FNSドキュメンタリー大賞

2018.7.25更新

1年前の2017年7月。九州北部は記録的な豪雨に襲われました。今なお妻が行方不明の福岡県朝倉市の田中耕起さんは、豪雨の日を境に、これまでの人生を振り返ります。同じく被災した同級生や同じ地域の人々。あの日を境にそれぞれが家族や人生を振り返り、自分自身と向き合います。豪雨から300日。危険が指摘される元の集落に自宅を再建することを決めた田中さんに、現実が突きつけられます。

誰にでも起こりうる突然の悲劇。人が生きることとは何か

2017年7月、九州北部は記録的な大雨に襲われ、大量の土砂や流木が町を埋め尽くしました。福岡県朝倉市で建設業を営む田中耕起さんは、妻の加奈恵さんが行方不明となっています。「加奈恵さんが戻るならここしかない」との思いで、避難所へは行かず、流された自宅から約2キロ離れた会社の事務所で一人、帰りを待つことにしました。災害派遣要請を受けた自衛隊などによる捜索で、日ごとに不明者の身元が判明する中、加奈恵さんの消息はわかりません。生還を信じ「帰ってくる」と言い続ける田中さん。自然災害のみならず誰にでも起こりうる突然の悲劇。人が生きることとは何か。田中さんの300日を追いかけました。

それぞれの決断…。

田中さんが、加奈恵さんと出会ったのは18歳の頃。看護師をしていた加奈恵さんに、田中さんが一目ぼれをしたといいます。交際から3年後に結婚。2男1女をもうけました。豊かな自然に囲まれた故郷。自ら建てた自宅。すべて奪われました。ぶつける先のない悔しさを胸に、待ち続けますが、なかなか見つからない加奈恵さん。何の手がかりもないまま時間だけが、過ぎ去っていきます。豪雨20日目に、自衛隊の捜索はついに打ち切られます。それでも、田中さんはこの場所で加奈恵さんを待つことにしました。

同じ朝倉市で、妻が行方不明の小嶋重美さん。豪雨から3日後に、妻・初子さんが遺体で見つかりました。葬儀を終え、みなし仮設住宅に身を寄せ、毎日仏壇に手を合わせていますが、初子さんの死はいまだ現実味を帯びません。元気だった大切な人を、突然失うということ。それは小嶋さんにとって、あまりに受け入れがたい現実でした。動物好きの初子さんがかわいがっていた愛犬・ゴン太の散歩が、唯一心休まる時間になっていました。

田中さんは、元の集落に、もう一度自宅を建てたいと考え始めます。加奈恵さんとの思い出が詰まった故郷。そして自宅。この場所に戻ることが、今の自分にとって必要なことのように思えました。しかし、専門家は危険を指摘します。いつまた土砂崩れや河川の氾濫に遭うかわからない状態なのです。それでも、田中さんは新しい自宅の間取りを書き始めました。

田中さんの中学・高校時代の親友で柿農家の日野博さんはそんな田中さんのことを、「田中は前に進んでいない」といいます。日野さんも豪雨で自宅が全壊しましたが、早々にみなし仮設住宅に身を寄せ、今後のことに思いを巡らせました。結論は、“生まれ育った故郷から出て行くという選択。自分は思い出にすがらない。安全な場所で、また新たな人生を歩みたい”田中さんとは正反対の考え方でした。

それぞれの事情。それぞれの決断。どちらが正しくて、間違っているということもありません。そして300日後に田中さんに突きつけられる現実。田中さんはいまも、加奈恵さんの帰りを待っています。

コメント

ディレクター・西川剛正(テレビ西日本報道部)

「取材を重ねる中で、残されたもう一人の行方不明の方のご家族が“お別れの会”を開いたと耳にしました。一方、田中さんは豪雨から1年近くたつ今も、加奈恵さんを待ち続けています。さらに、いまだ危険が指摘される元の集落に自宅を再建したいと言います。
周囲が心配するように、田中さんは本当に前に進めていないのでしょうか。それとも、田中さんなりに、前に進んでいるのでしょうか。
“辛い現実の中、なんとか心のよりどころを見出して日々を過ごしていく”人の生き方は、理屈で割り切れるものではないということが、取材を通して見えてきました。
自然災害だけでなく、突然の事故や病で私たちは誰もが田中さんのように突然、日々の生活を失う恐れがあります。この番組が、視聴者の皆様にとって災害への向き合い方を問うものになると共に、あたり前の生活を見つめ直すきっかけになってくれればと思います」

番組概要