『海の向こうの首里城』

2020.11.04更新

その他

第29回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品(制作:沖縄テレビ放送)

『海の向こうの首里城』

11月11日(水)26時50分~27時45分

燃えた首里城がつなぐ、ウチナーンチュの思い

2019年10月、首里城が燃えた…。
沖縄県民は、心にぽっかりと穴が空いたような喪失感を感じていた。そんな中、首里城に祈りを捧げる1人の男がいた。彼の名はエリック和多(わだ)さん、ハワイの地で沖縄の文化継承に努める男だった。彼は言った「首里城の再建は建物だけじゃなく、沖縄の言葉や文化、歴史の作り直しだ」と。
首里城を失い、多くの県民がその存在と向き合い始めた。ウチナーンチュが忘れかけていた大切なこと…、海のはるかかなたから沖縄を思う彼らが教えてくれた…。

首里城が燃えた日、私たちは何かを失った。その答えを教えてくれたのはハワイからやってきたウチナーンチュだった。

エリック和多さんと首里城紅型

2019年10月31日、首里城が燃えた…。沖縄県民が皆悲しみに暮れている中、首里城に祈りを捧げる1人の男が地元紙に載った。彼の名はエリック和多さん、海のはるかかなたハワイからやってきた男だった。

エリックさんは沖縄にルーツを持つ沖縄県系4世。ハワイ生まれながら琉球舞踊の免許皆伝、あらゆる芸能に精通する彼は、「御冠船歌舞団 (うかんしんかぶだん)」という琉球芸能グループを立ち上げ、ハワイの地で沖縄の文化継承に努めていた。首里城火災が起きた日、エリックさんは偶然にも沖縄を訪れていた。その時、エリックさんが目の当たりにしたのは、涙する若者の姿…。沖縄で新しい何かが芽吹き始めたと感じていた。エリックさんは悟った。「首里城の再建は建物だけじゃなく、ウチナーンチュのアイデンティティーの作り直しだ」と。そして誓いの祈りを捧げたのだった。

エリックさんの家には、彼と首里城をつないできたものがあった。それは移民1世の曾祖母・仲村カナさんの形見、首里城が描かれた紅型(びんがた)だった。この紅型は首里で最も古い歴史を持つ「城間(しろま)びんがた工房」で作られたもので、その図柄は戦後、紅型を復活させた伝説の職人・城間栄喜(しろま・えいき)さんが描いたものだった。食べるものすらなかった戦後当時、栄喜さんは捨てられたベッドシーツを拾い、アメリカ軍の銃弾を道具に加工して紅型を復興させた。その時、栄喜さんが最初に描いたのが、この図柄「首里城風景」だという。焼け野原となった首里の風景を取り戻したいという強い思いから、自身の記憶を頼りに染め上げたものだった。エリックさんの曾祖母・仲村カナさんと城間栄喜さん、1枚の紅型がつないだ生まれ故郷への切なる思い。しかしついに2人は復元される首里城の姿を見ることなくこの世を去った…。長い歳月の間、彼らにとって、そしてエリックさんにとってもこの紅型こそがかけがえのない「首里城」そのものだったのだ。

歴史学者・高良倉吉さん

首里城が復元されたのは1992年。そのプロジェクトリーダーを任されたのが歴史学者・高良倉吉(たから・くらよし)さんだった。戦争によってほとんどの資料が失われた中での復元は困難を極めた。さらに当時、専門家の間では復元する必要はないとの声も多く、新聞には「観光施設」だと書かれた。それでも高良さんは強い使命感に突き動かされていた。この島に琉球という国があったこと、そしてその中心が首里城だったということを、その姿をもって県民に感じてもらいたかった…。高良さんは6年の歳月を費やし、幻の姿を形にしていった。そして1992年に首里城正殿を復元。さらにその後も周辺の建造物を次々と復元させ、2019年2月、30年以上にわたるプロジェクトはようやくすべての復元事業が完了したのだった。…その矢先に、あの火の手が上がった。高良さんは家の窓からその様子を眺めていた。30年の努力が崩れ去っていくのを前に、途方に暮れていた。だが、自分と同じように首里城の焼け跡に涙する県民を見て気付かされたという。復元当初は多くの批判や無関心にさらされたが、復元から30年の歩みを経て、首里城は県民の心に刻まれていたのだと。首里城の焼失は、県民の心に眠っていた、ウチナーンチュとしてのアイデンティティーを目覚めさせた。

首里城を失い、多くの県民の希望となったのは若者たちがいち早く再建に向けて動き始めたこと。琉球大学に通う稲福政志(いなふく・まさし)さんも自分にできることを探していた。これまで沖縄のことに無関心だった稲福さんは、首里城の焼失になぜこれほど悲しみを感じているのか、はっきりとわからずにいた。その答えを模索しているときに沖縄を訪れていたエリックに出会い、その思いに触れた。感銘を受けた彼は、ハワイまで出向き、再びエリックさんのもとを訪ねた。そこで目の当たりにしたのは、もう1つの沖縄。遠く海の向こうにいながら、純粋に沖縄を大切に思うハワイのウチナーンチュの姿だった。稲福さんが身近すぎて気付くことのなかった故郷・沖縄への思い。それを彼らが、そして首里城が教えてくれた。

2026年に首里城正殿は復元される。前回の復元とは違い、今度は多くの県民の思いも乗せて。エリックさんは再び海の向こうの首里城に手を合わせた。離れていてもウチナーンチュの心はひとつだと。

ディレクター・遠藤駿(沖縄テレビ放送報道部)コメント

「首里城焼失後、不思議に思ったのは、全ての県民が皆同様に深い悲しみを受けたということでした。連日現場で取材をしましたが、世代を問わず、中には一度も首里城に行ったことがないという人も涙していました。この悲しみはどこから来ているのか…。県内では首里城の歴史、復元に関わった職人の話など様々な特集が報道されましたが、その悲しみの根源にはなかなか結びつきませんでした。そんな時見つけた首里城に祈るハワイの沖縄県系人の記事。海の向こうからこれだけ純粋に首里城、そして沖縄へ思いを寄せてくれる人がいる…。県民が身近すぎて気付けなかった大切なことを、彼らが教えてくれると思いました。さらに記事の男、エリックさんの取材でたどり着いた1枚の“首里城紅型”。リサーチを進めていくと、様々な人々の思いに導いてくれました。ウチナーンチュにとって首里城とはどんな存在だったのか、未来につなげていくことの意味を番組を通して感じてほしいと思い制作しました」

【番組概要】

第29回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『海の向こうの首里城』(制作:沖縄テレビ放送)
<放送日時>
2020年11月11日(水)26時50分~27時45分
<スタッフ>
プロデューサー:山里孫存、末吉教彦
ディレクター:遠藤 駿
構成:渡邊修一(フリーランス)
撮影・編集:喜友名朝之(沖縄テレビ開発)
ナレーター:尚玄(エーライツ)

掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。