『石巻を書く~被災地で生きる記者・宮城~』

2022.07.29更新

その他

第31回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品(制作:仙台放送)

武内宏之さんの取材風景

『石巻を書く~被災地で生きる記者・宮城~』

8月5日(金) 27時5分~28時5分

生涯一記者が伝えたい“石巻の今”

宮城県石巻市。武内宏之さん(64)は、2017年まで地元の地域紙、石巻日日新聞社の記者として働いていた。2011年3月11日に発生した東日本大震災では会社に津波が押し寄せ、新聞を印刷する輪転機が使えなくなった。当時報道部長だった武内さんと新聞社のスタッフは、紙とペンで手書きの「壁新聞」を制作する。震災の翌日から6日間、被害状況や避難所情報を書き込んだ壁新聞を、コンビニや避難所に貼り出し情報を伝え続けた。

「伝えきれない被災地の現状。それでも「知りたい、伝えたい」と取材を続ける元新聞記者の思い

自宅で原稿を執筆する武内宏之さん

新聞社を退職した武内さんは現在も取材を続け、被災地のできごとや人々の言葉を本にまとめようとしている。変わりゆく被災地を取材し伝え続けることが役割だと考えているからだ。津波で当時6歳だった妹を亡くした19歳の女性。去年から伝承活動に取り組み始めている。心境の変化を取材したいと考えていた武内さんだが「心の傷を広げかねない」と二の足を踏んでいた。その後の取材から女性の気持ちを知り、伝承の在り方を考える。津波で大半の住宅が流された石巻市の小さな集落。住民主体で集会所の整備を進め、震災後のコミュニティーづくりに成功した事例を書き残そうと取材に向かうが、現状は違った。ふるさとで生きるからこその「葛藤」、そして自分自身の中の「譲れない思い」によってたびたび人生の分岐点に立たされてきた武内さん。勤めていた新聞社は、新聞離れに加え震災によって社屋が被災し読者も奪われ立て直しが急務だった。会社は抜本的な改革を進め、記者が取材し発行する行政の広報誌の仕事など、新たな媒体を手掛けて経営は改善していく。社の方針も「報道」から「情報」へと転換していく。一方で、報道機関の使命感や純粋な興味でペンを握り続けてきた武内さんはこの変化の波にどうしても乗ることができなかった。武内さんは自ら会社を去り、何ものにも縛られず取材する道を選ぶ。

石巻市内の山(馬っこ山)の頂上から市内を眺める武内宏之さん

2013年に出会った遺族の取材。子供たちを亡くした絶望からどうやって立ち直ったのか。長い付き合いの中で一度も聞けずにいた。自らの体験、活動の集大成と考えていた今回の取材でようやく聞けた思い。そこには、これからの被災地を生きるすべての人に通ずる思いがあった。もしかしたら、もう記者・取材者の立場ではないのかもしれない。この地に生きる仲間としてこれからも一緒に歩んでいきたいと考えている。武内さんの原稿の完成までもう少し。石巻の今を未来に残すために今日も書き続ける。

【コメント】
ディレクター・構成 柳谷圭亮(仙台放送報道部)

「東日本大震災により石巻市が“被災地”と呼ばれる何十年も前からこの地で暮らし、その変化を一市民として感じ取ってきた武内さん。その取材を追わせてもらうことで、まだ見ぬ被災地の現状を伝えられるのではないか。そんな思いで撮影を始めました。しかし11年がたち被災地は常に変化していて、武内さんですら初めて知る“石巻の今”がそこにはありました。丁寧に取材をして、書き記していく言葉の一つ一つが、次の災害に見舞われるであろう“未災地”への助けになると考えています。一方、被災地でともに生きるからこそ生まれる、葛藤を抱えながら取材を続けてきた武内さんが、番組の最後に口にした言葉。同じ被災地のメディアとして取材にあたる私たちに“お前たちにその覚悟はあるか”と突きつけられたように感じています」

【番組概要】

第31回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『石巻を書く~被災地で生きる記者・宮城~』(制作:仙台放送)
≪放送日時≫
8月5日(金)  27時5分~28時5分
≪スタッフ≫
語り:松崎ナオ
撮影:下山雄生
編集:上池隆宏
CG:清野雅敏
タイトル:小野寺貴文
MA:市原貴広(ヴァルス)
音効:角 千明(ヴァルス)
ディレクター・構成:柳谷圭亮(仙台放送報道部)
プロデューサー:菊地章博(仙台放送報道部)

制作著作 仙台放送

掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。