『ウクライナ、9×9の歌 明日をつくる子どもたちへ』

2023.05.25更新

報道・情報

第32回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品(制作:カンテレ)

都内の小学校に通うヤン君

『ウクライナ、9×9の歌 明日をつくる子どもたちへ』

<6月1日(木) 27時25分~28時25分>

「学びをあきらめないで」…願いを込めた歌

戦禍を逃れ日本にたどり着いたウクライナの子供たち。「授業についていけない」。言葉の壁に阻まれ、孤立していた。「子供の将来が心配。力になれなくて…」。母は唇をかみ涙を流していた。プライバシーの保護などを理由に彼らの情報の多くは公表されていない。学校現場は手探りで向き合っていた。「学びをあきらめてほしくない」と立ち上がった教授と留学生。ウクライナの明日をつくる子供たちのために日本で紡がれた歌がある。

子供たちから“学び”をも奪う侵攻。決して見捨てないと立ち上がった人たちがいる。

ロシアの侵攻により教育機会の喪失の危機にさらされるウクライナの子供たちは500万人以上。日本にも約400人の子供たちが戦禍を逃れたどり着いた。
異国の言葉に囲まれた中で過ごす時間は、子供たちに何をもたらしているのだろうか。

東京に避難したオルハさん一家。娘のオリビアさん(小学6年生)とヤン君(小学3年生)は都心の小学校に通っている。学校では、週に2日ほど通訳を導入しているが、授業や学校生活の多くはカバーできず、スマホの翻訳アプリなどで意思疎通を図っている。日本語が飛び交う日々の学校生活に2人が戸惑う姿も見られた。

そんな子供たちの教育を支援するプロジェクトを立ち上げたのが京都教育大学の黒田教授だ。小学校から高校まで対応する算数と数学のウクライナ語の動画教材を約600本作成し、YouTube に公開する取り組みを進めている。

翻訳を担当するのは留学生のカテリーナさん。祖国が侵攻を受けて帰国できなくなった。母と弟はドイツに避難したものの、父親は軍に入隊し前線にいる。家族の事、自分の将来の事…様々な不安を抱えながら「自分に出来る事はないか…」と考え続けていた。

一方、多くの教材を完成させたものの、期待したほどには幅広く活用されていないという現実に黒田教授は直面していた。日本のカリキュラムに基づいて作った教材は、それまでウクライナで教育を受けていた子供たちにマッチしていない部分があったのだ。

特に日本の小学2年生が1年かけてじっくり学ぶ九九については両国の違いが鮮明だった。

「ウクライナ語の九九」を作るプロジェクトに臨む黒田教授と学生たち
左から)カテリーナさん、松下旭さん、奥原美紅さん、黒田恭史教授

ウクライナには、日本のように九九を覚えるとき語呂で暗唱する習慣はなく、九九の学習に割く時間も半分以下であることがわかった。その結果、ウクライナの子供たちが日本の学校で計算スピードについていけなかったり、掛け算でケアレスミスをしてしまったりするという課題も見つかった。

ウクライナの子供たちが自信を持ち、前向きになれるきっかけをつくりたい―。
教授は、計算に親しみが持てる“ウクライナの九九の歌”を作るプロジェクトを立ち上げた。

ウクライナの子供たちのために、仕事の合間を縫ってプロジェクトを進める教授。自らも大変な環境に置かれ、葛藤を抱えながらも翻訳に取り組むカテリーナさん。何が彼らを突き動かすのだろうか。

親の都合でも自分の希望でもなく日本にやってきた子供たちと、戦時下で後回しにされがちな教育支援に試行錯誤しながら臨む人たちの姿を追った。

算数動画を見るオルハさん一家
左から)姉・オリビアさん、弟・ヤン君、母・オルハさん

コメント
語り・奈緒

奈緒

◆語りの収録を終えて、率直な感想を教えてください
「私自身、ウクライナで起こっていることが、すごく遠い距離の話になってしまうところがあった中で、今回の映像を見て、自分のすぐ近くにいらっしゃることに気づかされましたし、自分でどう思うか、何を信じるか、自分に何ができるのかを考えて、向き合い続けることがとても大切なことだと感じました。

今の私にできることは、役者として表現して見てもらえることなのかもしれないですし、それが何だろうと考え続けています。

きっとこの番組が、誰かにとって、“自分にできることは何だろう”って考えるきっかけになるんじゃないかっていう気がしていて、見てくださった皆さんのどこか記憶の中に残るものになるといいなと思っています」

◆日本で暮らすウクライナの子どもたちからどんなことを感じましたか?
「ヤン君が“ありがとう”の気持ちを返すだけじゃなくて、その先のアクションを起こす姿に、私自身すごく学ばせてもらいましたし、希望やパワーをたくさんもらいました。

大人になって振り返ってみると、学校で勉強したことよりも、逆上がりができたとか、友だちとけんかしたけど仲直りできたとか、何かを乗り越えた体験の方が、今の自分にとって大切なことになっているなと思います。子どもたちに私自身を重ね合わせて、自分の学生時代を思い出していました」

◆今でも大切にしている学生時代の出来事、“何かを乗り越えた体験”はありますか?
「小学校の時から絵を描くのが好きで、似顔絵を描いたり、いろんな絵を描いて、友だちに喜んでもらえたっていう経験が今振り返ると、すごく自信につながっていましたし、自分を肯定できることにつながっていたと思うんです。

でも、中学で美術部に入ると、どうしても“うまく描かなきゃ”“人に評価されなきゃ”っていう気持ちになって、純粋に絵を描くことを楽しむ気持ちがどんどん失われてしまって…。

そんな時、私が絵を描いている途中に“あっ失敗した”ってひとりごとをつぶやいたら、美術の先生が“絵に失敗はないよ。失敗してないよ”って言ってくれたんです。

先生からその言葉をもらうまでの私は、誰かの基準で失敗したと思いこんでいたので、その言葉で失敗のない世界というか、そういうものに気づけたと思います。

その言葉に支えられて、今でも絵を描くことって楽しいなって思いますし、お仕事でも“今日、うまくいかなかったなぁ”と落ち込むこともあるんですけど、それでも失敗ではないと思うようになりました。

私も子どもの頃出会ったすてきな大人たちのように、宝物みたいな子どもたちと向き合ったときに“あの人と出会えて良かった”って思ってもらえるような大人になりたいです」

◆母1人で、4人の子どもを抱えて避難してこられたエフゲニアさんの姿からどんなことを感じられましたか?
「うちも父が早くに亡くなったので、母が1人で育ててくれたんですけど、だからこそ、今、大人になってみて“あっ、この時お母さん大変だっただろうな”とか、“この時、たぶんこれ我慢してくれてたんだろうな”って、気づく機会っていうのがたくさんあって、その度に自分が受けてきた無償の愛っていうのを感じる瞬間が、一緒にいなくても、ただ生きているだけですごくあるんですよ。そんなに愛されていた自分を感じるだけで、自分を肯定できるんです。

母は、環境を少しでも良くしてあげようとか、そういう風に思って、汗水たらして私を育ててくれていたんだなっていうのを、今になって気づかされます。

お母さんから受けた愛っていうのは、記憶の中で消えることは絶対にありませんし、それは、本当に本当に私自身にとって、すごく幸せなことだったんだなって…。

だから、きっとエフゲニアさんの思いっていうのは、お子さんたちが大きくなった時に、すごく温かい形で、かけがえのないお守りになるような愛情だと感じました」

ディレクター・井上真一(関西テレビ 報道センター)

「“みんなが何を言っているかわからないの”。教室で1人遠い目をしていたヤン君。20年前、勉強についていけず孤立し、道を踏み外していった外国籍の友人の姿に重なり、彼に寄り添えなかった苦い記憶が蘇ってきました。記者として私にできる事はないのか。悶々(もんもん)としていた時、黒田教授の取り組みを知りました。“戦争は子供から学ぶ機会をも奪う。あきらめてほしくない。自信を持つきっかけを作りたい”。黒田教授は寝る間を惜しんで動画づくりを進めていました。翻訳でサポートする留学生のカテリーナさん。家族と離れ離れになり、気持ちの浮き沈みがある中でも“戦争は戦地だけで起きているわけではないことを伝えてほしい”とカメラを回すことを受け入れてくれました。身近な場所にいたウクライナの人たち。8000キロ先で続く戦争が自分事になっていきました。この番組が皆様にも自分事として届き“何かできないか”と考えるきっかけになることを願っています」

【番組概要】

第32回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『ウクライナ、9×9の歌 明日をつくる子どもたちへ』(制作:カンテレ)
≪放送日時≫
6月1日(木) 27時25分~28時25分
≪スタッフ≫
語り:奈緒
プロデューサー:萩原 守(関西テレビ 報道センター)
ディレクター・構成:井上真一(関西テレビ 報道センター)
撮影:竹田光彦(コールツプロダクション)
編集:宮村泰弘(東京光音)
MA:萩原隆之(シャガデリック)
効果:藤原 将(シャガデリック)

掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。