『奇跡と呼ばれなくなる日まで~震災10年 釜石の軌跡~』

2021.07.29更新

その他

第30回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品(制作:岩手めんこいテレビ)

奇跡と呼ばれた避難を体験、伝え続けてきた菊池のどかさん

『奇跡と呼ばれなくなる日まで~震災10年 釜石の軌跡~』

8月4日(水) 26時55分~27時50分

“釜石の奇跡”伝えてきた語り部10年の葛藤

東日本大震災で岩手県釜石市の小中学生が一斉に高台に向かった避難行動は当初“奇跡”とたたえられた。その体験を伝えてきた語り部・菊池のどかさんは、多くの住民が命を落とした中、成功事例としての側面ばかり注目されることを心苦しく感じ、葛藤していた。震災10年目、のどかさんは児童ら84人が犠牲になった宮城県・大川小学校の遺族と初めて交流、悲しみを繰り返してはならないとの思いを分かち合う。そして25歳の春、新たな道に進むことを決意する。

釜石の語り部としてあの日を伝え続けている

“釜石の奇跡”を体験し語り部として伝え続けてきた女性 葛藤の末に10年を迎えた春 新たな一歩を踏み出した

東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県釜石市。津波で1064人が犠牲となったが、その一方、事前の防災教育の成果により、市内の小中学生のほとんどが高台に避難していて、当初“奇跡”として注目された。あれから10年、その当事者として体験を伝えてきた語り部の女性・菊池のどかさんは、“成功事例”としての側面ばかり注目されてきたことを心苦しく感じ、葛藤し続けていた。その震災では釜石とは対照的とも言える出来事も起きている。児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校だ。“奇跡”と“悲劇”、あまりの境遇の違いから、双方の当事者が交流する機会はこれまでほとんどなかったが、10年近い月日を経た2020年ついに実現。のどかさんは遺族たちと思いを分かち合い、未来の命を守るため、ともに歩む決意を新たにした。

大川小学校の遺族と心の交流
右)菊池のどかさん

のどかさんが語り部を始めたのは、「悲しみを繰り返したくない」との思いからだった。語り続ける傍ら、様々な経験を積む中で、彼女は次第に、災害弱者のサポートなどといった“地域の防災力向上”に力を注ぎたいと考えるようになっていた。25歳の春、新たな一歩を踏み出す決心をする。

その一方で、震災前にのどかさんたちが取り組んでいた“ユニークな防災学習”に注目する動きも広がっている。津波に見立てた車と競走する授業やビデオ制作といった盛んな活動を行うことができていたのはなぜなのか。のどかさんや教員の言葉からひもといていく。

“奇跡”と呼ばれた出来事から10年、のどかさんを中心に、「次の災害ではみんなが助かるように」と願い、歩んできた人たちの軌跡を追った。

 

ディレクター・佐々木雄祐(岩手めんこいテレビ 報道局報道部)コメント

「“うらんだ時期もあった” “一生話せないと思っていた”。
“奇跡”と“悲劇”の当事者が本音で語り合うこの場面を映像として記録したのはめんこいテレビだけでした。当事者にしか分からない葛藤があることや、事実を一面的に見ているだけでは真に教訓を得たことにはならないことを取材で実感した私は、この場面を軸に、10年“命”に向き合い続けてきた人たちの思いを伝える番組を作りたいと考えました。菊池のどかさんや大川小遺族・佐藤敏郎さんの姿からは、現在の学校防災や地域防災にはまだまだ足りないものがあることを思い知らされるとともに、防災は本来生活に不可欠なもので、難しく考えすぎず、できることから“日常”として取り組むことが大切と教えられました。あの日を原点として人生を歩むのどかさんたちの思いに触れていただくことで、尊い犠牲を無駄にしないためには何をすべきなのか、改めて視聴者の皆さんにも考えてもらえたらと思っています」

【番組概要】

第30回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『奇跡と呼ばれなくなる日まで~震災10年 釜石の軌跡~』(制作:岩手めんこいテレビ)
<放送日時>
2021年8月4日(水)26時55分~27時50分
<スタッフ>
ナレーション:森尾絵美里(岩手めんこいテレビアナウンサー)
プロデューサー:一戸俊行(岩手めんこいテレビ 報道局)
ディレクター・構成:佐々木雄祐(岩手めんこいテレビ 報道局報道部)
撮影・編集:上川友記(岩手めんこいテレビ 報道局報道部) 

掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。