き、命の危険を感じながらの取材で私の心も折れそうでした。しかし、私たち以上に過酷な生活を強いられているはずの能登の人々は温かかった。家屋が倒壊する町で、初めて理容室のサインポールが回る様子を目にした時は、本当にほっとしました。店主は他人に頼まれると断れない性格で、避難所で“髪を切りたい”という言葉を聞き、発災の2週間後に営業を再開したと言います。甚大な被害を受けても、店主や町の人は“こんな時だからこそ笑顔”と活動を続けていました。まさに能登の“優しさとたくましさがココにある”と感じました。地震で能登の過疎は一段と進んでいます。それでも、能登の人々なら乗り越えてくれるのではないか。そんな願いとエールを込めて制作しました」
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