FNSドキュメンタリー大賞

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2019.6.10更新

中皮腫患者たちの闘いに1年4カ月密着!

病院で診察を受ける中皮腫患者・右田孝雄さん 左から)和歌山労災病院 細隆信さん 右田孝雄さん

病院で診察を受ける中皮腫患者・右田孝雄さん
左から)和歌山労災病院 細隆信さん 右田孝雄さん

第28回FNSドキュメンタリー大賞 ノミネート作品
見知らぬ棘~アスベスト・中皮腫患者の闘い~

6月15日(土)26時55分~27時50分

中皮腫を発症しながら「どこでアスベストを吸ったのか分からない」という現実

かつて“奇跡の鉱物”と呼ばれたアスベスト(石綿)は、高度経済成長期に様々な製品に使われた一方で、がんの一種・中皮腫を引き起こした。被害に遭ったのは、アスベスト工場の作業員だけではない。中皮腫を発症しながら「どこでアスベストを吸ったのか分からない」人達が大勢いる。彼らには労災が適用されず、企業からの補償金もない。日々悪化する容体、そして死。患者たちの生きざまを通して、今なお続くアスベスト被害の実像に迫る。

余命2年と告げられたある中皮腫患者の闘い
患者仲間・栗田英司さん(左)の見舞いに行く右田さん 左から)栗田英司さん 右田孝雄さん

患者仲間・栗田英司さん(左)の見舞いに行く右田さん
左から)栗田英司さん 右田孝雄さん

「まいど~!よう来てくれました」と元気に話しかけてくれた金髪の男性。中皮腫患者・右田孝雄さんとの出会いだった。その明るさと外見から「本当に死が迫っている患者なのか?」と思った。それまでほとんどアスベスト被害の取材をした事がなかった私は、中皮腫と言えば、アスベスト工場やその周辺住民など、限られた人が被害に遭う問題だと考えていた。そして右田さんの陽気な姿から、中皮腫という病気の恐ろしさを感じる事もなかった。今考えると右田さんの明るさは、自分の不安を押し隠すためのものだったのかもしれない。

右田さんは、2016年7月に余命2年と告げられた。中皮腫はアスベストを吸ってから数十年経って発症するとされる。自分がいつどこでアスベストを吸ったのか、右田さんは記憶をさかのぼっても分からず、以前勤めていた郵便局の建物を訪れてみても手掛かりは見つからない。「なんでこんな病気に…」。家族と一緒に落ちこんだ。

取材を進めると、同じような境遇の人たちが全国各地にいた。18歳で中皮腫と診断され、左肺を全摘した田中奏実さん。4度の手術を行ったものの腫瘍が全身に転移し、死が差し迫っている栗田英司さん。さらに病気を発症してからこどもを出産した女性も…。この人たちも皆、どこでアスベストを吸ったのか分かっていない。仕事が原因なら労災が適用されるが、彼らには適用されない。企業からの補償金もない。国は、アスベスト被害の救済として、一定の療養手当を支払っているが、その額は労災などに比べればほんの僅か。治療のために仕事を辞めざるを得なかった人たちは、手当だけでは生活できないのだ。

取材の中で「世間に知られていないこの問題を広く伝えてほしい」とたくさんの患者が口にした。中には周囲に病気を公表していないのに話をしてくれた人もいる。全国にいる患者たちと出会うにつれ、「自分自身や家族・友人に降りかかってもおかしくない問題なのかもしれない」そう感じるようになった。私たちの多くがこれまでの人生のどこかでアスベストを吸い込み、知らないうちに“棘”を抱えていても不思議ではない。

アスベストの問題は終わらない。中皮腫の発症のピークは2020年代以降に…。
中皮腫患者の現状を訴え、救済を国に求める右田さんら

中皮腫患者の現状を訴え、救済を国に求める右田さんら

右田さんは、「患者同士だからこそ分かりあえる」と精力的に全国の患者に会いに行った。しかし彼の元気な姿とは対照的に、周りの仲間たちはどんどん容体が悪化していく。取材した期間中にも4人の中皮腫患者が亡くなった。5年生存率およそ7%とも言われる中皮腫の現実だ。仲間の死を迎える度に、右田さんは自分の病の重さを痛感することになった。現状を変えてほしい。治療法を少しでも増やしてほしい。労災並みの補償を…。患者たちが抱き続けている願い。そして患者たちは、ついに立ち上がった。右田さんや栗田さんたちが呼びかけ、全国各地から患者やその家族が200人以上集まり、国に自分たちの思いを訴えたのだ。患者の切実な思いは国に届くのだろうか。2005年の「クボタショック」でアスベストの危険性は広く知られるようになったが、その後、時間の経過とともに当時の報道の熱量が影を潜めたように感じる。しかしアスベストの問題はまだまだ終わっていない。中皮腫の発症のピークは2020年代以降に来るとも言われ、患者はまだまだ増えていく。むしろこれからの問題なのだ。

「患者自身が動いても何も変わらないかもしれない、でも動かないと何も変わらない」。そんな思いを抱きながら、活動を続ける彼らを1年4カ月密着した。余命宣告を受けた彼らには、残された日々は限られているかもしれない。その1日1日を彼らは精一杯生き、これから発症する人たちのために命を削る覚悟で行動し続けた。突然降りかかった逃げたくなるような現実の中でも必死に生きる彼らの姿を見て頂きたいと思う。

コメント

ディレクター・縄田丈典(関西テレビ報道センター)

「アスベスト問題について聞かれたらまず何を思いますか?「昔話題になっていたけど、詳しくは知らない」「もう終わった問題でしょ」「アスベストって何?中皮腫って何?」という人もいると思います。私も彼らと接するまでは、詳しく知りませんでした。でもだからこそ、みんなに知られていないこの問題を多くの人に伝えないといけないと強く思っています。アスベストを吸って中皮腫になり、誰にも言えずに苦しんでいる人がたくさんいます。これから苦しむ人も出てきます。その当事者になるのは、自分かもしれません。彼らは、病と闘いながら自分たちにしかできないことを見つけ、命ある限り力を尽くしています。病気の深刻さ、悩み、どうしようもない現実。 “決して他人ごとではない”ことを、番組を通して少しでも感じて頂き、そしてこの問題について考えるきっかけになれば幸いです」

番組概要

タイトル
第28回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『見知らぬ棘~アスベスト・中皮腫患者の闘い~』(制作:関西テレビ)
放送日時
6月15日(土)26時55分~27時50分
スタッフ
プロデューサー
萩原守(関西テレビ)
ディレクター・構成
縄田丈典(関西テレビ)
ナレーター
藤田千代美
撮影
大窪秋弘(関西テレビ)
編集
小山仁志
MA
中嶋泰成
効果
西原長治

※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。