『あきたこまち ここにあり』

2020.07.15更新

その他

第29回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品(制作:秋田テレビ)

「東麒麟」で研修中の小玉さん
(右)小玉智之さん

『あきたこまち ここにあり』

7月22日(水)27時~27時55分

ブラジルでふるさとを思い、日本文化を愛す。

1961年、秋田からブラジルに移住したブラジル秋田県人会の川合昭会長(84歳)は、会の運営に自らのすべてを捧げてきた。一方、1934年日本からの移民のためにブラジルで誕生した日本の酒「東麒麟(あずまきりん)」で研修中の小玉智之(26歳)は、潟上市にある酒蔵の6代目。蔵の将来を見据えた研修の場にブラジルを選んだ理由には、祖父の代から続く「東麒麟」との深い縁があった。2人の姿を通して、日本文化を見つめる。

歴史を重ねた秋田とブラジルの強い絆。そして、未来をつかむ若き挑戦。

10年間、ブラジル秋田県人会館に泊まり込んでいる川合昭さん

日本からブラジルへの移住が始まったのは、1908(明治41)年。およそ25万人が海を渡った。
秋田県から移住した人の数は、他の都道府県に比べて多くはないが、およそ4万人。戦後移住の代表的な存在が、ブラジル秋田県人会の川合会長だ。
2年前、秋田を訪れた川合は、サンパウロで日本の文化を紹介する「日本祭り」を開催していること、毎年20万人近い来場者があること、秋田県人会もこのイベントで秋田の味を提供していることを、80歳とは思えない程の熱気を込めて語ってくれた。
移民の国・ブラジルで、どのようにして日本文化が広く受け入れられることができたのか。川合はどんな人生を歩んできたのか。なぜ、これ程までにふるさと・秋田との絆を大切にしているのか。ブラジル秋田県人会とはどんな存在なのか。そして、川合という人物に強く惹(ひ)かれた。

「日本祭り」でブラジル秋田県人会の会員が扮したナマハゲ

一方、秋田とブラジルのつながりを取材していて出会ったのが、潟上市にある酒蔵の6代目・小玉智之だ。東北大学理学部卒業後、家業である「太平山」を継ぐことを決意。入社後、2019年4月から1年の予定でブラジルで研修中だという。「太平山」は、技術面で秋田の酒をリードしてきた酒だ。研修先は、サンパウロから車で2時間の町・カンピーナスで造っている日本の酒「東麒麟」の工場だった。
「東麒麟」は、三菱の創始者・岩崎彌太郎の長男・久彌(ひさや)が経営するコーヒーを栽培していた東山農場が、「日本からの移民に日本の酒を飲んでもらいたい」と、1934年に造り始めた酒。酒の国と言われている秋田の酒蔵を継ぐ小玉が、なぜ遠いブラジルで研修しているのか。ブラジルで造られている日本の酒とはどんな酒なのか。
「太平山」と「東麒麟」には、小玉の祖父、4代目・小玉順一郎から続く深い縁があった。
さらに、「日本祭り」での秋田県人会の活動と「東麒麟」の双方に使われていたのが、今や秋田の代名詞となった米「あきたこまち」だった。
2019年7月、取材に訪れたブラジル。2人は、多種多様な文化にあふれる国で、日本文化と向き合っていた。

ディレクター・佐藤真弓(秋田テレビ制作部)コメント

「番組の最後を“人との心のつながりが、生きる力になる”という言葉でまとめました。川合さんと小玉さんの姿を追わせていただいての実感です。遠くブラジルの地で長年暮らしてきた川合さん。文化も習慣もまったく違う国でゼロから生活を築くという苦労は、計り知れないものがあったと思います。ふるさとを同じにする人同士の心のつながり、秋田で暮らす兄弟・知人との心のつながりが川合さんの活力になっていました。酒蔵の将来を担うことになった小玉さんも、ブラジル人との付き合いから、自らの人生を切り開く力を得ました。私自身も、2人から多くの力をいただきました。人とは、そのように生きるものなのだと学びました」

【番組概要】

第29回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『あきたこまち ここにあり』(制作:秋田テレビ)
<放送日時>
2020年7月22日(水)27時~27時55分
<スタッフ>
プロデューサー:星野 隆
ディレクター・構成・編集:佐藤真弓
撮影:北林竜大
ナレーター:後藤美菜子(フリーアナウンサー)

掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。